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『魔の山』読了計画の3回目は、
81頁から196頁までの第三章を(2日をかけて)読んだ。
第三章には、
「謹厳なしかめ面」
「朝食」
「からかい。臨終の聖体拝領。中断された上機嫌」
「悪魔(Satana)」
「頭の冴え」
「いいすぎ」
「むろん、女だ!」
「アルビン氏」
「悪魔が失敬な提案をする」
という9つの節があり、
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ハンス・カストルプのベルクホーフ到着2日目が描かれている。
この章を読むことで、読者は、
国際結核療養所に集まる人々のこと、
サナトリウムにおける生活、
彼らの日々の日課などが、詳しく判るようになっている。
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ベルクホーフの一日は、食堂での豪華な朝食で始まる。
マーマレードや蜂蜜の壺、ミルクで煮た米やオートミールの鉢、掻き卵や冷肉の皿などが並んでいる。バターは至極たっぷりとだされていたし、鐘形の硝子蓋を取って汗をかいているスイス・チーズを切っている人もいた。そのうえ、食卓の真ん中の鉢には新鮮な果物や乾した果物が盛りあげてあった。(91頁)
食事は、この朝食を含め、一日4回もあり、
午前中に2回目の朝食、
続く昼食、夕食もすべてフルコース。
昼食と夕食の間には“お茶の時間”もあり、いろんな飲み物やケーキなどが提供される。
患者たちは、こうして一日に何度も食堂に集まるのだが、
食事と食事の間は、散歩や安静療養の時間に充てられる。
検温は一日4回。水銀が入った体温計を口にくわえて体温を測ることになっている。
食堂には7つのテーブルがあり、座る位置はそれぞれ決まっている。
ハンス・カストルプは、最初の朝食のとき、
ヨーアヒム以外の患者たちを初めて目にし、幾人かとは言葉を交わした。
奇妙な好い間違いばかりするシュテール夫人、
ハンス・カストルプの部屋(34号室)の隣室で淫猥な物音をたてるロシア人夫婦、
「ふたりとも」としか言わない黒ずくめのメキシコ人中年女性など、
下界ではおよそ出会うことのない奇妙な人々ばかりだった。
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そんな中、ハンス・カストルプは、
誰かが突然ドアを乱暴に閉める音を聞く。
突然ハンス・カストルプは、怒ったように、不快そうにからだをぴくっとさせた。誰かがドアを乱暴に締めたからである。それは、真っ直ぐ玄関のロビーに通じている左手前のドアだった。誰かが把手から手を放したか、あるいはうしろへ叩きつけたかしたのだろう。いずれにせよ、ハンス・カストルプはそういう音は死ぬほどきらいで、昔からそれを聞くと我慢ならなかったのである。(中略)そのうえ、このドアには小さなガラスが何枚もはめこんであったので、いっそうショックが激しく、まったくのばたん、ぴしゃんだった。ちぇっ、とハンス・カストルプは腹をたてた、なんという不愉快な不作法者だろう。(96頁)
上流階級出身のハンス・カストルプは、このような不作法は許せないものであった。
犯人は誰か突き止めようとするが、
隣の席の女性に話しかけられて、不作法者が誰かを突き止めることができなかった。
朝食を終え、食堂を出るとき、
ベルクホーフのもう一人の医師であるベーレンス顧問官に遭遇する。
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白衣を着たベーレンスはここの院長で、
黒衣のクロコフスキーを従えて患者たちに声をかけにやってきたのだ。
きっとあなたはこちらよりも患者としては模範生になられるでしょう。そうらしい。つまり、みなさんが患者としてものになるかならないか、それは一目みればわかる。患者になるのにも才能を要しますからな。(98頁)
そして、
ここの生活をたっぷりと楽しんでくださるだろう。(99頁)
と予言する。
朝食後の散歩や、2回目以降の食事の場でも、
ハンス・カストルプは様々な人と出会う。
すれ違いざまに気胸をぴゅうっと鳴らす女、
その女と同じく肺の片方に気胸手術をしている「片肺クラブ」の面々、
ヨーアヒムのお気に入りの人(であるらしい)若くて美人のマルシャ、
仲間内で最も病気が重いドクトル・ブルーメンコールなど……
中でも、ハンス・カストルプの興味を引いたのは、ロドヴィーコ・セテムブリーニだった。
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30代半ばのこのイタリア人の紳士は、いきなり、
