佐藤正午の同名小説を映画化したものである。
佐藤正午は、1983年に作家デビューして以来、38年間で、
18冊の長編小説と、9冊の短編集と、10冊のエッセイ集を出しているが、
長編小説の半数は、デビュー後数年の間に書かれたもので、
2000年以降の長編小説は7作しかなく、
どちらかというと寡作な作家という印象がある。
20代で作家デビューし、
直木賞を受賞(『月の満ち欠け』)したのも60代になってからであった。
佐藤正午は、1955年長崎県佐世保市生まれで、現在も佐世保在住。
私も佐世保市で生まれ育ち、年齢もほぼ同じなので、
デビュー作から愛読してきたが、
地方で、スローペースで執筆活動をしているからか、
それが作風や文体にも表れていて、
「今」を描いていても、どこか非現実的であり、シュールな感じがする。
それが、映画化された作品にも反映されていて、
『永遠の1/2』(1987年公開、監督:根岸吉太郎、主演:時任三郎)も、
『ジャンプ』(2004年公開、監督:竹下昌男、主演:原田泰造)も、
浮遊感のある不思議な映画であった。
『永遠の1/2』は長崎県佐世保市で、
『ジャンプ』も佐賀県伊万里市などでロケされていて、
知っている場所が舞台になっていることが多いことも、
佐藤正午原作の映画に親近感を抱かせた。
なので、その佐藤正午の『鳩の撃退法』が映画化されることを知ったとき、
〈必ず見に行こう!〉
と思った。
監督はタカハタ秀太で、主演は藤原竜也。
原作では舞台となる地方都市はどことも言及されてないが、
映画では富山県に設定され、富山ロケがされているという。
佐世保でロケされていないという点においては残念であったが、
ワクワクしながら映画館へ向かったのだった。
都内のバー。
かつて直木賞を受賞したことのある小説家・津田伸一(藤原竜也)は、
担当編集者の鳥飼なほみ(土屋太鳳)に執筆中の新作小説を読ませていた。
(その新作小説のあらすじ)
1年前、うるう年の2月29日。
雪の降る夜。
かつては直木賞も受賞したが、今は富山の小さな街でドライバーとして働いている津田伸一は、
行きつけのコーヒーショップで偶然、幸地秀吉(風間俊介)と出会い、
「今度会ったらピーターパンの本を貸そう」
と約束して別れる。
しかし、その夜を境に幸地秀吉は愛する家族と共に突然、姿を消してしまう。
それから1ヶ月後、
津田の元に3000万円を超える大金が転がり込む。
ところが、喜びも束の間、思いもよらない事実が判明した。
「あんたが使ったのは偽の1万円札だったんだよ」
ニセ札の動向には、家族3人が失踪した事件をはじめ、この街で起きる騒ぎに必ず関わっている裏社会のドン・倉田健次郎(豊川悦司)も目を光らせているという。
倉田はすでにニセ札の行方と共に、津田の居場所を捜し始めていた……
神隠しに遭ったとされる幸地秀吉一家、
津田の元に舞い込んだ大量のニセ札、
囲いを出た鳩の行方、
津田の命を狙う裏社会のドン、
そして多くの人の運命を狂わせたあの雪の一夜の邂逅……
彼の話は嘘なのか? 本当なのか?
