本日紹介する『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』は、
本来なら3月27日に公開予定であったのだが、
新型コロナウイルスの影響で公開延期となっていた。
映画館も休館を余儀なくされ、
緊急事態宣言が解除された5月半ばから営業再開したものの、
上映されるのは、昔の名作や、数年前にヒットした作品ばかりで、
(観客動員が期待できないこの時期に新作を公開するのはあまり得策でないことは解るが)
新作を見たかった映画ファンとしては、少々期待はずれであった。
そんな中、
本作『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』の6月12日からの公開が発表された。
その勇気ある決断に感謝すると共に、
新作に飢えていた私は、歓喜した。
「若草物語」は、
ルイザ・メイ・オルコット(1832年11月29日~1888年3月6日)による自伝的小説で、
1906年(明治39年)に北田秋圃によって日本で初めて翻訳された。
その時の書名は、「Little Women」をほぼ直訳した「小婦人」で、
四姉妹の名前も、菊枝、孝代、露子、恵美子など、日本の名前になっていた。(笑)
初めて「若草物語」というタイトルが使われたのは、
昭和9年の訳からで、翻訳者は矢田津世子。
矢田津世子といえば、文学好きならお馴染みの名前で、
文章力(1936年に小説『神楽坂』が第3回芥川賞候補)と、
美貌(川端康成から女優になるように勧められたほど)を兼ね備えた作家で、
坂口安吾との関係(プラトニックな安吾の恋人)でもよく知られている。
矢田津世子訳の「若草物語」は、
主人公のジョーをキャサリン・ヘプバーンが演じた映画『若草物語』(1933年)の公開(日本では1934年10月4日公開)に先がけて出版されたもので、
表紙も本文の図版も映画のスチール写真が使われており、
「若草物語」というタイトルも映画に合わせてこの時初めて使われた。
映画の日本語監修を手掛けたのは作家・吉屋信子(1896年~1973年)で、
「若草物語」というタイトルを最初につけたのも吉屋信子である可能性が高い。
ちなみに、吉屋信子には、吉屋流「若草物語」ともいえる「三つの花」という三姉妹が主人公の小説がある。
『若草物語』は、
1917年、1918年にも映画化されているが、
この『若草物語』を一躍有名にしたのは、やはり、
1933年の『若草物語』(ジョージ・キューカー監督、キャサリン・ヘプバーン出演)であろう。(日本公開は1934年)
そして、もっとも豪華だったのは、
メグをジャネット・リー、
ジョーをジューン・アリソン、
ベスをマーガレット・オブライエン、
エイミーをエリザベス・テイラーが演じた、
1949年(日本公開も1949年)の、マーヴィン・ルロイ監督作品『若草物語』であろう。
日本でも、1964年に、
芦川いづみ、浅丘ルリ子、吉永小百合、和泉雅子が四姉妹を演じた(こちらも超豪華!)『若草物語』が公開されているが、オルコット原作とのクレジットはなく、内容もまったく違っており、四姉妹の物語なのでタイトルだけを借りているだけの作品であった。
1994年(日本公開は1995年)の『若草物語』(ジリアン・アームストロング監督)は、
ジョーを演じたウィノナ・ライダーの美しさが際立った作品であった。
このように、何度も映画化されている『若草物語』であるが、
グレタ・ガーウィグ監督作品はどのような作品になっているのか……
ワクワクしながら映画館へ向かったのだった。
しっかり者の長女メグ(エマ・ワトソン)、
活発で信念を曲げない次女ジョー(シアーシャ・ローナン)、
内気で繊細な三女ベス(エリザ・スカンレン)、
人懐っこく頑固な末っ子エイミー(フローレンス・ピュー)。
マーチ家の個性豊かな四姉妹の次女ジョーは、
女性が表現者として成功することが難しい時代に、
作家になる夢を一途に追い続けていた。
控えめで美しい姉メグを慕い、
姉には女優の才能があると信じるが、
メグが望むのは幸せな結婚だ。
また心優しい妹ベスを我が子のように溺愛するも、
彼女が立ち向かうのは、病という大きな壁。
そしてジョーとケンカの絶えない妹エイミーは、
彼女の信じる形で、家族の幸せを追い求めていた。
共に夢を追い、輝かしい少女時代を過ごした4人。
そして大人になるにつれ向き合う現実は、時に厳しく、
それぞれの物語を生み出していく。
小説家になることが全てだったジョーは、
性別によって決められてしまう人生を乗り越えようと、
思いを寄せる幼なじみローリー(ティモシー・シャラメ)からのプロポーズにも応じず、
自分が信じる道を突き進むのだが……
現在と過去(7年前)が何度も行き来するので、最初は戸惑うが、
それに慣れると、物語に集中できるようになり、楽しめる。
「現在と過去の出し入れがある」ということを、あらかじめ認識し、
心構えとして持っていると、スムーズに物語に入っていけるだろう。
最初はやや取っつき難いが、クセになる構成で、
グレタ・ガーウィグ監督の脚色が優れていることが窺える。
脚色と共に、グレタ・ガーウィグ監督の演出力も優れていた。
豪華な出演陣だが、
女優たちのそれぞれの個性を活かしながら、
それぞれの役の特性が巧く表現されており、
見ながらワクワクされっ放しであった。
グレタ・ガーウィグ監督は多才で、(元々は脚本家志望だったようだが)
