私は、ハルキストではないし、
村上春樹の良い読者とも言えない。
出版されれば(図書館に予約して)一応読む……という程度の、
普通の読者にすぎない。(とは言っても村上春樹の作品はそこそこ読んでいる)
村上春樹の新作が『騎士団長殺し』であると聞いたとき、
そのタイトルにあまり想像力を刺激されなかったので、
〈面白くないのではないか……〉
という疑念の方が強かった。
それでも、図書館にリクエストを出していたので、
1番目に借りることができた。
『騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編』(507頁)
『騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編』(541頁)
2巻合わせて1000頁を軽く超えるボリューム。
ちょっとたじろいだが、
仕事をしている時間以外は、
寝食を忘れて(というのは大袈裟だけど)、
睡眠と食事の時間をかなり削って、
この『騎士団長殺し』の読書に費やした。
そして、3日間ほどで読了した。
私としては、(極私的感想ではあるが)
『1Q84』(BOOK 1、BOOK 2、BOOK 3)(2009年~2010年)や、
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(2013年)よりも、
はるかに面白かったし、
頁を繰る手が止まらないほど熱中できた。
村上春樹のファンはすでに読んでいるであろうし、
彼に無関心の人はどんなに薦めても読まないだろう。
私も、
私が面白かったからといって、他人に薦めようとは思わない。
では、なぜブログにレビューらしきものを書いているかというと、
私自身が、この本のことを忘れないためである。
このブログの第一の読者は私自身である。
登山にしろ、映画にしろ、読書にしろ、
このブログには“至福の時間”を記録している。
私が後で読み返して、もう一度“至福の時間”を味わうために書いている。
映画レビューやブックレビューの最後に「ぜひぜひ」などと書いているが、
本当はどうでもいいのである。
私自身が楽しめればそれでいいのである。(コラコラ)
というワケで、
本書『騎士団長殺し』のレビューも、
私自身がこの本のことを忘れないために“覚書”として記しておく。
だから、ネタバレもするので、
『騎士団長殺し』を読む予定がある方は、
大いに読書を楽しみ、
その後、このレビューを読んでもらえれば嬉しい。
そして、読む予定がない方は、
『騎士団長殺し』がどういう内容の小説なのかということを知る縁(よすが)にして頂ければ幸せである。
では、この『騎士団長殺し』は、どんな物語なのか?
“あらすじ”を書いておきたいと思う。
“あらすじ”を書いても、
そして、その“あらすじ”を読んでも、
たぶんちっとも面白くないのではないかと思う。
この小説は、そういう部分に面白さがあるとは思えないからだ。
だが、“あらすじ”を書いておかないと、
私自身でさえ、数年後にはどういう小説だったかを忘れてしまう。
“あらすじ”が判れば、
この物語の何を面白がったのかを思い出すことができる。
そういう意味で、“あらすじ”は大事なのだ。
映画レビューでも、ブックレビューでも、
“あらすじ”が書ければ、そのレビューは7割がた書き終えたも同然なのである。
まず、小説の冒頭に“プロローグ”があるが、
これを読んでも、意味がまったく解らない。
このプロローグの意味が解るのは、第2部の353頁まで読み進んだときである。
だから、プロローグでつまずいてもまったく問題はない。
その年の(最初はいつ頃の話なのかは判らないが、後に2007年前後ではないかと判る)
5月から翌年の始めにかけて、
私は狭い谷間の入り口近くの山の上に住んでいた。
その当時、私と妻は、結婚はいったん解消しており、
正式な離婚届に署名捺印もしたのだが、
そのあとにいろいろあって、結局もう一度結婚生活をやり直すことになる。
その二度の結婚生活(言うなれば前期と後期)の間の、
その9ヶ月あまりの物語が、『騎士団長殺し』ということになる。
私は、36歳の肖像画家で、
妻(柚・ユズ)から、3月半ばの日曜日に、離婚を切り出され、
それを承諾し、車で家を出る。
日本海(新潟)に出て、海岸沿いを北上し、
山形から秋田に入り、青森から北海道に渡る。
その後、4月半ばに内地に渡り、青森から岩手、宮城と太平洋の海岸沿いに進んだ。
そして、5月になって、東京に戻った。
友人の雨田政彦に電話して、
雨田の父(日本画家の雨田具彦)が住んでいた小田原郊外の山頂の空き家を紹介してもらい、
そこに身を落ち着ける。
私は、肖像画を描くことを止め、
小田原駅前のカルチャー・スクールで子供と大人に(水曜と金曜に)クラスを受け持つ。
ある日、屋根裏で、
「騎士団長殺し」という不思議な題をつけられた雨田具彦の絵を発見する。