鳥飼は津田の話を頼りに、
コーヒーショップ店員・沼本(西野七瀬)の協力も得て、
小説が本当にフィクションなのか【検証】を始めるが、
そこには【驚愕の真実】が待ち受けていた……
佐藤正午は(大衆小説に与えられる)直木賞を受賞した作家ではあるが、
彼の書く小説は、一般的な意味での大衆小説とは言えず、
単にストーリーを楽しむ小説ではなく、
持って回った言い回し、独特の文体、エスプリの効いた会話などを楽しむもので、
普通の大衆小説と思って読み始めた読者は、頭を混乱させられ、翻弄させられる。
私など、
〈むしろ純文学の方に近いのではないか……〉
と思っているほど。
ことに原作の『鳩の撃退法』はその傾向が顕著で、
(単行本では)上巻476頁、下巻477頁というボリュームであるが、
上巻を読んでもよく解らず、
下巻の最後近くになって、やっと伏線が回収され、
全貌が見えてくるという仕掛けになっているのだが、
それでも(上・下巻読み終えても)よく解らなかったという読者評も多く目にするし、
俗に言う「解り易い」小説ではないのである。
それが映画でも反映されていて、(笑)
映画が始まって3分の2くらいが経過するまで、よく解らない。
津田伸一が書く小説の中の話なのか、
現実に起こっている話なのか、
よく判らないまま、映画は進行していく。
原作を読んでいる人、
読んでいなくても、佐藤正午の作品を何度か読んだことのある人なら、
この展開にもついていけると思うが、
「この男が書いた小説(ウソ)は、現実(ホント)になる」
というキャッチコピーにつられ、
単なるミステリー映画を楽しもうと映画館へやってきた人は面食らうことになる。
私は大いに楽しめたが、
楽しめるにまで至らなかった人も多かったことと思われる。
それが「Yahoo!映画」のユーザーレビューなどにも表れていて、
「ごちゃついてる・スッキリ終われない」
「完全な思い違いだった」
「よくわかりませんでした」
「予告と内容に差がありやや複雑な印象」
「ストーリー難しい」
「思ってたのとは違う」
「終始モヤッとする」
「原作読まなきゃ解らんようなら映画にするな」
など、鑑賞者の苛立ちがこちらにも伝わってくるようなコメントが多い。(笑)
これから本作を見ようと思っている方は、
その辺りの事情を知った上で鑑賞されんことを……
『鳩の撃退法』という映画には、
ストーリーを楽しむ以外にも、
キャスティングされた俳優たちを楽しむ要素もあり、
特に男優は、
主人公の津田伸一を演じた藤原竜也、
家族とともに忽然と姿を消したバー「スピン」のマスター幸地秀吉を演じた風間俊介、
津田がドライバーとして働いている女優倶楽部の川島社長を演じた岩松了、
古書店「房州書店」を営む房州老人を演じたミッキー・カーチス、
理髪店「まえだ」の主人を演じたリリー・フランキー、
裏社会を仕切るドン・倉田健次郎を演じた豊川悦司、
倉田の手下・山下を演じた村上淳、
倉田の手下・多々良を演じた駿河太郎、
多々良の手下・大河内を演じた浜野謙太、
慈善家の男・堀之内を演じた濱田岳、
鳥飼なほみ(土屋太鳳)の上司・大木を演じた森下能幸など、
曲者揃い。(笑)
〈よくぞこれだけ集めたものだ!〉
と感心させられたし、
彼らの演技合戦を存分に楽しむことができた。
女優陣も負けておらず、
女優倶楽部に勤めている(源氏名)加賀まりこを演じた桜井ユキ、
幸地秀吉の妻・奈々美を演じた佐津川愛美、
幸地夫妻の娘・茜の友達・慎改くんの母親で不動産屋勤務の慎改美弥子を演じた石橋けい、
バー「オリビア」のママで、鳥飼と共に小説の結末を見守る加奈子を演じた坂井真紀など、
一筋縄ではいかない女優ばかり。
その中にあって、
津田の担当編集者の鳥飼なほみを演じた土屋太鳳と、
津田の行きつけのコーヒーショップの店員・沼本(ぬもと)を演じた西野七瀬は、
爽やかさと清々しさがあり、
本作における一陣の風のような役割を果たしていて秀逸であった。
特に西野七瀬は、
TVドラマでは、
「日曜ドラマ あなたの番です」(2019年4月14日 ~9月8日、日本テレビ)
「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」(2020年7月16日~9月24日、フジテレビ)
「ハコヅメ~たたかう!交番女子~」(2021年7月7日~、日本テレビ)
映画でも、
『孤狼の血 LEVEL2』(2021年8月20日公開)で、
重要な役を得て出演していたし、(コチラを参照)
年末(2021年12月10日)公開予定の映画『あなたの番です 劇場版』も控えており、
見ない日はないほどの活躍ぶり。
演技についてはまだこれからであるが、
しっかりと、着実に実力をつけていっている彼女を見ているのは楽しい。
本作のサブタイトルを、字数の関係で、
……土屋太鳳、西野七瀬、石橋けい、桜井ユキが好い……
としたが、
鑑賞する映画を出演している女優で決める主義の私としては、本当は、
……土屋太鳳、西野七瀬、石橋けい、桜井ユキ、佐津川愛美、坂井真紀が好い……
としたかったほど、
女優たちの演技と存在感に心惹かれた作品であった。
富山でロケされているので、
時折、背景に映る北アルプスの山々が美しく、
立山連峰などを歩いた日のことが思い出され、懐かしかった。
ロケ地マップも作られているようなので、
新型コロナウイルスが終息し、いつかまた富山を訪れることができたら、
ロケ地巡りなどもしたいなと思ったことであった。