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役所広司は好きな俳優である。
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単に好きというだけではなく、
長崎県出身の私は、同じ長崎県(諫早市)出身の役所広司には特に親近感があり、
デビュー当時から注目してきた。
彼が主演したドラマで、一番好きなのは、
1985年(7月4日~9月26日)に、
フジテレビ系列で毎週木曜日(22:00~22:54)に放送された『親戚たち』。
市川森一(長崎県諫早市出身)の脚本が素晴らしい、諫早が舞台のドラマで、
毎週楽しみに観た記憶がある。
以降、映画でも、(出演作が多いので、ここ十数年の作品に限って挙げると)
『劒岳 点の記』(2009年)
『十三人の刺客』(2010年)
『最後の忠臣蔵』(2010年)
『一命』(2011年)
『キツツキと雨』(2012年)
『わが母の記』(2012年)
『終の信託』(2012年)
『渇き。』(2014年)
『蜩ノ記』(2014年)
『三度目の殺人』(2017年)
『オー・ルーシー!』(2018年)
『孤狼の血』(2018年)
『すばらしき世界』(2021年)
『銀河鉄道の父』(2023年)
などで彼の演技を楽しんできた。
そんな役所広司が、
『パリ、テキサス』(1984年)や『ベルリン・天使の詩』(1987年)などで知られるヴェンダース監督作品『PERFECT DAYS』に出演し、第76回カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞した。
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その知らせを聞いたときから、本作を早く見たいと思っていた。
なので、公開初日(2023年12月22日)に、
佐賀での上映館である「109シネマズ佐賀」に駆けつけたのだった。
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東京・渋谷でトイレの清掃員として働く平山(役所広司)。
淡々とした同じ毎日を繰り返しているようにみえるが、
彼にとって日々は常に新鮮な小さな歓びに満ちている。
昔から聴き続けている音楽と、
休日のたびに買う古本の文庫を読むことが楽しみであり、
人生は風に揺れる木のようでもあった。
そして木が好きな平山は、
いつも小さなフィルムカメラを持ち歩き、
自身を重ねるかのように木々の写真を撮っていた。
そんなある日、
思いがけない再会を果たしたことをきっかけに、
彼の過去に少しずつ光が当たっていく……
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映画を見終え、「傑作」だと思った。
冒頭からセリフはほとんどなく、
寡黙な中年の清掃作業員・平山(役所広司)の判で押したような日々のルーティンがドキュメンタリーのように淡々と描かれるだけなのだが、その時々に小さな歓びがあり、小さな幸せがある。
高齢者といわれる年代になった私だからこそかもしれないが、
その小さな歓び、小さな幸せが、身に染みて解るのである。
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同じことの繰り返しにみえるけれど、平山にとってはそうではない。
すべてはその時にしかないもので、だから、すべては新しいことなのだ。
かすかに朝の気配がする。
落ち葉を竹ぼうきで掃いている老女の他は誰も、そのことにまだ気がついていない。
竹ぼうきの音が古いアパートの2階まで届く。
男がすっと目をあける。
そのまま天井をみつめている。
顔の皺の深さは日焼けのせいか、それとも年齢のせいか、ずいぶん遠い目をしている。
前触れもなく男が起きる。
薄い布団をたたみ、階下に降りて身支度をはじめる。
顔を洗い、使い込まれた電気シェーバーを左右の頬にあてて、口髭をハサミで器用に整える。
無駄がない動き。
ひょっとすると何十年も、男が同じことをしてきたのではないかと思わせる。
台所に置いてあるスプレーを手に2階へもどる。
急な階段のせいか、軋む音を最小限にしたいのか、男はかかとをつけずに登る。
さっきまで寝ていた部屋の奥に、紫のライトが見える。
植木のためのライトだ。
大小さまざまな植木。
湯呑みの底に穴をあけた手作りの植木鉢に、小さなもみじの木が見える。
まだ木とは呼べない大きさだが、それっぽい葉をつけている。
水をやったあと男は、ちょんとその葉を指ではじく。
青い清掃員のユニフォームに身を包む。
玄関の脇の小さな棚にいつもの持ち物が並ぶ。