二人の男が重そうな古代の剣を手に争っている。
争っているのは、一人の若い男と、一人の年老いた男だ。
若い男が、剣を年上の男の胸に深く突き立てている。
彼の胸から血が勢いよく噴き出している。
その果し合いを、近くで見守っている人々が何人かいる。
一人は若い女性だ。
もう一人は、若い男。
そしてもう一人、そこには奇妙な目撃者がいた。
画面の左下に、まるで本文につけられた脚注のようなかっこうで、その姿はあった。
男は地面についた蓋を半ば押し開けて、
そこから首をのぞかせていた。
その男を私は「顔なが」と名づける。
私もモーツァルトのオペラ『ドン・ジョバンニ』に「騎士団長殺し」のシーンがあったことを思い出す。
そして、そのときは知るべくもなかったが、
その一枚の絵が、私のまわりの状況をそっくり一変させてしまうことになるのだった。
夏の終わり頃、エージェントから電話があって、肖像画の依頼を受ける。
ある人物が、法外な値段で肖像画を描いてほしいと、私を指名しているという。
私は、後日、その人物・免色渉(メンシキ・ワタル)と会う。
免色は、銀色のジャガーに乗ってやってきた。
免色は、谷間の向かい側の、白い豪華なコンクリートの建物に住んでいるという。
私が肖像画家ということを知り、興味をひかれて私の作品をいくつか見て、
自分の肖像画を描いてもらいと思ったのだという。
私は承諾する。
その後、免色は、肖像画のモデルを務めるため、定期的に私の家にやってくるようになった。
私には、三つ年下の小径(こみち)という名の妹がいたが、
私が15歳のときに亡くなっている。
私は、妹が亡くなった後、熱心に彼女の絵を描いた。
彼女の顔を忘れないために、自分の記憶の中にあるその顔を、いろんな角度からスケッチブックに再現していった。
ある日の真夜中、私は目覚める。
寝付くことができないまま起きていると、
ちりんちりんと鳴る鈴の音が聞こえてきた。
その音の正体を確かめるべく、懐中電灯を持って、外に出る。
鈴の音は、雑木林の中の祠の辺りから聞こえていた。
祠の裏側に、石が無造作に積み上げられた小さな塚があり、
その石と石の隙間から洩れ聞こえてくるようだった。
私は、後日、その鈴の音のことを免色に話す。
免色は興味を持ち、その日の夜に、私の家に鈴の音を聞きに来る。
鈴の音が聞こえるのを待つ間、免色は、自分のことを話し出す。
免色は、これまで一度も結婚したことはないし、
するつもりもないという。
だが、15年ほど前、一人の女性と親しく交際していたのだが、
その女性と別れる直前、彼女の希望で、避妊をせずにセックスをする。
その直後に、その女性は別の男性と結婚し、
結婚式の7ヶ月後に女の子を出産した。
その女の子が、自分の子ではないかと免色は疑っている。
鈴の音が聞こえ出したので、私と免色は、雑木林の中にある祠の裏にやってくる。
その鈴の音を確認した免色は、上田秋成の『春雨物語』の話をする。
今回の件が、この『春雨物語』の中の怪異譚に似ているという。
そして、「造園業者に依頼して、あの石をどかせよう」と言い出す。
雨田政彦の許可を得て、
塚の石を撤去してみると、
そこには大きな穴があった。
直径2m足らず、深さは2m半ほどで、まわりを石壁で囲まれていた。
底は土だけで、草一本生えていない。
石室の中は空っぽだった。
ただ、鈴のようなものが、底にぽつんと置かれている。
それは鈴というより、小さなシンバルをいくつか重ねた、古代の楽器のように見えた。
私は、その鈴を持ち帰り、スタジオに置く。
それ以来、鈴の音は聞こえなくなった。
私は免色の肖像画を完成させ、
免色はこの肖像画を気に入り、自分の家に持ち帰る。
免色は、4日後の火曜日の夜に私を自宅に招待したいと言う。
私は承諾をする。
しばらく聞こえなかった鈴の音が、また聞こえ出した。
今度は、家の中のスタジオから聞こえてくる。
私は、スタジオに行ってみた。
だが、誰もいなかった。
もう鈴の音は聞こえなかったが、沈黙が聞こえた……
スタジオのドアを閉めたとき、居間のソファに見慣れないものがいることに気づく。
目をこらして見ると、それは生きている小さな(60cmくらいの)人間だった。
古風な伝統的な衣装を着たその人物を見たとき、
私は「騎士団長だ」と思った。
その騎士団長は、奇妙な言葉を喋った。
「あたしは霊なのか? いやいや、ちがうね、諸君。あたしは霊ではあらない。あたしはただのイデアだ。霊というのは基本的に神通自在なものであるが、あたしはそうじゃない。いろんな制限を受けて存在している」
それが、騎士団長の姿かたちをとったイデアとの出会いだった。
ここで初めてイデアという言葉が登場するのだが、
『騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編』
のサブタイトルにもなっているイデアとはいったい何なのか?