女優であり、脚本家であり、映画監督でもあるのだが、
女優としては、『20センチュリー・ウーマン』でのアビー役が印象に残っている。
パンクな写真家・アビーは、監督の姉がモデル。
監督の姉は、アビーのようにニューヨークへ行って、アートやパンクや写真に出会い、
でも子宮頸がんを患ってサンタバーバラに帰って来なければならなかったとのこと。
監督の姉は、アビーを演じたグレタ・ガーウィグに二人だけで実際に会い、
いろんな話をしたそうだ。
その体験を活かしたグレタ・ガーウィグの演技は本当に素晴らしかった。
と、私はレビューに書いたが、(全文はコチラから)
何でもできて、実績も残しているグレタ・ガーウィグには、本当に尊敬の念しかない。
本作『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』は、
第92回アカデミー賞において、
作品賞、
主演女優賞(シアーシャ・ローナン)、
助演女優賞(フローレンス・ピュー)、
脚色賞、
作曲賞、
衣装デザイン賞の6部門にノミネートされ、
衣装デザイン賞のみが受賞したが、
私としては、他も受賞に値するレベルだったと思う。
グレタ・ガーウィグは、
1983年8月4日生まれなので、まだ36歳。(2020年6月現在)
これからが本当に楽しみな監督(であり、脚本家であり、女優)だと思う。
ジョーを演じたアーシャ・ローナン。
彼女を初めて見たのは、
キーラ・ナイトレイを目当てに見に行った『つぐない』(2007年)という作品であったが、
セシーリア(キーラ・ナイトレイ)の妹・ブライオニーの13歳の頃を演じていて、
私に鮮烈な印象を残した。
小説家を夢見る多感な少女という役柄で、
『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』の役柄とも少しダブるところがある。
ここ数年では、
『ブルックリン』(2015年)(日本公開2016年)
『レディ・バード』(2017年)(日本公開2018年)
などで、様々な賞を総なめし、「賞レースの常連」と化しているが、
本作『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』でも、
活発で信念を曲げない次女・ジョーを見事に演じ切り、
アカデミー主演女優賞にノミネートされただけではなく、
英国アカデミー賞・主演女優賞ノミネート、
ゴールデングローブ賞・映画部門 主演女優賞 (ドラマ部門)ノミネート、
オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞・オーストラリア国外部門 主演女優賞受賞、
ボストン映画批評家協会賞・主演女優賞受賞
など、多くの映画賞を受賞している。
アーシャ・ローナンの演技を見ることができるだけでも十分なのだが、
それに加え、
エマ・ワトソン、
フローレンス・ピュー、
ティモシー・シャラメ、
それに、メリル・ストリープの演技まで楽しめるのだから、
もう、言うことなし。
上映時間の135分が、アッという間だった。
スピルバーグ監督から、
「フィルムで撮るべきだ。匂いが違うんだから。1861年の物語を撮るのに、デジタルじゃダメだよ。そんなことはさせられない」
と説得され、
本作は、フィルムカメラで撮ったとか。
その映像がとにかく美しい。
それに加え、音楽も素晴らしい。
ショパン:夜想曲第5番
シューベルト:ポロネーズ D.580
シューベルト:36のオリジナル舞曲第16曲
ブラームス:『愛のワルツ』
ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番『アメリカ人』第3楽章
ゴットシャルク:『火花』
シュトラウス2世:『メフィストの地獄の叫び』
グノー:『シバの女王』より第2幕ワルツ
ベートーヴェン:『悲愴』第2楽章
賛美歌399番『Come, ye disconsolate, where'er ye languish』
バッハ:バースデー・カンタータ 『羊は安らかに草を食み』
シューベルト:弦楽四重奏曲第8番第3楽章
シューマン:『蝶々』第10曲〈Waltz Vivo〉
シューマン:『子供の情景』より〈見知らぬ国と人々から〉
シューベルト:5つのドイツ舞曲より第5曲D.90
シューベルト:36のオリジナル舞曲(最初のワルツ)D.365 in A flat major
ヴィヴァルディ:リュート協奏曲RV.93第2楽章
など、クラシック音楽が多用され、
クラシック音楽ファンとしては、もうそれだけで心が鷲掴みにされる。
特に、三女・ベス(四姉妹の中では、私はベスが一番好きだ)の演奏と、
後にジョーの夫となるフリードリヒ・ベア(ルイ・ガレル)の演奏する曲(ベートーヴェン:『悲愴』第2楽章)には心を揺さぶられた。
映画のタイトルが、
『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』と長いので、
サブタイトルは、
……傑作!……
の一言にしたのだが、
映画の楽しみがたっぷり詰まっている傑作で、
女性だけではなく、
男性にも見てもらいたい作品である。
本作を見て、
あらためて映画の素晴らしさに気づかされたし、
映画館で映画を見ることのできる幸せを感じた。
新型コロナウイルスには細心の注意を払わなければならないが、
できうることならば、
映画館で、ぜひぜひ。