昨年(2016年)、
映画『日本で一番悪い奴ら』を見たとき、
出演シーンは少ないものの、
婦人警官を演じていた女優が強く印象に残った。
〈誰だろう?〉
と思って、公式サイトを見たのだが、
彼女の写真はおろか、名前すら載ってはいなかった。
そこで、独自に調査し、
婦人警官・廣田敏子を演じていたのが、
瀧内公美という名の女優であることを突き止めた。
気になった女優は、写真付きで紹介するのが当ブログの流儀なので、
この『日本で一番悪い奴ら』という映画での、
婦人警官の制服姿の瀧内公美の写真を探したのだが、なかなか見つからず、
ようやく探し出したのが、この写真だった。
私と同じように彼女が気になった人が多かったのだろう、
「日本で一番悪い奴ら 婦人警官」
というキーワード検索(或は画像検索)で、
ブログ「一日の王」のレビュー(の写真)へたどり着く人が思いの外多かった。
本日紹介する映画『彼女の人生は間違いじゃない』は、
その瀧内公美の主演作である。
公開(7月15日)前から注目していたし、
ぜひ見たいと思った。
佐賀のシアターシエマでも上映を予定しているとのことだったが、
公開が9月23日からだったので、
早く見たかった私は、
福岡のKBCシネマまで見に出掛けたのだった。
東日本大震災からおよそ5年がたった福島県いわき市。
市役所に勤めている金沢みゆき(瀧内公美)は、
週末になると、
仮設住宅で一緒に暮らす父親・修(光石研)に「英会話教室に通う」とうそをつき、
高速バスで東京へ行き、渋谷でデリヘル嬢として働いていた。
この日もまた、
まだ薄暗い早朝に、東京行きの高速バスに乗り込むみゆき。
まもなく太陽も昇りきり、田んぼに一列に並んだ高圧電線の鉄塔が、車窓を流れていく。
東京駅のトイレで化粧を終えたみゆきは、渋谷へと向かう。
スクランブル交差点を渡り、たどり着いたマンションの一室が、みゆきのアルバイト先の事務所だ。
「YUKIちゃん、おはよう」
と、デリヘル嬢としての名前で話しかける三浦(高良健吾)。
彼が運転する車の後部座席に乗って、客のいるラブホテルへ向かい、
デリヘル嬢としての一日が始まる。
その日は客とトラブルになったが、それを解決してくれるのも三浦の役目だ。
「何年目だっけ?」
と、帰りの車の中で三浦に訊かれ、
「来月でちょうど2年目です」
と、答えるみゆき。
月曜日になると、市役所務めの日常に戻るみゆき。
だが、その日はちょっとしたハプニングがあった。
昼休みに、昔付き合っていた山本(篠原篤)から「会いたい」というメールが入る。
みゆきの母は震災で亡くなったのだが、
そんな時に山本が放ったある一言が、二人の心の距離を広げたのだった。
久しぶりに帰郷した山本はそのことを謝り、「やり直したい」と打ち明けるが、
みゆきは「考えとく」と逃げるように立ち去る。
家では父が、酒を飲みながら母との思い出話ばかりを繰り返す。
田んぼは汚染され、農業はできず、生きる目的を失った父は、
補償金をパチンコにつぎ込む毎日を送っている。
みゆきはそんな父をなじり、腹立ちまぎれに家を出て行くが、
こんな時に気が晴れる場所などどこにもなかった。
もう一人、みゆきと同じようにもがく男がいる。
市役所の同僚の新田(柄本時生)だ。
東京から来た女子大生に、被災地の今を卒論のテーマにするからと、
あの日のことを取材されるが、言葉に詰まってほとんど答えられない。
週末になると東京へ通うみゆきの日々に、変化が訪れる。
三浦が突然、店を辞めたのだ。
みゆきは三浦がいると聞いた、ある意外な場所を訪ねるのだが……
監督は、廣木隆一、
脚本は、加藤正人。
どちらも当たり外れの多い監督と脚本家なので、(あくまでも私見です)
それだけが心配であったのだが、
どうやら杞憂に終わったようだ。
廣木隆一監督が、出身地の福島に暮らす人びとを描いた処女小説を、
自身のメガホンにより映画化したということもあってか、
ドキュメンタリー風な作品でありながら、
骨格がしっかりしており、ブレがなく、
安心して最後まで見ることができた。
まさに「当り」を引き当てたと言えよう。
なによりも瀧内公美の演技が素晴らしかった。
『日本で一番悪い奴ら』を鑑賞したときの「彼女をもっと見たい」という思いが、
この『彼女の人生は間違いじゃない』で満たされた……と言っても過言ではない。
こう言っては何だが、脱ぎっぷりも見事だったし、
その辺にいる顔の売れた若手女優など足元にも及ばないような覚悟が感じられ、
瀧内公美という女優の代表作になるであろう作品だなと思った。
いや、代表作と言うにはまだ早すぎるのかもしれない。
代表作となる作品は、まだまだ先にあるような気もする。
『彼女の人生は間違いじゃない』という作品は、
瀧内公美という女優にとっての、
日本を代表する女優になるためのターニングポイントとなる作品であった……
と、後に語られるような気がした。
金沢みゆきという役は、オーデションで勝ち取ったものだという。
決め手は何だったのか?