迷いなく左から順にポケットにいれる。
ガラケー。
小さなフィルムカメラ。
車のキー。
そして小銭。
扉を開けて、外へ出る。
今日の空をみる。
ほんのすこし微笑む。
それから駐車場の自販機で甘い缶コーヒーを買う。
朝飯はもう何年もこれだけだ。
ルームミーラーの自分と目があう。
あいかわらず他人みたいだ。
運転席のうえにある棚に手をのばして、適当につかんだ何本かのカセットを眺めて、
すこしだけ考える。
今までの無駄のないすべての動きが、そのときだけ少し緩む。
大通りにでて車が流れはじめると、スカイツリーが見えてくる。
そこでカセットを押し込む。
小さな旅がはじまった。
いつもの交差点、いつもの信号、いつもの交番、いつもの高速、いつもの川、いつもの公園、
いつものビル、そしていつものトイレ。
掃除道具を運び、個室をチェックして、手袋をはめる。
何年も同じことを繰り返してきて、無駄はどこかに消えてしまっていた。
汚れたものをきれいにする。
マイナスをゼロにもどす。
清掃の仕事はどこか修行に似ている。
黙々と繰り返していくなかで、自分のなかに浮かんだ声が消える。
繰り返しのなかに身を置くと、心は平穏になっていく。
いつもの公園にホームレスがいる。
ときどき目があう気がする。
そのたびに何かを見透かされるような気がする。
彼はもしかしたら自分にしか見えない存在だったりしないだろうか。
すべてのトイレの掃除を終える。
会社に報告をして、朝の道をもどる。
夕方には家につく。
まだ夜には早い。
自転車にのって風呂にいく。
一番風呂はお湯がかたくて好きだ。
いつもの地下の居酒屋に顔をだすと、何も頼まなくても同じものがでてくる。
チューハイときゅうりをつまんで、野球に夢中になっている常連をながめる。
アパートに戻って読みかけの本を読む。
古本屋が言うとおりこの作家は面白い。
時代があまり評価しなかったのも面白い。
もうすこし度の強い老眼鏡が、そろそろ必要だ。
やがて本を読んでいるのか、眠気を待っているのかわからなくなって、
読書灯を消して目を閉じる……
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平山の部屋には、テレビもパソコンもない。
ガラケーの携帯は持っているが、(私が理想とする)アナログ人間に近い。
そして、ミニマリストとまでは言えないが、余計なものを所持していない。
もし、私が、都会に住む中年(或いは高齢者)の独身男であったならば、
こういう生活をしているかもしれない……と思わせた。
こういう晩年も悪くないと思った。
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平山が移動中の車で聴く曲は、
ザ・アニマルズの「THE HOUSE OF THE RISING SUN」(朝日のあたる家)に始まり、
表題曲とも言えるルー・リードの「PERFECT DAY」、
ニーナ・シモンの「FEELING GOOD」など、
どれも少し前の音楽だ。
そして、それらの曲は、その時々の平山の心情を表している。
家に帰り、寝床で読む本は、
ウィリアム・フォークナー『野生の棕櫚』、
パトリシア・ハイスミス『11の物語』、
幸田文『木』など。
眠くなると、灯りを消して眠りにつく。
脳裏には、その日に目にした映像の断片がゆらゆら閃きつづける。
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ある日、平山の若い姪・ニコ(中野有紗)がアパートへ押しかけてくる。
平山の妹(麻生祐未)の娘で、家出してきたという。
平山の妹は豊かな暮らしを送っていて、
ニコに平山とは世界が違うのだから会ってはならぬと言い渡しているらしい。
ニコは平山を説き伏せて仕事場へついて行く。
街の人々に嘲られながら公衆トイレを一心に清掃してゆく平山の姿にニコは言葉を失うが、
休憩時、公園で木洩れ日を見上げる平山の姿を見て、ニコにも笑顔が戻ってくる。
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ニコは豊かな生活を送っているようだが、
ちゃんとした大人を見たことがなかったのかもしれない。
ちゃんと生活している大人を見たことがなかったのかもしれない。
だから平山に親近感を抱いたのかもしれない。
(ニコに限らず)少女には人間の本質を見抜く力があるような気がする。
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一緒に働く若い清掃員・タカシ(柄本時生)は、
「どうせすぐ汚れるのだから」
と作業は適当にこなし、
