星野道夫の『旅をする木』(文春文庫)を読んでいるときだった。
昔、電車から夕暮れの町をぼんやり眺めているとき、開けはなたれた家の窓から、夕食の時間なのか、ふっと家族の団欒が目に入ることがあった。そんなとき、窓の明かりが過ぎ去ってゆくまで見つめたものだった。そして胸が締めつけられるような思いがこみ上げてくるのである。あれはいったい何だったのだろう。見知らぬ人々が、ぼくの知らない人生を送っている不思議さだったのかもしれない。同じ時代を生きながら、その人々と出会えない悲しさだったのかもしれない。
という文章を目にしたとき、私はあることを思い出していた。
それは、16年前に、徒歩日本縦断をしたときのことだった。
青森県のある町を歩いていた私は、説明のしようない感情に襲われたことがある。
それは、同じような形をした平屋の家が並ぶ住宅地であった。
ひとつひとつの家は小さく、どの家もそれほど裕福そうには見えなかった。
けれど、手入れの行き届いた垣根や、花咲く庭などから、決して心の貧しい人々の住まいではないことだけは見て取れた。
その住宅地を歩いていたときのこと、
ある家から突然TVの音が聞こえてきた。
ぼんやりとして歩いていたので、ちょっと驚いた。
NHKのど自慢のテーマソングであった。
「ああ、そうか、今日は日曜日なんだ」
と、ひとりごちた私は、徒歩の旅を始めてから一ヶ月以上が経過し、日常生活から乖離した生活を送るうち、曜日感覚もなくなっていたのかと暗然とし、その場に立ち尽くしたのだった。
すると、それまで気づかなかった、人の笑い声や、昼餉の好い匂いが感じ取れた。
日曜日のお昼時、食事をしながら「のど自慢」を見ているある家族が想像された。
するとふいに涙が溢れてきた。
私はしゃくり上げるように泣いていたのだった。
〈私はなぜ泣いているのだろう〉
自分では説明のつかない感情だった。
そのときのことが、星野道夫の文章によって、鮮やかに思い出されのたのだった。
それは、単なるホームシックだったのだろうか?
旅でささくれ立った心が、何かしら温かい空気に触れたことで、こらえていた感情が溶け出してしまったのか?
いや、そんな簡単な説明で納得できるような感情ではなかったような気がする。
星野道夫の言うように、
見知らぬ人々が、ぼくの知らない人生を送っている不思議さ、
同じ時代を生きながら、その人々と出会えない悲しさを敏感に感じ取ったからかもしれない。
ともかく、そのときの言いしれぬ不思議な感情は、私の心の中に長く残ったのだった。
映画『わたしを離さないで』を見ながら、私は久しぶりにその感情を思い出していた。
それは、あの青森県の小さな町で体験した温かな空気を感じとったからではない。
この映画に、あの温かな空気とは真逆の空気を感じ取ったからであった。
同じ体験をすることではなく、正反対の体験をすることによって、ある思い出が鮮明に蘇ることがある……ということを、私はこの映画を見て初めて知ったのだった。
活字では思い出さなかった感情を、映像は見事に蘇らせてくれたのだった。
緑豊かな自然に囲まれた寄宿学校“ヘールシャム”で学ぶ
キャシー(キャリー・マリガン)、
ルース(キーラ・ナイトレイ)、
トミー(アンドリュー・ガーフィールド)
の3人は、小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた。
しかし外界と完全に隔絶したこの施設には幾つもの謎があり、保護管と呼ばれる先生のもとで絵や詩の創作に励む子供たちには帰るべき家がなかった。
18歳のときに寄宿学校を出て、農場のコテージで共同生活を始めた3人は、初めて社会の空気に触れる。
ルースとトミーが恋を育む中、孤立していくキャシー。
複雑に絡み合ったそれぞれの感情が、彼女たちの関係を微妙に変えていく。
その後、コテージを巣立って離ればなれになった3人は、逃れようのない過酷な運命をまっとうしようとする……
(ストーリーはパンフレットより引用し構成)
この映画に出てくる若者たちには、
私たちと何ら変わらない身なりと感情を持っているのに、
なぜか帰るべき家がない。
家庭、家族といった温かさが微塵も感じられないのだ。
それは、普通の人々とは違う痛ましい運命を定められているためなのだが、
それらが次第に明らかになり、
その痛切な運命を背負いながら儚すぎる青春を懸命に生きる3人の若者の姿は、
見る者の心を激しく揺さぶる。
原作は、カズオ・イシグロ。
1954年、長崎県長崎市で生まれる。