イデア(〈ギリシャ〉idea)とは……
《見られたもの、知られたもの、姿、形の意》
プラトン哲学で、時空を超越した非物体的、絶対的な永遠の実在。
感覚的世界の個物の原型とされ、純粋な理性的思考によって認識できるとされる。
中世のキリスト教神学では諸物の原型として神の中に存在するとされ、
近世になると観念や理念の意で用いられるようになった。(デジタル大辞泉)
ということになるが、小説の中でも、少し説明している箇所がある。
それは、第2部の441頁。
イデアというのは、要するに観念のことなんだ。でもすべての観念がイデアというわけじゃない。たとえば愛そのものはイデアではないかもしれない。しかし愛を成り立たせているものは間違いなくイデアだ。イデアなくして愛は存在しえない。でも、そんな話を始めるときりがなくなる。そして正直言って、ぼくにも正確な定義みたいなものはわからない。でもとにかくイデアは観念であり、観念は姿かたちを持たない。ただの抽象的なものだ。でもそれは人の目には見えないから、そのイデアはこの絵の中の騎士団長の姿かたちをとりあえずとって、いわば借用して、ぼくの前にあらわれたんだよ。
火曜日がきて、
私と騎士団長は、免色の家に招待された。
フレンチレストランのコックとバーテンダーを呼んで作らせた料理は素晴らしく、
一時間半ほどかけてようやくデザート(スフレ)とエスプレッソにまでたどり着いた。
その後、案内されたテラスで、免色は、高性能の双眼鏡を見せる。
そして、焦点を合わせ、私に覗かせる。
山の中腹にある二階建ての家が見えた。
「今ご覧になったあの家には、私の娘かもしれない少女がすんでいます。私はその姿を遠くから、小さくてもいいからただ見ていたいのです」
と免色は言った。
免色は、自分の娘かもしれない少女の姿を日々双眼鏡を通して見るために、
谷間の向かいにあるこの屋敷を手に入れ、
ただそれだけのために多額の金を払ってこの家を購入し、
多額の金を使って大改装したのだという。
そして、免色は、私にひとつの頼みごとをする。
それは、私にしかできないことだという。
「あなたに彼女の肖像画を描いていただきたいのです。それも写真から起こしたりするのではなく、実際に彼女をモデルにして絵を描いていただきたいのです」
少女の名前は、秋川まりえ。
私が講師をしている小田原の絵画教室に来ている女の子だった。
免色が私に近づいてきた本当の理由は、このことだったのかもしれない。
「もうひとつだけお願いしたいことがあります。あなたが彼女をモデルにして肖像画を描いているときに、お宅を訪問させていただきたいのです。あくまでふらりと立ち寄ったという感じで。一度だけでいい、そしてほんの短いあいだでかまいません。彼女と同じ部屋にいさせてください。同じ空気を吸わせてください。それ以上は望みません」
問題は、秋川まりえがモデルになることを承諾するかどうかであったが、
絵画教室の出資者・後援者であった免色は、
教室の主宰者に間に入って口添えしてもらい、
承諾を取りつけた。
そして、日曜日に、秋川まりえと、付き添いの叔母さんがやってきた。
まりえの母親はスズメバチに刺されて若くして亡くなっており、
父親も不在がちなので、
父親の妹である叔母がまりえの世話をしているのだった。
まりえの叔母(秋川笙子)は、顔立ちの良い、品のある魅力的な女性だった。
私はまりえといろんな話をし、彼女を理解しようとした。
そして、3枚のデッサンを描き上げた。