廣木監督は語る。
オーデションでは、演技の上手い下手にはこだわらなかったです。何ですかねえ……悩み方が空回りしているところが、みゆき的に感じたのかな。あと、おそらく瀧内さんはみゆきとは正反対だと思うんですよ。性格も人間としての本質も。だからこそ逆にいいんじゃないかなって。容易に手の届くような芝居では到底まかなえず、精一杯近づこうとしたときに本人も思いもよらぬものが生まれる可能性がある。そういう期待はありましたね。
(『キネマ旬報』2017年7月下旬号)
オーデションを受けたとき、
瀧内公美は悩みを抱えていたのか?
瀧内公美は語る。
女優としてとにかく突き進んでいこうと思ってやってきて、あるとき、躓いた。あ、自分、何も持ってないなと思ったし、それがすごくショックだった。これから、自分、やっていけるかなって。悩んでいた時期にこの作品に出逢って。とにかく廣木監督に委ねる。それはときに甘えでもある。でも、人のこと、信じたいなと思った。「感じてきたこと、そのままでいいんだよ。瀧内は瀧内だし。失敗してもいいんだよ」ということを監督は言ってくれて。それにすごく救われて。自分には何もなくて、空っぽでもしょうがないかなって。空っぽだから背負わせてもらえるんだなって。やっぱり人なんだなと。人との出逢いが自分を変えてくれるんだなって。映画を観ても、それを感じた。みゆきは救われた。だから、みゆきも、これから誰かを救ってほしいなと。遅くても、何かに気づくときはきっとくる。これは、後でわかることが多い映画かもしれません。
(『キネマ旬報』2017年7月下旬号)
言葉を発しているときの彼女も良かったが、
何も語らずに、
顔の表情や、
身体全体で表現しているときも素晴らしかった。
それは、瀧内公美が金沢みゆきという女性になりきっていたからに他ならない。
瀧内公美は富山県の出身だが、
事前に福島の人々に会い、
実際のデリヘル嬢にも取材し、
役から離れるのを恐れて、東京での撮影中はずっと渋谷のホテルに寝泊まりしていたとか。
そんな努力もあり、
金沢みゆきは、よりリアリティのある人物として、
我々の前に立ち現れる。
金沢みゆきを演じた瀧内公美が際立っていたのは、
主役を支える共演者の演技も良かったからこそ。
みゆきの父・金沢修を演じた光石研、
みゆきのアルバイト先の社員・三浦を演じる高良健吾、
みゆきの務める市役所の同僚・新田勇人を演じる柄本時生、
みゆきの元カレ・山本健太を演じた篠原篤、
被災地を取材する女性・山崎沙緒里を演じた蓮佛美沙子、
戸田昌宏、安藤玉恵、
麿赤児などの好演もあって、
この作品は、実に“質の高い”作品になり得ている。
「今、起きていること、今、自分が感じていること、そして時代をちゃんと反映した映画を撮りたかった」という廣木監督の思いと、
オーデションを受け、主役の座を勝ち取った瀧内公美の覚悟が合致し、
“傑作”と言える作品が生まれた。
今年(2017年)も半分を過ぎたが、
今年の邦画は、例年に比べ、やや不作気味に感じられていたが、
『彼女の人生は間違いじゃない』に出逢って、ちょっと持ち直した感がある。
それほどの価値ある作品であった。
映画館で、ぜひぜひ。