1960年、5歳の時に海洋学者の父親が北海で油田調査をすることになり、一家でサリー州ギルドフォードに移住。
1978年にケント大学英文学科、
1980年にはイースト・アングリア大学大学院創作学科を卒業。
1982年、イギリスに帰化。
1982年、英国に在住する長崎女性の回想を描いた処女作『女たちの遠い夏』(邦題はのち『遠い山なみの光』と改題) で王立文学協会賞を受賞し、9か国語に翻訳される。
1986年、戦前の思想を持ち続けた日本人を描いた第2作『浮世の画家』でウィットブレッド賞を受賞。
1989年、イギリス貴族邸のバトラー(執事)を描いた第3作『日の名残り』でブッカー賞を受賞。
この作品は1993年に英米合作のもとジェームズ・アイヴォリー監督・アンソニー・ホプキンス主演で映画化された。
1995年、第4作『充たされざる者』を出版。
2000年、戦前の上海租界を描いた第5作『わたしたちが孤児だったころ』を出版、発売と同時にベストセラーとなった。
2005年、『わたしを離さないで』を出版、2005年のブッカー賞の最終候補に選ばれる。
同世代、同じ長崎県出身ということで、親近感のある作家である。
『日の名残り』は、原作も、映画も素晴らしかったし、
この『わたしを離さないで』の映画化も楽しみにしていた。
そして、それは、期待以上の出来であった。
キャリー・マリガン。
この作品には、原作者のカズオ・イシグロもエグゼクティブ・プロデューサーとして参加しており、キャリー・マリガンについて、次のように語っている。
私は成瀬巳喜男や小津安二郎の映画が好きだったが、ロマネク監督も同じころの日本映画が好きだった。主演女優のキャリー・マリガンの演技は、高峰秀子や原節子を思い出させる。顔の表情をあまり変えずにわずかなセリフで深い感情を喚起させる方法で、見ているとイギリス人が出演している日本映画のような気がした。
これは、本当にそうであった。
ほとんど表情を変えないのに、すべての感情をうまく表現していた。
大袈裟な身振りや激しい口調のハリウッド映画に慣れ過ぎているせいか、実に静かな作品に感じたし、キャリー・マリガンの演技の奥深さを垣間見させてもらったような気がする。
本当に素敵な女優である。
キーナ・ナイトレイ。
大好きな女優で、本当に美しいと思う。
『プライドと偏見』『シルク』『つぐない』などで見せた美貌に、私は本当に魅了された。
だが、本作では、その美を封印したかのように、故意に輝きを消し去っていた。
主人公のキャリーに意地悪をするような役柄であったからでもあろうが、その見事な成りきり振りに、私はますます彼女が好きになった。
アンドリュー・ガーフィールド。
『ソーシャル・ネットワーク』での好演が記憶に新しいが、
本作でも、二人の女性の間で揺れ動く繊細な心を持った若者をうまく演じていた。
この作品は、別にミステリーではなし、ネタバレをしても構わないとは思うのだが、「秘密」を知らないで見る方が楽しみが多いと思うでの、このブログでは「秘密」の部分の公開を避けている。
原作の小説を読んでいる方は、もちろんその「秘密」を御存知であろうが、この映画は(原作も含めて)、そのことを知っているか知らないかで、いささかも価値が減じるものではない。
なぜなら、その「秘密」以上に、この作品のテーマは重いからである。
あるインタビューで、原作者のカズオ・イシグロは、
「状況を受け入れる、というのが重要なテーマ」とした上で、次のように語っている。
避けがたい過酷な境遇を受け入れながら、人生に意味を見いだし、ベストを尽くそうとする。それはほとんどの人間がしていることだ。人生は短い。その中で自分にできることは何か? 読者一人一人に考えてほしかった。
星野道夫が電車から見た窓の明かり、
私が歩き旅の途中で感じた温かな空気、
そのどちらとも無縁でありながら、
ささやかな夢をたぐり寄せようとする若者たちの絆には、それ以上の温かさを感じた。
できれば時間を止めてあげたいと思った。
わたしを離さないで……
若者たちの思いがいつまでも心に残る傑作である。
昔、電車から夕暮れの町をぼんやり眺めているとき、開けはなたれた家の窓から、夕食の時間なのか、ふっと家族の団欒が目に入ることがあった。そんなとき、窓の明かりが過ぎ去ってゆくまで見つめたものだった。そして胸が締めつけられるような思いがこみ上げてくるのである。あれはいったい何だったのだろう。見知らぬ人々が、ぼくの知らない人生を送っている不思議さだったのかもしれない。同じ時代を生きながら、その人々と出会えない悲しさだったのかもしれない。