通っているガールズ・バーのアヤ(アオイヤマダ)と深い仲になりたいが金がないとぼやいてばかりいる。
このアヤも、タカシよりも平山の方に親近感を抱く。
平山が、ちゃんと仕事をし、ちゃんと生活をしている大人だからだろう。
少女に限らず、意識ある若い女性にも、人間の本質を見抜く力があるような気がする。
アヤもまたこれまで、ちゃんと生活している大人を見たことがなかったのかもしれない。
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仕事が終わると近くの銭湯で身体を洗ったあと、
浅草ガード下の定食屋で安い食事をすませる。
だが、時々、行きつけの小さな居酒屋で、
客にせがまれて歌う女将(石川さゆり)の声に耳を傾けることもある。
この女将も、平山に好意を寄せている風がある。
常連客から嫉妬されたりもする。
少女や若い女性に限らず、多くの人生経験を経た女性もまた、
人間の本質を見抜く力があるような気がする。
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平山の妹・ケイコ(麻生祐未)は、ニコの母親で、
鎌倉の実家近くで裕福に暮らしている。
父と兄が衝突したとき、自分は何もできなかった。
そのことに負い目を感じながら、そのせいで十数年兄と会えずにいた。
娘のニコが、兄の平山に親近感を抱いていることに、軽く嫉妬しているようにも見える。
「まだトイレ掃除の仕事をしているの?」
と言いつつも、
ケイコもまた、兄が大好きで、平山の生き方を認めているように思われる。
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映画『PERFECT DAYS』は、主人公の平山の物語でありながら、
こうして見てくると、
平山と関りを持つ女性たちの物語でもあることに気づかされる。
そして、平山の存在をちゃんと認めている女性たちがいるからこそ、
平山の存在が光って見えるのだと思わされる。
男と女は合わせ鏡のような関係で、
ちゃんとした女のいない時代には、ちゃんとした男は存在しないし、
ちゃんとした男のいない時代には、ちゃんとした女は存在しない。
現代が、もし、そうでない時代になっているとすれば、
やはり、ちゃんとした男、ちゃんとした女がいない時代だからだろうと思われる。
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主人公の平山という名は、
ヴェンダース監督が敬愛する小津安二郎作品(『東京物語』など)で、
笠智衆が演じた人物の名である。
「役所広司は私にとっての笠智衆だ」
とヴェンダースは語っていたが、
笠智衆も、笠智衆が演じた人物も、ちゃんとした大人であったし、
現代人が持っていないものを身に付けていた。
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ヴェンダース監督は、平山を現代に蘇らせることで、
「日本人とは?」と問題提起しているようにも思えた。
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本作を傑作たらしめているのは、
平山を演じた役所広司の演技もさることながら、
共演した女優たち、
平山の若い姪・ニコを演じた中野有紗、
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タカシが通っているガールズ・バーのアヤを演じたアオイヤマダ、
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平山の行きつけの小さな居酒屋の女将を演じた石川さゆり、
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平山の妹・ケイコを演じた麻生祐未の演技の素晴らしさにもあった。
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その他、出演シーンは少ないが、
長井短、安藤玉恵などの演技も印象に残った。
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特筆すべきは、本作の映像の美しさ。
撮影を担当したフランツ・ラスティグも大いに褒められるべきであろう。
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今年(2023年)の最後に良い映画に巡り合うことができた。
語りたいことは多いが、早くレビューを掲載したいので、この辺りで切り上げる。
また機会があれば、この続きをブログに書きたいと思う。
乞うご期待。