一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『四月の永い夢』 ……朝倉あきの比類なき美しさと、川崎ゆり子の存在感……

2018年07月06日 | 映画


このブログに映画レビューを書くとき、
私は、しばしば、
「愛すべき小品」
「抱きしめたくなるほど愛おしい作品」
などという言葉を使う。
大作ではないけれど、
いつまでも心に残る作品に使っている。
いくつか例を挙げてみる。
(タイトルとレビューの最後の文章。タイトルをクリックすると全文が読めます)


映画『天然コケッコー』 ……抱きしめたくなるほど愛おしい作品……
田舎の風景がとにかく美しい。
誰もが経験したことがあるような、切ない思い。
そして、忘れてしまった煌めく時間。
ゆったりとした時間の流れ……
いつまでもこの作品の中に浸っていたいと思わせる、抱きしめたいほど愛おしい映画だ。


映画『信さん 炭坑町のセレナーデ』 ……優しさと美しさと懐かしさに満ちた作品……
この作品世界が、私の育った世界にあまりに近かったので、
私は自分がこの作品の中にいるような錯覚をおぼえた。
この作品の町の空気感や人の匂いまでも感じとることができた。
この作品の中で遊び、そして、初恋を再び経験することができた。
私がよく使う表現だが、「抱きしめたくなるほど愛おしい作品」である。


映画『サンザシの樹の下で』 ……水彩画のように淡く儚げな純愛……
『初恋のきた道』と同じく、この映画も多くの人々の心に残る作品となるだろう。
語り継がれ、もう一度見たいと思わせられる「心の一作」になるような気がする。
今、スクリーンで見ておけば、
思い出す度に、一生あなたの心を豊かにしてくれるだろう。
幸せな気分にしてくれるに違いない。
良い映画とは、つまりそういう作品のことだ。


映画『私の叔父さん』 ……初恋の思い出のように心に残る佳作……
ハリウッド作品に比べれば、
本当に小さな小さな作品である。
だが、「愛すべき小品」ともいうべき、
そっと抱きしめたくなるようなこの作品は、
見る者の心に、
初恋の思い出のように、
いつまでも残ることだろう。



もともとハリウッド大作のような大味な作品はあまり見ない。
見ているときは面白くても、
見終わった後に“胸やけ”したような気分になるからだ。
その点、
『天然コケッコー』『信さん 炭坑町のセレナーデ』『サンザシの樹の下で』『私の叔父さん』
のような作品は、
爽やかな思い出として、いつまでも心に残る。
このブログでは、なるべくそんな作品を採り上げるようにしてきた。

そして、今回紹介する映画『四月の永い夢』も、
そんな作品なのである。
監督と脚本を手掛けたのは、
『走れ、絶望に追いつかれない速さで』などの新鋭・中川龍太郎。
第39回モスクワ国際映画祭で、
2冠(国際映画批評家連盟賞、ロシア映画批評連盟特別表彰)に輝いた作品であるが、


上映館はそれほど多くはなく、
佐賀県では見ることはできず、
福岡のKBCシネマまで出掛けて、


ようやく見ることができたのだった。



3年前に中学校の音楽教師を辞めた27歳の滝本初海(朝倉あき)は、
現在は近所のそば屋でアルバイトをしながら、
代わり映えしない毎日を送っていた。


そんなある日、彼女のもとに1通の手紙が舞い込む。
それは3年前の春に亡くなった恋人が彼女に向けて書き遺したものだった。
さらに染物工場で働く青年・志熊(三浦貴大)からのアプローチを受け、


教師時代の教え子・楓(川崎ゆり子)とも再会し、


初海の変わらない日常が再び動きはじめる……




まずは、この映画の冒頭映像と予告編を見てもらいたい。


「世界が真っ白になる夢を見た」
「ふと目を覚ますと、私の世界は真っ白なまま、醒めない夢を漂うような、曖昧な春の日差しに閉ざされて、私はずっとその四月の中にいた」

満開の桜を背後に、
喪服姿でたたずむ主人公・初海(朝倉あき)。
その映像にかぶさるモノローグ。


この冒頭映像を見ただけで、
私の心はこの『四月の永い夢』という作品に鷲掴みにされた。
だから、
この冒頭映像と予告編を見て、
〈本編を見てみたい〉
と思わなかった人は、
この映画は見なくてもいいと思う。
たぶん、この作品はその人にとって特別のものにならないと思うから……
だが、
〈本編を見てみたい〉
と思った人には、
ぜひ見てもらいたい。
この作品はその人にとって、
きっと一生忘れられない良き“想い出”になると思うから……


