余命3ヶ月とか、余命半年などという言葉はよく見聞きするが、
余命10年とは、長いんだか、短いんだか……
前期高齢者の私は、いつ死んでもおかしくない年齢ではあるのだが、
今はまだ病に侵されてはいないにしろ、
〈余命は10年ほどではないか……〉
と思ったりする。
その後も、もし生きていたとしても、
認知症になっていたり、寝たきり老人になっていたりして、
もはや「生きている」とは言えない状態になっているかもしれない。
ぼんやりと、そんなことを考えた。
……というようなことはどうでもよくて、(笑)
本作『余命10年』を見たいと思った理由は、四つ。
①小松菜奈の主演作(坂口健太郎とのW主演)であること。
小松菜奈は私の大好きな女優であるし、
小松菜奈の出演している映画はすべて見ると決めているので、
主演作であればなおのこと見ないわけにはいかない。
②藤井道人監督作品であること。
『デイアンドナイト』(2019年)
『新聞記者』(2019年)
『宇宙でいちばんあかるい屋根』(2020年)
『ヤクザと家族 The Family』(2021年)
と見続けてきて、
素晴らしい監督であることを認知しているので、
新作は絶対に見たいと思った。
③脚本が岡田惠和であること。(渡邉真子と連名)
TVドラマの、
「南くんの恋人」(1994年、テレビ朝日)※初の全話執筆
「若者のすべて」(1994年、フジテレビ)※初のオリジナル作品全話執筆
「イグアナの娘」(1996年、テレビ朝日)
「ビーチボーイズ」(1997年、フジテレビ)
「君の手がささやいている」(1997年~2001年、テレビ朝日)
などの初期作品から、
連続テレビ小説(NHK)の
「ちゅらさん」(2001年)
「おひさま」(2011年)
「ひよっこ」(2017年)
などを経て、これまで多くのヒット作を生み出し、脚本家としての実力は証明済み。
映画でも、(ここ数年だけでも)
『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017年)
『雪の華』 (2019年)
『いちごの唄』(2019年)
『おとなの事情 スマホをのぞいたら』(2020年)
と、感動作、話題作を連発している。
岡田惠和が脚本に参加しているなら、間違いないと思った。
④私の好きな黒木華、奈緒、三浦透子、リリー・フランキーなどが共演していること。
女優として高く評価している黒木華、
若手女優で最も伸び代(のびしろ)が感じられる女優・奈緒、
映画『ドライブ・マイ・カー』(2021年)で話題の三浦透子、
マルチタレントの代表格で、俳優としても実績のあるリリー・フランキーなど、
私の好きな俳優が多くキャスティングされているのが嬉しい。
以上のように、
見たい要素たっぷりの映画だったので、
公開初日(2022年3月4日)に映画館へ駆けつけたのだった。
数万人に一人という不治の病で、
余命が10年であることを知った二十歳の茉莉(小松菜奈)。
彼女は生きることに執着しないよう、恋だけはしないと心に決めて生きていた。
そんなとき、同窓会で再会したのは、かつて同級生だった和人(坂口健太郎)。
別々の人生を歩んでいた二人は、この出会いをきっかけに急接近することに……
もう会ってはいけないと思いながら、
自らが病に侵されていることを隠して、
どこにでもいる男女のように和人と楽しい時を重ねてしまう茉莉。
「これ以上カズくんといたら、死ぬのが怖くなる」
思い出の数が増えるたびに失われていく残された時間。
二人が最後に選んだ道とは……
鑑賞後、
〈小松菜奈の代表作の誕生に立ちあえた……〉
と、思った。
もちろん「現時点での」という前置きは付くが、
女優・小松菜奈の力量がすべて発揮された作品であったと思う。
小松菜奈の出演する映画はほとんど見ているが、
(真の意味で)まだ代表作と呼べる作品はこれまでなかった。
長編映画の主演作としては、
『溺れるナイフ』(2016年)
『恋は雨上がりのように』(2018年)
『さよならくちびる』(2019年)
『糸』(2020年)
『ムーンライト・シャドウ』(2021年)
『恋する寄生虫』(2021年)
があるが、
『ムーンライト・シャドウ』以外はすべてW主演作であったし、
女優・小松菜奈のすべてが表現されているとは思わなかった。
本作『余命10年』も、
原作は、SNSを中心に反響を呼んだ小坂流加の同名恋愛小説とのことで、
よくあるライトノベルだと思っていたし、
坂口健太郎とのW主演作だし、
人気ロックバンドの「RADWIMPS」が音楽を担当していると聞いていたので、
正直、人気俳優を配した、若者向けの、ちょっと軽めの恋愛映画というような印象があった。
手垢の付いた「難病もの」「余命もの」「恋愛もの」であるし、
藤井道人監督が手掛けているとはいえ、
小松菜奈の代表作になるとは思っていなかった。
油断していた。
鑑賞後、調べてみると、原作の『余命10年』は、私の思っていたような小説ではなかった。
【小坂流加】