この辺りで、
『騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編』が終了する。
そして、
『騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編』が始まる。
次の日曜日、秋川まりえと叔母の秋川笙子が、私の家にやってきた。
その日は、私は一度も絵筆を取らず、
まりえと二人でとりとめもない話をした。
まりえの母親の話、
私の妹の話。
『白いスバル・フォレスターの男』の絵の話。
そして『騎士団長殺し』の話。
正午になって、私とまりえはスタジオを出て、居間に移った。
そこで、秋川笙子は本を読んでいた。
私は、
「もしよかったら食事をしていきませんか?」
と言って、サラダとパスタを作る。
3人で食事をしていると、玄関のベルが鳴った。
玄関のドアを開けると、免色が立っていた。
まりえ達が帰ったと思って、訪ねてきたのだった。
二人がまだいることを知った免色は、
「紹介されるにはまだ早すぎるかもしれません」
と遠慮するが、
「ちょうど良い機会です。うまく自然にやります。ぼくに任せてください」
と言って、免色と二人を会わせる。
免色が私から肖像画を描いてもらったことを知ったまりえは、
その絵を見たいと言う。
「是非うちに絵を見にいらしてください。私はひとり暮らしをしていますから、気兼ねはいりません。お二人ともいつでも歓迎しますよ」
と免色は言って、
来週の日曜日の正午過ぎに、ここに迎えに来ることを約束する。
その日の夕刻、秋川まりえが一人だけで私の家にやってくる。
叔母の笙子に内緒で、秘密の通路を使って歩いてきたという。
「私は生まれてすぐにここに来て、ここで育ったの。小さい頃から山ぜんたいが私の遊び場だった。このへんのことは隅から隅まで知っている」
そして、私に、免色のことを、
「あの人はたぶんなにかを心に隠していると思う」
と言う。
翌日(月曜日)の夕方、免色から電話がかかってきた。
日曜日のお礼を言い、
雨田具彦の情報を話し出した。
それは、雨田具彦のウィーン時代のエピソードであった。
雨田具彦は、1939年に日本に強制送還されているが、
実質的には、ゲシュタボからの救出だったというのだ。
南京虐殺事件に関わった具彦の弟・継彦の自殺と、
ウィーンの地下抵抗運動や暗殺未遂事件との関連性。
電話を切った後、私は、
屋根裏で自殺した雨田具彦の弟と、『騎士団長殺し』の結びつきを考えた。
雨田具彦は、そのことを意識して『騎士団長殺し』を屋根裏に隠したのかもしれない。
次の日曜日、
秋川まりえと秋川笙子がやってきた。
そしてまりえをモデルにして私が絵を描いて、
それが終わった頃に免色が二人を迎えにきた。
三人が去って、しばらくしてから、久しぶりに騎士団長が姿を現した。
「ああ、免色くんにはいつも何かしら思惑がある。必ずしっかり布石を打つ。布石を打たずしては動けない」
その夜、私は激しい物音で目を覚ます。
私は、家の中の様子を順番に確認していった。
そして、スタジオで、雨田具彦が『騎士団長殺し』を凝視している姿を目撃する。
だが、それが、実物の肉体をそなえた雨田具彦であるわけはなかった。
実物の雨田具彦は、伊豆高原の高齢者養護施設に入っており、
認知症がかなり進み、今はほとんど寝たきりの状態になっているからだ。
だとすれば、私が今こうして目にしているのは、何なのか?
「生き霊」なのか?
