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本作『冬薔薇』を見たいと思った理由は、ただひとつ。
私の好きな女優・河合優実の出演作だから。
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調べてみると、
監督は、阪本順治。
主演は、伊藤健太郎。
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伊藤健太郎は、若手俳優として順調にキャリアを積み重ねていたが、
2020年10月28日の夜、乗用車を運転中にバイクと衝突事故を起こし、男女2人が負傷。
その場から離れたという行動が現場を立ち去ったものとして10月29日に自動車運転処罰法違反及び道路交通法違反の疑いで警視庁に逮捕された。
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その後、嫌疑不十分かつ負傷した2人が処罰を望んでいないことなどが理由で不起訴処分となったが、すべての仕事をキャンセルし、約2年間、表舞台から姿を消していた。
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本作は、阪本順治監督が伊藤健太郎の復帰作として書き下ろしたオリジナル新作で、
伊藤健太郎からじっくりと話を聞き、作り上げた主人公のキャラクターには、
このとき監督が感じた匂いや気配、独特の佇まいなどが色濃く反映されているとか。
伊藤健太郎、河合優実の他、
私の好きな女優、和田光沙や余貴美子も出演しており、
小林薫、眞木蔵人、笠松伴助、伊武雅刀、石橋蓮司などのベテランから、
永山絢斗、毎熊克哉、坂東龍汰、佐久本宝などの若手俳優までが顔を揃えている。
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今年(2022年)の6月3日に公開された作品であるが、
佐賀では7月下旬になって、やっと公開された。
で、上映館であるシアターシエマへワクワクしながら駆けつけたのだった。
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ある港町。
専門学校にも行かず、半端な不良仲間とつるみ、
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友人や女から金をせびってはダラダラと生きる渡口淳(伊藤健太郎)。
“ロクデナシ”という言葉がよく似合う中途半端な男だ。
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両親の義一(小林薫)と道子(余貴美子)は、
埋立て用の土砂をガット船と呼ばれる船で運ぶ海運業を営むが、
時代とともに仕事も減り、
後継者不足に頭を悩ましながらもなんとか日々をやり過ごしていた。
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淳はそんな両親の仕事に興味も示さず、親子の会話もほとんどない。
そんな折、淳の仲間が何者かに襲われる事件が起きる。
そこに浮かび上がった犯人像は思いも寄らぬ人物のものだった……
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阪本順治は優れた監督だと思ってはいるが、
『北のカナリアたち』(2012年)のようにガッカリさせられることもあり、
極私的に心配していたのだが、
今回の『冬薔薇』は、とても良く出来た作品で、
映画としての質も高かったように思った。
但し、物語にも、登場人物にも、共感できる部分が少なく、
最初から最後まで、歯がゆい気持ちで見ていた。
映画としては良い作品だと思うのだが、
「好きな映画か?」
と訊かれたら、
「否」
と答えると思う。
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この作品を好きになれない第一の要因は、
主人公の渡口淳(伊藤健太郎)が、徹頭徹尾“ダメ人間”であるからだ。
どこかで更生し、(ハッピーエンドまでは期待しないものの)
希望を抱かせるラストになるのかな……と、思いきや、
そうはならず、暗い気持ちのままエンドロールを迎える。(笑)
実に鬱々としたストーリーなのである。
渡口淳の父親の義一(小林薫)は、息子には何も言えない情けない父親で、
同じ子を持つ父親である私としては、
〈自分の息子だろ。殴ってでもコミュニケーションをとれよ!〉
と言いたくなるほどイライラさせられた。
主人公の渡口淳、
淳の父親・義一だけでなく、
淳が所属する不良グループのリーダー・美崎輝(永山絢斗)も、
不良グループのメンバー・君原玄(毎熊克哉)も、
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ガット船「渡口丸」の機関長・沖島達雄(石橋蓮司)も、
ガット船「渡口丸」の航海士・永原健三(伊武雅刀)も、
ガット船「渡口丸」の甲板員・近藤次郎(笠松伴助)も、
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淳の叔父で、失業して「渡口丸」に雇用してもらう中本裕治(眞木蔵人)も、
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中本裕治の息子で、淳のいとこにあたる中本貴史(坂東龍汰)も、
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この映画に登場する男たちは鬱屈した気持ちを抱えた男たちばかりで、
