沖田修一監督作品である。
このブログでも、
『横道世之介』(2013年)
『滝を見にいく』(2014年)
『モリのいる場所』(2018年)
などのレビューを書いてきたが、
独特の映像世界を持った優れた監督であり、
私の好きな監督のひとりである。
この沖田修一監督の新作『おらおらでひとりいぐも』は、
主演が(私の好きな)田中裕子で、
田中裕子が演じる老女の若い頃を(これまた私の好きな)蒼井優が演じるという。
私の好きな監督と、私の好きな女優がタッグを組んだ作品ならば、
見ないわけにはいかない。
で、公開直後に、ワクワクしながら映画館に駆けつけたのだった。
東京オリンピックが開催された1964年、
日本中に響き渡るファンファーレに押し出されるように故郷を飛び出し、
上京した桃子さん(昭和の桃子:蒼井優)。
あれから55年。
結婚し子供を育て、夫と2人の平穏な日常になると思っていた矢先、
突然夫に先立たれ、
ひとり孤独な日々を送ることになった桃子さん(現代の桃子:田中裕子)。
病院へ行き、
図書館で本を借り、
46億年の歴史ノートを作る毎日。
しかし、ある時、
桃子さんの“心の声=寂しさたち”が、
音楽に乗せて内から外から湧き上がり、
桃子さんの孤独な生活は賑やかな毎日へと変わっていく……
沖田修一監督版『海辺の映画館―キネマの玉手箱』のような作品であった。
大林宣彦監督作品『海辺の映画館―キネマの玉手箱』は、
そのタイトル通り、玉手箱、いや「おもちゃ箱」のような作品であった。
『海辺の映画館―キネマの玉手箱』は、大林宣彦監督の集大成のような作品であったが、
『おらおらでひとりいぐも』も、現時点での沖田修一監督の集大成のような作品であった。
沖田修一監督のこれまでの作品で扱われた、
料理(『南極料理人』)、山村(『キツツキと雨』)、上京(『横道世之介』)、
山歩き(『滝を見にいく』)、老い(『モリのいる場所』)というような題材が、
いろんな形で本作の中にちりばめられていて、
アニメやCG画像などもふんだんに取り入れられており、
歌あり、
ダンスありの、驚くべき展開に、
沖田修一監督作品ファンでもきっと戸惑われることと思われる。
こう書くと、躁状態のような浮かれ気味の作品ように感じられる人も多いかと思うが、
本作がそうなっていないのは、主演の田中裕子の演技に因るところ大である。
この手の映画なら、本来なら演技をやりすぎてしまうものであるが、
※実際、『ひとよ』(2019年)ではやりすぎた演技をしてしまっていた。(コチラを参照)
田中裕子は抑えに抑えた演技をしている。
それが本作を落ち着かせ、見るべきものにしている。
『いつか読書する日』(2005年)以来、
15年ぶりとなる田中裕子の主演映画で、
『いつか読書する日』については、このブログでもレビューを書いているが、
中年の独身女性を主人公にした、
青春時代に交際していた同級生と、その病床の妻との関係、
それに、介護、認知症、児童虐待などの問題をからめた作品であった。
佐賀県出身の緒方明監督作品。
私の好きな田中裕子、岸部一徳、香川照之などが出演。
長崎が舞台。
繰り返される平凡な普通の毎日を描いた作品。
中年男女の秘められた想い。
これだけ私の好きな条件が揃えば、心を動かさずにはいられないだろう。
事実、鑑賞後には、「これぞ映画だ!」と思った。
映画ファンのための大人の映画だった。
坂道の多い小さな町(長崎でロケはしたが、作品上は架空の町)。
まだ薄暗い夜明け、牛乳配達をしている女。
大場美奈子――50歳、独身。
朝は牛乳を配り、昼はスーパーで働いている。
50年間、ずっとこの町にいる。
毎夜、ひとりのベッドで、読書(それがドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』だったりする)をしたり、ラジオを聴いたりしている。
同じ事の繰り返し。
静かな生活。
だが、彼女には、三十余年秘めてきた想いがあった……
と、レビューに書いたが、(全文はコチラから)
『おらおらでひとりいぐも』は、
この『いつか読書する日』の中年女性の25年後を描いたような作品であった。
田中裕子は1955年4月29日生まれなので、65歳なのだが、(2020年11月現在)
本作『おらおらでひとりいぐも』では75歳の老女を演じている。
『北斎漫画』(1981年)
『ザ・レイプ』(1982年)
『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』(1982年)
『天城越え』(1983年)
『夜叉』(1985年)
などの初期出演作から、
このブログを開設してからの彼女の重要な作品、
『いつか読書する日』(2005年)
『あなたへ』(2012年)
『共喰い』(2013年)
『ひとよ』(2019年)
などを見続けてきて、
本作『おらおらでひとりいぐも』に至り、
田中裕子という女優の(現時点での)到達点ではないかと思った。
(まだ65歳なので)田中裕子は何歳になろうとも女優であり続けると思うが、
