江戸時代、長崎では、
正月の2日から15日頃までの間に、
市街を囲む七つの山をわらじ履きで1日かけて巡拝するならわしがあった。
その名も七高山巡り。
七つの山とは、
金比羅山、七面山、烽火山、秋葉山、豊前坊、彦山、愛宕山のこと。
(愛宕山の代わりに岩屋山に登ってもいいとされている)
それぞれの山には神社やお堂が数多く点在し、
年の初めに一年間の無病息災を祈願する。
七高山巡りは、かねてから、神参りを兼ねたハイキングだったようだ。
私が、この七高山巡りをしたのは、
2009年12月27日(←クリック)であった。
正月ではなかったが、
長崎、福岡、佐賀から計15名が集い、
山歩き、街歩きを存分に楽しんだ。
もう6年も前のことなのに、
この記憶は今も鮮明に残っている。
いつの頃からか、
私の住む町でも、
この七高山巡りができないものか……と考えるようになった。
本物の七高山巡りにはとうてい敵わないが、
手軽に短時間でできる“プチ七高山巡り”のようなものができないか……
まあ、私個人の極私的“プチ七高山巡り”なので、
〈裏山である鬼ノ鼻山と聖岳の2座を中心とした七高山巡りにしよう〉
と考えて、地図を見るが、
周囲には山がない。(笑)
そこで、ネットで調べてみたら、
海彦山彦さんのHPがヒットした。
そして、鬼ノ鼻山の麓から中腹にかけて、
弁財山、下鶴山(鶴山)、亀峰の3座があることが分った。
いずれも地図に記載はないが、
海彦山彦さんが多久市の弁財山(私はこの山も知らなかった)に来た折、
そこにあった案内板に書かれていた下鶴山(鶴山)と亀峰にも登られていたのだ。
弁財山、下鶴山(鶴山)、亀峰と、
いずれもめでたい山名なので、
私が考える七高山巡りの山にピッタリではないか。
ということで、
今日、その3座に登ってきた。
配偶者に、車で多久聖廟まで送ってもらい、
9:05
多久聖廟の駐車場を出発。
まずは多久聖廟へ。
多久聖廟は、
宝永5年(1708)、多久茂文が、孔子像を安置し、
領民に「敬」の心を培わせるために建てた孔子廟で、
現存する聖廟としては、
足利学校(栃木県)、閑谷学校(岡山県)に次ぐ古い建物だ。
孔子像が祀られている多久聖廟は、
学問の神様として有名で
受験生が願いを書き込んだ絵馬が数多く奉納されている。
弁財山へは、
東原庠舎の方へ入って行く。
右に東原庠舎を見ながら登って行く。
ここから登山道になる。
植林帯を抜けると、
自然林の道となる。
9:19
弁財山(約90m)に到着。
弁財天と、その背後にある三本杉。
迫力のある大杉だ。
片隅に、磁器で作られた円形の案内板があった。
海彦山彦さんが見られたという案内板とはこれのことだ。
たしかに、下鶴山(鶴山)と亀峰の山名がある。
写真を逆さまにしてみる。
これから、背後にある下鶴山(鶴山)へ行く。
東原庠舎から見ると、下鶴山(鶴山)の位置がよくわかる。
近く見えるが、これが案外遠かった。
一旦、多久聖廟を出て、車道を登って行く。
驚いたことに、
菜の花や、
ナズナや、
ホトケノザが咲いていた。
春がもうやってきたのか……と思ったが、
登って行くにしたがって、
ベニバナボロギクや、
クサギや、
アオキや、
フユイチゴなどが、
季節が、秋から冬へと移行していることを知らしめてくれた。
紅葉もまだまだ楽しませてくれる。
ここから左折。
みかん畑を抜けて行く。
道はやや荒れている。
サネカズラや、
マユミや、
カラスウリの実の色が美しい。
滴るような赤。
霞みがかった赤。
天ヶ瀬ダムのダム湖が見えた。
ここから右へ入って行く。
突き当りの貯水槽のあるところが山頂のようだ。
10:55
下鶴山(鶴山)(279.1m)山頂に到着。
(途中、道を間違えて、到着時間が遅くなった)
貯水槽の前が小広場になっていて、
そこに三角点があった。
四等三角点であった。
車道まで戻り、鬼ノ鼻山方面に登って行く。
天ヶ瀬ダムへの分岐を通過。
天ヶ瀬ダムを見ながら登って行く。
雨が降ってきたので、傘をさす。
これは、20年前に、徒歩日本縦断する前に買ったモンベルの軽量傘。
日本列島を縦断し、富士山や剱岳へも一緒に登った傘。
20年経った今でも、錆ひとつなく、現役バリバリ。
モンベルの回し者ではないが、
この傘は本当にスグレモノだ。
前方に見える山が、亀峰のようだ。
この家の先から右折。
右折といっても、道はない。
尾根に出て、
こんな感じのところを登って行く。
12:00
亀峰の山頂(332.1m)と思われる場所に到着。
国調多角点があった。
弁財山はともかく、
下鶴山(鶴山)と亀峰へは大変だった。(笑)
どちらも展望はなく、標識もなかった。
まあ、場所が判っただけでも良かった。
年明けに、今日の3座と、のこり4座を歩き、
ぜひ極私的“プチ七高山巡り”をしたいと思っている。
この後、歩いて家まで帰ったのだが、
途中、イノシシと遭遇。
近づいて行くと、
まだ道端にいて、
私を見ると「ブヒブヒ」と鳴いて、森へ奥に消えたのだった。