われわれのミーノスとラダマンチュスは、あなたに何カ月、挑みかかったのです。(中略)当ててみましょうか。六カ月。それともいきなり九カ月。なにしろ気前がいいですからな。……(121頁)
と、ハンス・カストルプが何カ月の療養を宣告されたのかを当てようとする。
驚いたハンス・カストルプは、
わたしは病気ではないのです。このいとこを訪ねて二、三週間の予定でやって参りましたので。(122頁)
と言う。
すると、セテムブリーニは、
ここへはただ単に聴講生としてこられたということですか。冥府をおとずれたオデュッセウスのように。いや大胆なことだ。亡者どもが酔生夢死の暮しを送っているこの深淵へ降りてこられたとは。̶̶(122頁)
と返す。
そして、ハンス・カストルプが造船技師になる予定であることを聞くと、
ハンス・カストルプのことを「エンジニア」と呼ぶようになる。
その後も、セテムブリーニによるベーレンスらに対しての悪口雑言が披露されるのだが、
第三章の第四節「悪魔(Satana)」は、ほぼ、このセテムブリーニの独演会になっており。
タイトルの「悪魔(Satana)」が何を指しているか意味深なのである。
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セテムブリーニの他に、もう一人、ハンス・カストルプの心を捉えた人物がいる。
それは、バタンと音を立ててガラス戸を締め、ハンス・カストルプを立腹させた人物だ。
昼食のとき、ハンス・カストルプはついにその人物を突き止める。
ひとりの婦人が食堂を横切っていくところだった。夫人というよりむしろ若い娘といったほうがよかったかもしれない。中背の、白いスウェーターに色物のスカート、赤味の勝ったブロンドの髪は、編んで無造作に頭のまわりに巻きつけられている。その横顔はハンス・カストルプの席からはほんの少ししか、あるいは全然見えないといってもよかった。彼女は足音をたてずに静かに歩いたが、それが入ってきたときのがたん、ぴしゃんと奇妙な対照をなしていた。女は、特徴のある忍び足で、幾分頭を前に突きだして、ベランダへでるドアに直角に置いてあるいちばん左の端の食卓、すなわち「上流ロシア人席」の方へ歩いていった。片手は、からだにぴったり合ったスウェーターのポケットの中へ突っこみ、片手は頭のうしろへ回して髪を押さえている。(163頁)
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ハンス・カストルプは、その頬骨が高く、眼が細く切れている女を見て、
心を、何かの、または誰かの、漠とした思い出のようなものがかすめたのを感じた。
ハンス・カストルプと同じ食卓にいた女教師のエンゲルハルト嬢が、
「ショーシャ夫人です」
と教えてくれる。
ロシア人で、夫はいるが、ここへは一人で滞在しているとのこと。
ショーシャ夫人とは最悪の出会いであったが、
ハンス・カストルプが、ショーシャ夫人のことが気になり始めているのを感じる。
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その夜、ハンス・カストルプは、ショーシャ夫人の夢を見る。
彼が七つの食卓の食堂に座っていると、がたん、ぴしゃんとものすごい音でガラス戸が締まり、白いスウェーターの、片手をポケットに突っこみ、片手を後頭部にやったショーシャ夫人が姿を現わした。ところでこの不作法な女性は、上流ロシア人の席ではなくて、ハンス・カストルプのところへ音もなくやってきて、無言で片手を差しだし、彼の接吻を許したのである。̶̶しかし彼女が差しだしたのは、手の甲ではなくて、手のひらだった。ハンス・カストルプは彼女の手に、爪の両側の皮膚がささくれ、幅が広くて、指の短い、手入れのいき届いていない掌(てのひら)に接吻した。すると、彼が昼間、試みに名誉の重荷を免ぜられた身になって不名誉のもつ無限の利点を享楽してみようとしいた際に、身内からこみあげてきたあの放縦で甘美な感情が、いまふたたび頭の天辺から足の爪先まで滲み渡った。それは、夢の中でのほうが、現実の場合よりもはるかに強烈であった。(195~196頁)
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いやはや、今後、二人の関係はどうなっていくのか……
俄然、楽しみになってきた。
※映画『魔の山』(1982年)より、ハンス・カストルプとショーシャ夫人。↓
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