一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』 ……沢尻エリカと二階堂ふみの妖艶さ……

2019年09月22日 | 映画
2009年から2010年にかけては、
太宰治(1909年~1948年)の生誕100年ということで、
『斜陽』(監督・秋原正俊、2009年5月9日公開)、
『パンドラの匣』(監督・冨永昌敬、2009年10月10日公開)、
『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』(監督・根岸吉太郎、2009年10月10日公開)、
『人間失格』(監督・荒戸源次郎、2010年2月20日公開)
などの映画が公開され、邦画界もちょっとした太宰治ブームであった。
(『斜陽』以外はタイトルをクリックするとレビューが読めます)

あれから10年。
太宰治の生誕110周年となる今年(2019年)は、
蜷川実花監督作品『人間失格 太宰治と3人の女たち』が公開された。
構想7年とのことなので、
太宰治の生誕110周年を意識した制作ではないのかもしれないが、
タイミング的には太宰治生誕110周年記念作品になっている。

「鑑賞する映画は出演している女優で決める」主義の私としては、
私の好きな沢尻エリカ、二階堂ふみ、宮沢りえがキャスティングされており、


『ヘルタースケルター』『Diner ダイナー』を高評価している蜷川実花監督作品となれば、


見ないわけにはいかない。
で、ワクワクしながら映画館へ向かったのだった。



人気作家として活躍していた太宰治(小栗旬)は、
身重の妻・美知子((宮沢りえ)と2人の子どもがいながら、


自分の支持者である静子(沢尻エリカ)と関係を持ち、


彼女がつけていた日記をもとに『斜陽』を生み出す。
『斜陽』はベストセラーとなり社会現象を巻き起こすが、


文壇からは内容を批判され、
太宰は“本当の傑作”を追求することに。
そんなある日、未帰還の夫を待つ身の美容師・富栄(二階堂ふみ)と知り合った太宰は、
彼女との関係にも溺れていく。


身体は結核に蝕まれ、酒と女に溺れる自堕落な生活を続ける太宰を、
妻の美知子は忍耐強く支え、
やがて彼女の言葉が太宰を『人間失格』執筆へと駆り立てていく……





2009年から2010年にかけて公開された、
『斜陽』(2009年)、
『パンドラの匣』(2009年)、
『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』(2009年)、
『人間失格』(2010年)
は、いずれも太宰治の小説の映画化であった。
蜷川実花監督作品『人間失格 太宰治と3人の女たち』は、
小説『人間失格』の映画化ではなく、
「太宰治と3人の女たち」というサブタイトルにもあるように、
太宰治と、太宰を取り巻く3人の女性たちとの関係を描いた、
“オリジナル作品”なのだ。
小説よりもドラマチックだったという『人間失格』誕生秘話に焦点を当てた作品になっている。


蜷川実花監督の7年をかけた構想を、
3年かけて脚本として書き起こしたのは、
傑作『紙の月』(監督・吉田大八、2014年)で名をはせた早船歌江子。


太宰治(小栗旬)との関係を、
序盤は、静子(沢尻エリカ)
中盤は、富栄(二階堂ふみ)
終盤は、美知子((宮沢りえ)
というように分け、
3人の女性の特性がうまく表現できるような構成にし、
文学的な香りを失うことなく、
エンターテインメント作品として仕上げている。


序盤の、静子(沢尻エリカ)のパートは、
蜷川実花監督らしい華やかで鮮やかな映像と展開であるが、


中盤の、富栄(二階堂ふみ)のパートは、
やや蜷川実花監督らしさは減少し、


終盤の、美知子((宮沢りえ)のパートに至っては、
これまでの蜷川実花監督作品には見られなかったような静謐と抑えた色彩で魅せる。



このように、徐々に変化していく映像と色彩の美を可能にしているのは、
撮影を担当した近藤龍人のカメラワークに由るところが大きい。


このブログでも近藤龍人のことは度々褒めているが、
『天然コケッコー』(監督・山下敦弘、2007年)
『パーマネント野ばら』(監督・吉田大八、2010年)
『海炭市叙景』(監督・熊切和嘉、2010年)
『桐島、部活やめるってよ』(監督・吉田大八、2012年)
『そこのみにて光輝く』(監督・呉美保、2014年)
『万引き家族』 (監督・是枝裕和、2018年)
『ハナレイ・ベイ』(監督・松永大司、2018年)
などの傑作映画の撮影を担当し、絶大なる評価を得ている。
近藤龍人が参加しているというだけで、
〈見てみたい!〉
と思わせる力があるし、
見る価値のある作品になっていると言える。



静子を演じた沢尻エリカ。


『ヘルタースケルター』以来の蜷川実花監督作品であるが、
緊張感のあった前作に比べ、
本作では、余裕ありの演技で魅せる。


小栗旬もタジタジになるほどの攻めの艶技は、
『ヘルタースケルター』ほどの露出度はないものの、
魅力は十分に伝わってくる。
沢尻エリカのファンである私にとっては、
嬉しい限りであった。



富栄を演じた二階堂ふみ。


多くの映画に出演しているので、
一作だけを採り上げるのは難しいが、
ここ数年では、
『リバーズ・エッジ』(監督・行定勲、2018年)が出色の出来であった。
このブログでもレビューを書いているが、そこで、私は、

