一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

トマス・H・クック『夏草の記憶』(文春文庫)

2006年08月01日 | 読書


トマス・H・クックのミステリーが大好きだ。
作品はほとんど読んでいる。
中でも、『夏草の記憶』が大好きだ。
何度読んでも面白い。
ストーリーはわかっているのに、再読、再々読に堪えうる魅力がある。
ミステリーとしてだけではなく、文学としても読める。
 
名医として町の尊敬を集めるベンは、今まで暗い過去を胸に秘めてきた。
それは30年前に起こったある痛ましい事件に関することだった。
犠牲となった美しい少女ケリーをもっとも身近に見てきたベンが、ほろ苦い初恋の回想と共にたどりついた事件の真相とは――。

 
文学の香りただよう文章がいい。
独特の静謐な筆致で、主人公の内に秘めた想いが伝わってくる。
出だしもイイし、エンディングもイイ。
読み終えると、また最初から読みたくなる。
そういう仕掛けになっている。
いつまでもこの小説の中にいたいと思わせてくれる。

それにしても、主人公がふともらしたひと言が、主人公はおろか、みんなの人生を変えてしまうとは――
言葉の重み、怖さを感じさせてくれるクック渾身の一作だ。

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