翌朝、私は雨田政彦に電話する。
雨田具彦はまだ亡くなってはいなかった。
土曜日の午後にやってきた雨田政彦は、
私の妻であったユズのことを話し出した。
「彼女にはつきあっている男がいたんだ。つまり、おまえ以外にということだけど。おまえが家を出て行く半年くらい前からかな。二人がそういう関係になったのは。それで、こんなことをおまえに打ち明けるのは心苦しいんだけど、その男はおれの知り合いなんだ。仕事場の同僚だ」
雨田はしばらく黙り、そして言った。
「実をいうと、彼女は今妊娠しているんだ」
まりえはその日(日曜日)、まったく口をきかなかった。
モデルの役を務めながら、遠くの風景でも眺めるみたいに、ただまっすぐ私を見ていた。
そして、最後になって、
「あとからここに遊びに来てもかまわない?」
と訊いた。
私は「暗くならないうちに……」と言い、
まりえは、約束通り、午後4時頃に再びやってきた。
そして、先日、免色の家に行ったときの話をし出した。
「あの人の家のテラスからは、わたしの住んでいるうちがまっ正面に見える。あの人はわたしのうちを見ていると思う。人目につかないようにカバーを被せてあったけど、あのうちのテラスに大きな双眼鏡のようなものが置いてあった。三脚みたいなのもついていた。それをつかうと、きっとうちの様子をくわしくのぞくことができる」
私は、
「でもそれは君の憶測に過ぎないんじゃないか」
と言ったが、
「わたしにはいつも自分が見られているとういうカンショクがあった。しばらく前から。でもどこから誰が見ているのか、そこまではわからなかった。でも今ではわかる。見ているのはきっとあの人だった」
そして、免色が何を目的として観察しているかを、
「ひょっとして、うちの叔母さんに関心があったのかもしれない」
と言う。
まりえは自分が覗き見の対象になっているかもしれないという疑いをまったく抱いていないようだった。
そして、免色と叔母が親密な関係にあり、
すでに二度はデートしていると打ち明ける。
金曜日、絵画教室の講師を務める日、
秋川まりえが生徒としてやってくる日でもある。
しかし、そこにまりえの姿はなかった。
欠席したのは初めてだったので、驚いた。
その夜、秋川笙子から電話がかかってくる。
「まりえの姿が見当たらないんです」
朝、学校へ行ったきり、帰ってこないというのだ。
私は免色に電話をして、まりえの行方がわからなくなっていることを伝える。
そして、こちらに来てくれるように頼む。
秋川まりえの失踪が、あの穴に関係しているような予感がしたからだ。
やってきた免色と二人で、雑木林へ行き、小さな祠の裏へまわった。
そして、蓋の上の石をどかせ、穴の上に被せていた厚板をはがした。
穴の中に人の姿はなかったが、
あるべきはずの梯子がなかった。
探すと、ススキの茂みの中に横たわっていた。
誰かが梯子を外して、そこに放り出したのだ。
梯子を戻し、免色が穴の中に入ってみる。
すると、そこで、小さなプラスチックの物体を見つける。
それは、黒い紐のストラップのついた全長1cmほどの、白と黒に塗装されたペンギンの人形だった。
それは、秋川まりえが残していったものかもしれなかった。
家に帰り、秋川笙子に電話すると、
そのペンギンのフィギュアは、確かにまりえの持ち物だという。
その夜、パジャマに着替え、ベッドに潜り込むと、
騎士団長が現れた。
秋川まりえが失踪していることを話すと、
まりえを救い出すヒントをくれるという。
「土曜日の午前中に、つまり今日の昼前に、電話がかかってくる。そして誰かが何かに誘うだろう。そしてたとえどのような事情があろうと、それを断ってはいかん」
朝の10時過ぎに、電話のベルが鳴った。
雨田政彦だった。
「急な話なんだが、これから伊豆まで父親に会いに行く。よかったら一緒に行かないか?」
騎士団長の指示通り、その誘いを受ける。
そして、雨田政彦の車で、雨田具彦の入っている施設へ向かう。
雨田具彦は熟睡していた。
彼が目覚めるまで、政彦と私は、缶コーヒーを飲みながら話をする。
そこで政彦は、妻だったユズについて、
「彼女はボーイフレンドと結婚するつもりはないらしい」
と告げる。
シングル・マザーになるみたいだと。
正式に離婚手続きをしたのに、結婚しないとは……
私はひどく混乱する。
雨田具彦が目覚めたので、私は彼に話しかける。
私が絵を描いていること、
屋根裏部屋にみみずくが住み着いていること、
そして、
その屋根裏部屋が、絵を保管するには最適の場所であることを話しと、