私は、このレビューのタイトルを、
……二階堂ふみを丸裸にした行定勲監督の傑作……
としたが、
行定監督が二階堂ふみのすべてを本作で表現しているという意味もあるが、
二階堂ふみが、その言葉通り、全裸を晒しているという意味もある。
その(見事な)裸体は、
行定監督が望んだというよりも、
二階堂ふみの覚悟と見るべきなのかもしれない。
これほどの作品に出逢い、
それほどの覚悟で挑んだ作品だったのである。


と書いている。(全文はコチラから)
本作『人間失格 太宰治と3人の女たち』でも、『リバーズ・エッジ』と同じく、
その(見事な)裸体を晒しているし、(見事な脱ぎっぷり!)
妖艶な演技で魅了する。
『リバーズ・エッジ』以降の彼女は、一皮むけた感じ。
今年(2019年)公開の映画には、
ヒット作『翔んで埼玉』(2019年2月22日公開)があるが、
本作『人間失格 太宰治と3人の女たち』の他にも、
『生理ちゃん』(2019年11月8日公開予定、監督・品田俊介)主演・ 米田青子役
『ばるぼら』(2019年公開予定、監督・手塚眞)ヒロイン・ばるぼら役
が控えているし、
来年(2020年)には、
菅田将暉、小松菜奈主演作『糸』(2020年4月24日公開予定、監督・瀬々敬久)にも、
出演が決定している。
今後も二階堂ふみから目が離せない。



美知子を演じた宮沢りえ。


18歳の時にヘアヌード写真集『Santa Fe』で世を驚かせた宮沢りえも、
あれから30年近くが経過し、
すっかり演技派女優として確固たる地位を築いている。
ここ数年では、主演作である、
『紙の月』(2014年11月15日)
『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年10月29日)
での熱演が印象に残っているが、
本作では、主演作とは違う、一歩引いたような演技を披露している。
夫である太宰治(小栗旬)との絡みのシーンも、
覆いかぶさる小栗旬の下で、
虚空を見つめているような表情が秀逸であった。



この他、出演シーンは短いものの、
太宰行きつけのバーのマダム役として壇蜜も出演しているので、
壇蜜ファンにはぜひ見てもらいたい。



「鑑賞する映画は出演している女優で決める」主義の私としては、
もうこの辺でレビューを終えたいのだが、
最後に男優陣についても少しだけ書き添えておきたい。

太宰治を演じた小栗旬。


蜷川実花監督の期待に応え、かなり頑張っていたと思う。
蜷川実花の父・蜷川幸雄を師と仰ぐ彼なればこその覚悟で挑んでいたであろうし、
やや演劇的な演出に巧く対応し、魅せる演技をしていた。


ただ、私の抱いている太宰治のイメージとは違っており、
小栗旬演ずるところの太宰治は、都会的で健康的な感じがした。
結核で血を吐いても、死が迫っているようには見えず、
もっと不健康で田舎者の匂いのする男優に演じて欲しかった気もする。



太宰治よりも坂口安吾が好きな私は、
坂口安吾を藤原竜也が演じてくれていたのには、ちょっと感激した。


藤原竜也も坂口安吾とはイメージがかなり違っているが、
小栗旬に対抗するには、藤原竜也しかいなかったものと思われる。
蜷川実花監督作品『Diner ダイナー』での好演そのままに、
彼ならではの坂口安吾を創り上げていた。



三島由紀夫を演じた高良健吾。


三島由紀夫は、太宰治と会ったときの出来事を、
「私の遍歴時代」というエッセイに次のように書いている。

私は来る道々、どうしてもそれだけは口に出して言はうと心に決めてゐた一言を、いつ言つてしまはうかと隙を窺つてゐた。
しかし恥ずかしいことに、それを私は、かなり不得要領な、ニヤニヤしながらの口調で、言つたやうに思ふ。即ち、私は自分のすぐ目の前にゐる実物の太宰氏へかう言つた。
「僕は太宰さんの文学はきらひなんです」
その瞬間、氏はふつと私の顔を見つめ、軽く身を引き、虚をつかれたやうな表情をした。
しかしたちまち体を崩すと、半ば亀井氏のはうへ向いて、 
誰へ言ふともなく、
「そんなことを言つたつて、かうして来てゐるんだから、やつぱり好きなんだよな。なあ、やつぱり好きなんだ」


このエピソードがそのまま映画にも使われている。


三島由紀夫は、

私と太宰氏のちがひは、ひいては二人の文学のちがひは、私は金輪際、「かうして来てるんだから、好きなんだ」などとは言はないだらうことである。

と言い、
他のところで、

太宰の悩みは朝のラジオ体操で解決する。

とも言っている。
だが、私は、三島由紀夫と太宰治は同じ人種だと思っているし、
自決の仕方が違っただけで“同じ穴の狢”だと思っている。
高良健吾の三島由紀夫も、私のイメージする三島由紀夫像とはやや違うが、
太宰治と対峙した三島由紀夫は「かくありなん」と思わせる演技はしていたと思う。
出演シーンの短い役にも、主役級の俳優を使っているところに、
蜷川実花監督作品ならではの豪華さ、贅沢さが感じられた。


ここ10年の太宰治関係の映画では、
『パンドラの匣』(監督・冨永昌敬、2009年10月10日公開)が一番好きだし、
傑作だと思っているが、
本作『人間失格 太宰治と3人の女たち』は、それに次ぐ秀作であった。
映画館で、ぜひぜひ。

この記事についてブログを書く
« 天山 ……ムラサキセンブリ、... | トップ | 「超写実展 −リアルを越えた... »