静岡県三島市出身。四姉妹の末っ子。子どもの頃から小説を書くのが好きで、第3回講談社ティーンズハート大賞で期待賞を受賞。大学卒業後に原発性肺高血圧症を発症するが、その後も執筆活動は続け、「余命10年」でデビュー。文庫版の発売を待たずに惜しくも逝去する。
※原発性肺高血圧症とは、心臓から肺に血液を送るための血管である肺動脈の血圧(肺動脈圧)が高くなることで、心臓と肺の機能障害をもたらす通行性の疾患。
物語の主人公・茉莉(まつり)は、原発性肺高血圧症で、余命10年を宣告されるのだが、
茉莉は、著者自身が投影された人物であったのだ。
2017年、文庫版の発売に向けて校正を終え、その直後に、
著者・小坂流加は、この世を去っている。
エンドロールが始まる前に、
「小坂流加に捧ぐ」
の文字がスクリーンに映し出されたのは、そんな理由があったからなのだ。
そもそも、藤井道人監督はなぜ『余命10年』の監督オファーを受けたのだろう。
3年前の冬、
『新聞記者』(2019年)の撮影を終えたまさにその日に、監督オファーを受けたのだという。
当時の藤井道人監督には、いわゆる余命ものや恋愛映画に対して、ある種の抵抗があったそうだ。
物語のゴールの感情の落としどころがあらかじめ決まっているような作り方には疑問を持っていたからだ。
しかし、小坂流加の原作を読んで、その見方は変わる。
闘病中に加筆(文庫版に収録)された部分の生々しさが凄まじくて、彼女が本当に書きたかったことに対する執着みたいなものが感じられたんです。単にこの小説を実写化するのではなく、小坂さんが生きた証を刻みつつ、ドキュメンタリーとフィクションの融合みたいなところに挑戦したいと思いました。(「パンフレット」より)
オファーを引き受けるにあたって、藤井道人監督がこだわったのが、
「1年を通して撮影する」こと。
その1年間に劇中の10年を置き換えるようにして
春・夏・秋・冬の四季になぞらえ、
主人公の二人の過ごした楽しくも切ない時間を丁寧に描きたかったのだと言う。
とにかく、「1年を通して撮影された」その四季の映像が美しい。
見ているだけで心が癒されるほどに……
素晴らしかったのは、
この映画が、単なる恋愛映画ではなく、家族映画にもなっていたこと。
茉莉(小松菜奈)と、
姉・桔梗(黒木華)、
父・明久(松重豊)、
母・百合子(原日出子)との関係が、
丁寧に描かれていて、
それが実に感動的であった。
最初は茉莉の恋愛部分にフォーカスする形で進んでいたのですが、親族の皆さんとお会いして、大幅に方向転換をしました。生前の流加さんの人柄や生き方を聞くにつれ、茉莉の人生に家族の顔が大きく浮かぶようになったんです。たとえば流加さんのお姉さんが、妹を決して病人扱いしないように、敢えて厳しく接していたエピソードなどを知ると、そういうところにこそこの映画の本当の意味があるんじゃないかと。家族や仲間や色々な人たちと、しっかり顔を突き合わせて命と向き合った10年を描きたいと思ったんです。(「パンフレット」のインタビューより)
とは、藤井道人監督の弁。
先程、
「この映画が、単なる恋愛映画ではなく、家族映画にもなっていた」
と書いたが、
私は、むしろ、
家族映画の部分の方が大きかったようにさえ感じた。
だからこそ、小松菜奈の代表作になりえたのだと思った。
『余命10年』は、一応、小松菜奈と坂口健太郎とのW主演となっているが、
私個人的には、小松菜奈の単独主演作のように思えた。
それほど、小松菜奈の女優としての個性が際立っていたし、
藤井道人監督も小松菜奈を中心に据えて撮っていたように思う。
茉莉と和人の恋愛だけでなく、
茉莉と家族、
茉莉と友人たちの関係が、
茉莉を中心に濃密に描かれていたし、
それは、広義の意味での「愛」の物語であったと思う。
藤井道人監督は小松菜奈の様々な表情をスクリーンいっぱいに映し出す。
茉莉が夢見た未来の姿までも……
特に横顔のアップが多く、
小松菜奈の横顔の美しさにあらためて気づかされた。
小松菜奈自身も、本作での演技に手応えがあったのであろう、
心も体もすべて変化できた1年でした。本当に二つの人生を生きたと思えたし、それを味わえた時間は、とてつもなくかけがえのないものだったと胸を張って言えるものになりました。この作品がいつまでも長く世に残ってもらえれば嬉しいですし、かけてきた時間と愛情はきっとスクリーンに映っていると思うので、それを一人でもたくさんの人たちに届けられたらいいなと思います。(「パンフレット」のインタビューより)
と語っていたが、
「この作品がいつまでも長く世に残ってもらえれば嬉しいですし、かけてきた時間と愛情はきっとスクリーンに映っていると思う」という言葉に、彼女の自信も窺える。
他にも語りたいことは多いが、
まずは、
「(現時点での)小松菜奈の代表作が誕生した」ということを早く伝えたかった。
代表作を次々に更新し続けている女優・瀧内公美のように、
小松菜奈も代表作を次々に更新し続けていくと思うが、
これからの小松菜奈が楽しみでならない。