そして、それぞれを演じた男優たちが実に上手く演じていたこともあって、
作品の質(芸術性)は高いが、なんとも後味の悪い作品になってしまっている。
〈簡単に出口が提示されるような展開だったら安っぽい映画になってしまう……〉
との考えから、このような結末にしたのだと思うが、
なんともやりきれない物語であった。
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不良仲間とつるみ、友人や女から金をせびる“ろくでなし”の若い男たちや、
時代に取り残されたような覇気のない老いた男たちを見せられただけなら、
このレビューも書かなかったと思うが、
この映画に登場する女性たちが希望を抱かせる存在になっていたのが救いになっており、
それぞれを演じた女優たちも素晴らしい演技をしていたので、
(それに河合優実の出演作でもあるし)
女優たちのことだけでも書いておこうか……という気になった。
不良グループのリーダーである美崎輝の妹・美崎智花を演じた河合優実。
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美崎輝(永山絢斗)の妹ではあるが、
血のつながりはないのか、薄いのか、で、
美崎輝は妹の智花を恋愛の対象として見ているフシがある。
それでいて、妹に悪事の片棒を担がせたりするのだからどうしようもない。
妹の智花は兄に嫌々従っているが、
ある時点から毅然とした態度で兄と決別する。
そんな美崎智花を河合優実は凛として演じており、
出演シーンは少ないものの、見る者に鮮烈な印象を残す。
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今年(2022年)の河合優実の出演作は、
『ちょっと思い出しただけ』(2022年2月11日公開、松居大悟監督)
『愛なのに』(2022年2月25日公開、城定秀夫監督)
『女子高生に殺されたい』(2022年4月1日公開、城定秀夫監督)
『冬薔薇』(2022年6月3日公開、阪本順治監督)
『PLAN75』(2022年6月17日公開、早川千絵監督)
『百花』(2022年9月9日公開予定、川村元気監督)
『線は、僕を描く』(2022年10月21日公開予定、小泉徳宏監督)
『ある男』(2022年秋公開予定、石川慶監督)
と、8本もあり、これまで、
『ちょっと思い出しただけ』『愛なのに』『女子高生に殺されたい』『PLAN75』『冬薔薇』
の5作品を見た。
それぞれ、まったく違った役で、まったく異なった演技をしており、
「一日の王」映画賞での最優秀助演女優賞が現実味を帯びてきた。
残り3作も楽しみでならない。
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淳と体の関係がある弁護士・澤地多恵子を演じた和田光沙。
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主人公の渡口淳(伊藤健太郎)は澤地多恵子を“金づる”としか思っておらず、
騙されたフリをしながら淳に援助していたが、
淳の態度があまりに酷く、ついに愛想を尽かす。
和田光沙が演じる澤地多恵子は弁護士でもあり、
〈淳が真摯に澤地多恵子と関係を保っていれば更生もできたものを……〉
と思ったことであった。
和田光沙が素晴らしい女優であることの証明はコチラを見てもらうとして、(コラコラ)
この澤地多恵子役に和田光沙をキャスティングした阪本順治監督に、
最大の賛辞を贈りたいと思った。
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淳の母であり、会社の事務を取り仕切っている渡口道子を演じた余貴美子。
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夫の義一(小林薫)は、子どもへの接し方、叱り方がわからない人で、
妻にはいろいろ言わせるけれど、自分は嫌われたくないから、無言を貫くようなタイプ。
そんな夫に苛立ちを感じているが、今はジッと我慢している。
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この映画のタイトルがなぜ『冬薔薇』なのかがイマイチ解らなかったが、
余貴美子が演じた渡口道子を思い出していたら、
〈彼女こそ“冬薔薇”なのではないか……〉
と思った。
そうやって女性の登場人物の目線で本作を見直すと、
最初の印象と違ったものが見えてきて、
また考えを新たにさせられるような気になった。
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撮影は、笠松則通。
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『悪人』(2010年)
『許されざる者』(2013年)
『怒り』(2016年)
『すばらしき世界』(2021年)
などで魅せた映像美は、本作『冬薔薇』でも健在で、
映像でも芸術性を高めているように感じた。
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河合優実、和田光沙、余貴美子に逢いたくて本作を見たのであるが、
結果的に伊藤健太郎の復帰作を目撃することになり、
彼自身がこれまで演じたことのない「自らの責任で堕ちていく」男を、
気負うことなく自然に演じているのを見て感心させられた。
バッシングもあろうが、(負けずに)これからも頑張ってもらいたい。
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