冒頭映像と予告編にも凝縮されていたが、
この『四月の永い夢』という映画(本編)を見て、
私は、その中に潜んでいた様々な“美”に酔わされた。

映像が美しい。
主人公の初海(朝倉あき)が美しい。
主人公の佇まいが美しい。
主人公が発する言葉が美しい。
主人公の声が美しい。
音楽が美しい。

主人公には、常に、亡くなった恋人の“死”が影を落としているが、
中川龍太郎監督は、
“死”をドラマチックにもニヒリスティックにも描かず、
激情のシーンでも、主人公に声高には叫ばせない。
抑制が効いていて、余韻がある。
作品そのものに“詩情”がある。
それは、きっと、中川龍太郎監督の感性が優れていたから……と思われる。


【中川龍太郎】
1990年神奈川県生まれ。
詩人としても活動し、
17歳のときに詩集「詩集 雪に至る都」(2007年)を出版。
やなせたかし主催「詩とファンタジー」年間優秀賞受賞(2010年)。
国内の数々のインディペンデント映画祭にて受賞を果たす。
初監督作品『Calling』(2012年)がボストン国際映画祭で最優秀撮影賞受賞。
『雨粒の小さな歴史』(2012年)がニューヨーク市国際映画祭に入選。
東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門では、
『愛の小さな歴史』(2014年)に続き、
『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(2015年)と2 年連続の出品を最年少にして果たす。
本作『四月の永い夢』が、
世界四大映画祭のひとつである第39回モスクワ国際映画祭コンペディション部門に正式出品され、国際映画批評家連盟賞、ロシア映画批評家連盟特別表彰をダブルで受賞。
第19回台北映画祭、第10回バンガロール国際映画祭にも正式出品された。


まだ28歳(2018年7月現在)と若く、
詩人から出発した映画監督だからこその“詩情”であったのだ。


前作『走れ、絶望に追いつかれない速さで』は、


中川龍太郎監督の自伝的作品で、
青春時代を共有した親友の死がモチーフとなっているが、
本作『四月の永い夢』も、角度を変えた自伝的作品と言える。
かつて親友を亡くしたばかりの頃、
何を見ても何も入って来なかったという状態の中川監督の心に、
唯一届いたのが、『かぐや姫の物語』(2013年)と、
そこでかぐや姫の声を演じていた朝倉あきの声だったという。
その声に魅了された中川監督は、
本作を作るにあたり、初海役に彼女をキャスティングしたのだそうだ。


【朝倉あき】
1991年生まれ、神奈川県出身。
2008年、『歓喜の歌』でスクリーンデビュー。
「とめはねっ! 鈴里高校書道部」(2010年)にてテレビドラマ初主演。
NHK連続テレビ小説「てっぱん」、「純と愛」や「下町ロケット」などの話題作へも出演。
映画では『神様のカルテ』(2011年)、
『横道世之介』(2013年)、
スタジオジブリのアニメ映画『かぐや姫の物語』(2013年)のヒロイン・かぐや姫の声も演じた。
その他、舞台やラジオなどにも活動の幅を広げている。


朝倉あきの憂いを帯びた声を聴いていると、
ある種の懐かしさと、
ずっと聴いていたいと思わされるような心地よさを感じる。
彼女自身の美も相俟って、
なんだか私自身の想い出の中の女性のような錯覚をおぼえた。



初海(朝倉あき)の教師時代の教え子・楓を演じた川崎ゆり子。


【川崎ゆり子】
1991年東京生まれ。
福島の山奥深くで育つ。
桜美林大学演劇専修卒業の舞台女優。
大学在学時より舞台出演をはじめ、
近年の主な出演作は「ロミオとジュリエット」(2016年)、
「書を捨てよ町へ出よう」(2015年)(いずれも東京芸術劇場)など。
その他、モデル、MV出演などの活動も行う。


川崎ゆり子という女優は、
本作『四月の永い夢』で初めて知ったが、
朝倉あきと同じくらい存在感があり、良い女優だと思った。
私自身もしっかり記憶していたいし、
これからの活躍に期待したい。



染物工場で働く青年・志熊を演じた三浦貴大。


デビュー作『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』(2010年)を、
このブログで紹介して以来、
常に気になる俳優であるのだが、
メジャーな作品ばかりではなく、
良質なマイナーな作品にも出続けている姿勢を評価したい。
本作でも、初海(朝倉あき)に思いを寄せる素朴な青年を好演している。



この他、高橋由美子、青柳文子、志賀廣太郎、高橋惠子らが、
若い俳優たちを引き立てていた。


大都市での上映は終わっているが、
地方都市では、これから上映予定の映画館が多い。

熊本 Denkikan(096-352-2121)7月28日(土)~
大分 シネマ5(097-536-4512)7月7日(土)~
宮崎 宮崎キネマ館(0985-28-1162)6月30日(土)~
鹿児島 天文館シネマパラダイス(099-216-8833)7月7日(土)~
沖縄 シネマパレット(098-869-4688)7月20日(金)~

(福岡 KBCシネマでの上映は終了しています)

ぜひぜひ。


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