雨田具彦が身じろぎもせずに私を見つめるようになる。
政彦に電話がかかってきて、退室したスキに、騎士団長が現れる。
騎士団長は、秋川まりえの行方を知っているという。
少し前に会ってきたし、話しもしたという。
だが、まりえの行方は教えられないという。
まりえの行方を知る方法は、ただひとつ。
「あたし(騎士団長)を殺せばよい」
騎士団長を殺すことによって、秋川まりえの居場所がわかるのではなく、
殺すことによって引き起こされる一連のアクションが、(私を)結果的にその少女の居場所に導くであろう……と語る。
騎士団長を包丁で刺し殺すと、
部屋の奥の隅に、「顔なが」が現れる。
その「顔なが」を脅し、私は、秋川まりえの行方を訊きだそうとする。
だが、少女のことは知らないと言う。
「じゃ、おまえはここでいったい何をしていたんだ?」
と言うと、
「起こったことを見届けて、記録するのがわたしの務めなのだ」
と答えた。
「おまえはいったい何ものなのだ? やはりイデアの一種なのか?」
「いいえ、わたくしどもはイデアなぞではありません。ただのメタファーであります」
「メタファー?」
「そうです。ただのつつましい暗喩であります。ものとものとをつなげるだけのものであります。ですからなんとか許しておくれ」
「許してやってもいいが、そのかわり、おまえがやってきたところまで案内してくれないか?」
「いや、そればかりはできません。ここまでわたくしの通ってきた道は〈メタファー通路〉であります。個々人によって道筋は異なってきます。ひとつとして同じ通路はありません。ですからわたくしがあなた様の道案内をすることはできないのだ」
私が一人でその通路に入って行けば、
二重メタファーがあちこちに身を潜めているので危険だという。
だが、私は行かねばならない。
騎士団長の死を無駄にするにはできないからだ。
そして、「顔なが」の後に続いて、部屋の隅の穴の中へ入って行く。
通路を歩き、丘の斜面をよじ登り、
川に行きつく。
船着き場に背の高い男が一人立っている。
その男には顔がなかった。
「おまえはわたしにしかるべき代価を支払わねばならない」
と言い、私からペンギンのフィギュアを受け取る。
「いつかおまえにわたしの肖像を描いてもらうことになるかもしれない。もしそれができたなら、ペンギンの人形はそのときに返してあげよう」
川を渡り、森を抜け、洞窟の入口を見つける。
洞窟の中に足を踏み入れると、そこに、ドンナ・アンナが待っていた。
身長はおよそ60cm。
『騎士団長殺し』の絵の中から抜け出してきた人物だった。
彼女の案内で、奥へと進む。
だが、ある地点までくると、「私が先に立って案内できるのはここまでです」と言う。
その先は、自分一人で行かなければならないと。
狭い横穴に入り、進むが、
恐怖で手脚が痺れて動かなくなった。
恐怖が全身を包み、その場所に釘づけになっていると、
後ろから声が聞こえた。
「心をしっかり繋ぎ止めなさい。心を勝手に動かさせてはだめ。心をふらふらさせたら、二重メタファーの餌食になってしまう」
「二重メタファーとは何なんだ?」
「あなたは既に知っているはずよ」
「ぼくがそれを知っている?」
「それはあなたの中にいるものだから。あなたの中にありながら、あなたにとっての正しい思いをつかまえて、次々に貪り食べてしまうもの、そのようにして肥え太っていくもの。それが二重メタファー。それはあなたの内側にある深い暗闇に、昔からずっと住まっているものなの」
穴はますます狭くなり、身体を前に進めることが困難になってきた。
手脚は麻痺し、息を吸い込むのも難しくなってきた。
それでもドンナ・アンナや妹・コミの声に励まされ、
先へ先へと進んだ。
出し抜けに狭い穴は終わった。
吐き出されるように飛び出した場所は、
見覚えのある場所だった。
円形の人工的な石壁。
天井ではない、天蓋のようなもの。
雑木林の中の、祠の裏手にあるあの穴だった。
穴の床に鈴が落ちていた。
その鈴を鳴らし、その音を聞きつけた免色によって、
私は穴から出ることができた。
私が雨田具彦の部屋を訪れてから三日が経過していた。
秋川まりえは、昼過ぎに、無事に家に戻ってきたという。
秋川笙子が電話があり、
まりえが何も話さないという。
失踪に事件性はないようなのだが、心配なので、
まりえと会って、話をしてくれないか……と頼まれる。
まりえがやってきて、
私はまりえと二人だけで、いろんな話をする。
彼女も騎士団長に会ったことがあるという。