私もほぼ同世代なので、彼女がどこまで行くのか(行ってしまうのか)、
その最高到達点を見届けられればと思っている。
若い頃の桃子さんを演じた蒼井優。
大好きな女優なので、
彼女の出演作のレビューでたくさん書いてきたから、もうここにはもう書かないが、
本作でもさすがの演技で楽しませてくれた。
この作品では、ナレーション(桃子さんの心の声)も担当していて、
現在の桃子さん(田中裕子)のシーンでも蒼井優の声が聴けて嬉しかった。
蒼井優の前作『スパイの妻 <劇場版>』のレビューで、
黒沢清監督が「蒼井優は実に声が良い」と語っていたことを紹介したが、
その耳朶に優しく心地良い声が聴けるだけでも、本作を鑑賞する価値はあると思う。
桃子さんの若き日の夫・周造を演じた東出昌大。
東出昌大も『スパイの妻 <劇場版>』に出演していて、
そのレビューで、私は、
不倫騒動のときには、「演技が下手」だの「大根役者」だの、散々な言われようであったが、
私は、東出昌大は、「他の誰もが真似できない唯一無二の俳優」だと思っている。
それは、『コンフィデンスマンJP』のようなメジャーな作品ではなく、
『桐島、部活やめるってよ』(2012年)
『0.5ミリ』(2014年)
『クリーピー 偽りの隣人』(2016年)
『散歩する侵略者』(2017年)
『パンク侍、斬られて候』(2018年)
『菊とギロチン』(2018年)
『寝ても覚めても』(2018年)
のような、ややマイナー気味な作品を見れば判る(解る)。
(決して良い声とは言えないが)一度聞いたら忘れられないクセのある声と、
棒読みのようなあまり抑揚のないセリフ回しは、
“現代の笠智衆”と言ってイイほどに味があるし魅力的だ。
吉田大八、黒沢清、石井岳龍、瀬々敬久、濱口竜介などの優れた監督の作品に多くキャスティングされているのは、やはり俳優としての才能が認められているからだと思う。
本作『スパイの妻』でも東出昌大は素晴らしい演技をしているし、
世間のバッシングに負けず、これからも大いに活躍してもらいたい。
と書いたのだが、
またしても沖田修一監督という優れた監督に抜擢され、
素晴らしい演技をしている。
現代の桃子さんのパートが主旋律ではあるが、
昭和の桃子さんのパートも、蒼井優と東出昌大の好演もあって、実に楽しい。
桃子さんの心の声・寂しさ1を演じた濱田岳、
桃子さんの心の声・寂しさ2を演じた青木崇高、
桃子さんの心の声・寂しさ3を演じた宮藤官九郎も、
実に楽しそうに演じていて、面白かった。
その他、
桃子の娘を演じた田畑智子、
桃子が通う病院の医師を演じた山中崇、
車メーカーの営業担当者を演じた岡山天音、
図書館の司書を演じた鷲尾真知子などの確かな演技が、
本作をしっかり支えていた。
本作の原作は、
第158回芥川賞と第54回文藝賞をダブル受賞した若竹千佐子の同名小説であるのだが、
この心の声が人物となって登場するアイデアは、
どうやって生まれたものなのだろう。
以前、『脳内ポイズンベリー』という映画を紹介したが、(コチラを参照)
これが脳内にある5つの思考を擬人化して描いたラブコメディであったのだが、
作者はこの作品を見ていたのかもしれない。
あるいは、『脳内ポイズンベリー』の原作にヒントを得たと思われるディズニー映画『インサイド・ヘッド』(2015年)の方に……
いずれにしても、本作が、
老人版『脳内ポイズンベリー』、
老人版『インサイド・ヘッド』と言える作品になっていたのは間違いない。
原作の『おらおらでひとりいぐも』が出版されたとき、
「青春小説の対極、玄冬小説の誕生!」
と謳われていたが、
映画を見に行ったときも、高齢者の鑑賞者が多かった。
ところが、上映時間が2時間20分近く(正確な上映時間は137分)あり、
予告編などの時間を入れると2時間半ほどになるため、
途中でトイレに行く人が続出。
『罪の声』(142分)
『朝が来る』(139分)
『異端の鳥』(169分)
『海辺の映画館 キネマの玉手箱』(179分)
など、最近、どの映画も上映時間が長くなる傾向にあるのだが、
どうにかならないものか?(笑)
私はまだ大丈夫だが、
私の友人の中には、
「トイレで途中退席しなければならないので映画館へは行かない」
という人もいる。
高齢者がトイレを我慢できるのは、ギリギリ2時間くらいが限界ではなかろうか……
特に、高齢者に見てもらいたい映画は、
上映時間を2時間以内に収める努力をすべきだと思う。
上映時間が長くなると、老人には“寝落ち”してしまうという危険性もあるしね。(爆)
話が脱線してしまったが、
本作『おらおらでひとりいぐも』の撮影は、
(私がかねてより大絶賛している)近藤龍人であるし、
フードスタイリストとして(かの有名な)飯島奈美が、
アニメーションの担当として(新海誠監督などの作品に関わっている)四宮義俊も参加している。
ストーリーや、俳優たちの演技だけではなく、
映像や小道具に至るまで楽しめる作品になっているので、
ぜひ、映画館で楽しんでもらいたい。