正月の2日から15日頃までの間に、
市街を囲む七つの山をわらじ履きで1日かけて巡拝するならわしがあった。
その名も七高山巡り。
七つの山とは、
金比羅山、七面山、烽火山、秋葉山、豊前坊、彦山、愛宕山のこと。
(愛宕山の代わりに岩屋山に登ってもいいとされている)
それぞれの山には神社やお堂が数多く点在し、
年の初めに一年間の無病息災を祈願する。
七高山巡りは、かねてから、神参りを兼ねたハイキングだったようだ。
私が、この七高山巡りをしたのは、
2009年12月27日(←クリック)であった。
正月ではなかったが、
長崎、福岡、佐賀から計15名が集い、
山歩き、街歩きを存分に楽しんだ。
もう6年も前のことなのに、
この記憶は今も鮮明に残っている。
いつの頃からか、
私の住む町でも、
この七高山巡りができないものか……と考えるようになった。
本物の七高山巡りにはとうてい敵わないが、
手軽に短時間でできる“プチ七高山巡り”のようなものができないか……
まあ、私個人の極私的“プチ七高山巡り”なので、
〈裏山である鬼ノ鼻山と聖岳の2座を中心とした七高山巡りにしよう〉
と考えて、地図を見るが、
周囲には山がない。(笑)
そこで、ネットで調べてみたら、
海彦山彦さんのHPがヒットした。
そして、鬼ノ鼻山の麓から中腹にかけて、
弁財山、下鶴山(鶴山)、亀峰の3座があることが分った。
いずれも地図に記載はないが、
海彦山彦さんが多久市の弁財山(私はこの山も知らなかった)に来た折、
そこにあった案内板に書かれていた下鶴山(鶴山)と亀峰にも登られていたのだ。
弁財山、下鶴山(鶴山)、亀峰と、
いずれもめでたい山名なので、
私が考える七高山巡りの山にピッタリではないか。
ということで、
今日、その3座に登ってきた。
配偶者に、車で多久聖廟まで送ってもらい、
9:05
多久聖廟の駐車場を出発。
まずは多久聖廟へ。
多久聖廟は、
宝永5年(1708)、多久茂文が、孔子像を安置し、
領民に「敬」の心を培わせるために建てた孔子廟で、
現存する聖廟としては、
足利学校(栃木県)、閑谷学校(岡山県)に次ぐ古い建物だ。
孔子像が祀られている多久聖廟は、
学問の神様として有名で
受験生が願いを書き込んだ絵馬が数多く奉納されている。
弁財山へは、
東原庠舎の方へ入って行く。
右に東原庠舎を見ながら登って行く。
ここから登山道になる。
植林帯を抜けると、
自然林の道となる。
9:19
弁財山(約90m)に到着。
弁財天と、その背後にある三本杉。
迫力のある大杉だ。
片隅に、磁器で作られた円形の案内板があった。
海彦山彦さんが見られたという案内板とはこれのことだ。
たしかに、下鶴山(鶴山)と亀峰の山名がある。
写真を逆さまにしてみる。
これから、背後にある下鶴山(鶴山)へ行く。
東原庠舎から見ると、下鶴山(鶴山)の位置がよくわかる。
近く見えるが、これが案外遠かった。
一旦、多久聖廟を出て、車道を登って行く。
驚いたことに、
菜の花や、
ナズナや、
ホトケノザが咲いていた。
春がもうやってきたのか……と思ったが、
登って行くにしたがって、
ベニバナボロギクや、
クサギや、
アオキや、
フユイチゴなどが、
季節が、秋から冬へと移行していることを知らしめてくれた。
紅葉もまだまだ楽しませてくれる。
ここから左折。
みかん畑を抜けて行く。
道はやや荒れている。
サネカズラや、
マユミや、
カラスウリの実の色が美しい。
滴るような赤。
霞みがかった赤。
天ヶ瀬ダムのダム湖が見えた。
ここから右へ入って行く。
突き当りの貯水槽のあるところが山頂のようだ。
10:55
下鶴山(鶴山)(279.1m)山頂に到着。
(途中、道を間違えて、到着時間が遅くなった)
貯水槽の前が小広場になっていて、
そこに三角点があった。
四等三角点であった。
車道まで戻り、鬼ノ鼻山方面に登って行く。
天ヶ瀬ダムへの分岐を通過。
天ヶ瀬ダムを見ながら登って行く。
雨が降ってきたので、傘をさす。
これは、20年前に、徒歩日本縦断する前に買ったモンベルの軽量傘。
日本列島を縦断し、富士山や剱岳へも一緒に登った傘。
20年経った今でも、錆ひとつなく、現役バリバリ。
モンベルの回し者ではないが、
この傘は本当にスグレモノだ。
前方に見える山が、亀峰のようだ。
この家の先から右折。
右折といっても、道はない。
尾根に出て、
こんな感じのところを登って行く。
12:00
亀峰の山頂(332.1m)と思われる場所に到着。
国調多角点があった。
弁財山はともかく、
下鶴山(鶴山)と亀峰へは大変だった。(笑)
どちらも展望はなく、標識もなかった。
まあ、場所が判っただけでも良かった。
年明けに、今日の3座と、のこり4座を歩き、
ぜひ極私的“プチ七高山巡り”をしたいと思っている。
この後、歩いて家まで帰ったのだが、
途中、イノシシと遭遇。
近づいて行くと、
まだ道端にいて、
私を見ると「ブヒブヒ」と鳴いて、森へ奥に消えたのだった。