「……とにかくいろんな人の助けを受けて、ぼくはその地底の国を横断し、狭くて真っ暗な横穴を抜けて、この現実の世界になんとか帰り着いた。そしてそれとほぼ同時に、それと並行して、君もどこかから解放されて戻ってきた。その巡り合わせはただの偶然とは思えないんだ。君は金曜日からおおよそ四日間どこかに消えていた。ぼくも土曜日から三日間どこかに消えていた。二人とも火曜日に戻ってきた。その二つの出来事はどこかできっと結びついているはずだ。そして騎士団長がそのいわば繋ぎ目のような役目を果たしていた。しかし彼はもうこの世界にはいない。彼はもう役目を終えてどこかに去ってしまったんだ。あとはぼくと君と、二人だけでこの環を閉じるしかない。ぼくの言っていることを信じてくれる?」
まりえは肯いた。
私とまりえは、『騎士団長殺し』と『白いスバル・フォレスターの男』の絵を梱包し、
屋根裏へ入れた。
屋根裏にはみみずくがいた。
私たちはそのまま何も言わずにみみずくを眺めていた。
まりえの小さな手が私の手を握った。そして、彼女の頭が私の肩に載せられた。私は手をそっと握りかえした。
秋川まりえは長いあいだまったく声を出さずに泣いていた。でも彼女が泣き続けていることは身体の細かい震えでわかった。私はその髪を優しく撫で続けた。時間の川を上の方まで遡っていくみたいに。
秋川まりえは、失踪していた四日間のことを私に話し、
私とまりえはその秘密を共有した。
私は結局、秋川まりえの肖像画を完成させなかった。
その未完成の絵が欲しいと言ったので、まりえに(三枚のデッサンもつけて)進呈した。
私が穴から救い出された週の土曜日に、雨田具彦は亡くなった。
私は以前仕事をしていたエージェントに電話をかけ、
また肖像画を描く仕事を始めたいと言った。
私はユズと会った。
ユズは、まだ離婚届を提出していないという。
「わたしはまだあなたと離婚していないから」
「ひとつ君に訊きたいことがあるんだけど」と私は思い切って言った。
「どんなこと?」
「簡単な質問だから、ただイエスかノーで答えてくれればいい。それ以上ぼくは何も言わない」
「いいわよ。訊いてみて」
「もう一度君のところに戻ってかまわないだろうか?」
彼女は眉を僅かに寄せた。そしてしばらく私の顔をじっと見ていた。「それはつまり、もう一度私と一緒に夫婦として暮らしたいということなの?」
「もしそうできるなら」
「いいわよ」とユズは静かな声で、とくに迷いもせずに言った。「あなたはまだ私の夫だし、あなたの部屋は出て行ったときのままにしてある。戻ろうと思えばいつでも戻ってこられる」
私が妻の家に戻り、再び生活を共にするようになってから数年後、
3月11日に東日本大震災が起こった。
私は、夕方の5時になると、保育園に子供を迎えに行った。
娘の名前は「室」(むろ)といった。
ユズが名前をつけた。
生まれてきた子供は女の子だったことを私は嬉しく思った。
私は妹のコミとともに子供時代を送ってきたせいで、身近に小さな女の子がいるとなんとなく気持ちが落ち着いた。
東北の地震の二ヶ月後に、私がかつて住んでいた小田原の家が火事で焼け落ちた。
雨田具彦がその半生を送った山頂の家だ。
『騎士団長殺し』や『白いスバル・フォレスターの男』の絵も失われてしまった。
『騎士団長殺し』は火事によって永遠に失われたが、
その見事な芸術作品は私の心の中に今もなお実在している。
「騎士団長はほんとうにいたんだよ」
と私はそばでぐっすり眠っている「室」(むろ)に向かって話しかけた。
「きみはそれを信じた方がいい」
こうして、“あらすじ”を書いてみたが、
書きながら、私自身が再び感動することができた。
やはり、このブログに書いたこと(書かれていること)は、
私自身のためであることを、改めて思った。
あわよくば、
〈読んで下さった方々の何かの助けになりますように……〉
この小説について、著者の村上春樹が、
これまで家族を書いてこなかったが、今回は、家族としての機能が始まるところで終わる物語を書いた。
僕には子どもがいないが、誰かに何かを引き継いでもらいたいという思いがある。あと幾つ小説が書けるかという年齢になった今「何を残せるんだろう」という気持ちが強まっている。
と、新聞のインタビューに答えていたが、
私もこの小説を読んでいる間ずっと家族のことを考えていた。
物語を楽しみながら、
自分の家族への想いに気づかされたり、
娘や孫たちのことを愛しく思わされたしたのは、
きっと、この小説が優れていたからだと思う。
このレビューを書きながら読む歓びを二度味わったが、
また機会があれば読み返してみたいと思っている。