という文章を目にしたとき、私はあることを思い出していた。
それは、16年前に、徒歩日本縦断をしたときのことだった。
青森県のある町を歩いていた私は、説明のしようない感情に襲われたことがある。
それは、同じような形をした平屋の家が並ぶ住宅地であった。
ひとつひとつの家は小さく、どの家もそれほど裕福そうには見えなかった。
けれど、手入れの行き届いた垣根や、花咲く庭などから、決して心の貧しい人々の住まいではないことだけは見て取れた。
その住宅地を歩いていたときのこと、
ある家から突然TVの音が聞こえてきた。
ぼんやりとして歩いていたので、ちょっと驚いた。
NHKのど自慢のテーマソングであった。
「ああ、そうか、今日は日曜日なんだ」
と、ひとりごちた私は、徒歩の旅を始めてから一ヶ月以上が経過し、日常生活から乖離した生活を送るうち、曜日感覚もなくなっていたのかと暗然とし、その場に立ち尽くしたのだった。
すると、それまで気づかなかった、人の笑い声や、昼餉の好い匂いが感じ取れた。
日曜日のお昼時、食事をしながら「のど自慢」を見ているある家族が想像された。
するとふいに涙が溢れてきた。
私はしゃくり上げるように泣いていたのだった。
〈私はなぜ泣いているのだろう〉
自分では説明のつかない感情だった。
そのときのことが、星野道夫の文章によって、鮮やかに思い出されのたのだった。
それは、単なるホームシックだったのだろうか?
旅でささくれ立った心が、何かしら温かい空気に触れたことで、こらえていた感情が溶け出してしまったのか?
いや、そんな簡単な説明で納得できるような感情ではなかったような気がする。
星野道夫の言うように、
見知らぬ人々が、ぼくの知らない人生を送っている不思議さ、
同じ時代を生きながら、その人々と出会えない悲しさを敏感に感じ取ったからかもしれない。
ともかく、そのときの言いしれぬ不思議な感情は、私の心の中に長く残ったのだった。
映画『わたしを離さないで』を見ながら、私は久しぶりにその感情を思い出していた。
それは、あの青森県の小さな町で体験した温かな空気を感じとったからではない。
この映画に、あの温かな空気とは真逆の空気を感じ取ったからであった。
同じ体験をすることではなく、正反対の体験をすることによって、ある思い出が鮮明に蘇ることがある……ということを、私はこの映画を見て初めて知ったのだった。
活字では思い出さなかった感情を、映像は見事に蘇らせてくれたのだった。
緑豊かな自然に囲まれた寄宿学校“ヘールシャム”で学ぶ
キャシー(キャリー・マリガン)、
ルース(キーラ・ナイトレイ)、
トミー(アンドリュー・ガーフィールド)
の3人は、小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた。
しかし外界と完全に隔絶したこの施設には幾つもの謎があり、保護管と呼ばれる先生のもとで絵や詩の創作に励む子供たちには帰るべき家がなかった。
18歳のときに寄宿学校を出て、農場のコテージで共同生活を始めた3人は、初めて社会の空気に触れる。
ルースとトミーが恋を育む中、孤立していくキャシー。
複雑に絡み合ったそれぞれの感情が、彼女たちの関係を微妙に変えていく。
その後、コテージを巣立って離ればなれになった3人は、逃れようのない過酷な運命をまっとうしようとする……
(ストーリーはパンフレットより引用し構成)
この映画に出てくる若者たちには、
私たちと何ら変わらない身なりと感情を持っているのに、
なぜか帰るべき家がない。
家庭、家族といった温かさが微塵も感じられないのだ。
それは、普通の人々とは違う痛ましい運命を定められているためなのだが、
それらが次第に明らかになり、
その痛切な運命を背負いながら儚すぎる青春を懸命に生きる3人の若者の姿は、
見る者の心を激しく揺さぶる。
原作は、カズオ・イシグロ。
1954年、長崎県長崎市で生まれる。
1960年、5歳の時に海洋学者の父親が北海で油田調査をすることになり、一家でサリー州ギルドフォードに移住。
1978年にケント大学英文学科、
1980年にはイースト・アングリア大学大学院創作学科を卒業。
1982年、イギリスに帰化。
1982年、英国に在住する長崎女性の回想を描いた処女作『女たちの遠い夏』(邦題はのち『遠い山なみの光』と改題) で王立文学協会賞を受賞し、9か国語に翻訳される。
1986年、戦前の思想を持ち続けた日本人を描いた第2作『浮世の画家』でウィットブレッド賞を受賞。
1989年、イギリス貴族邸のバトラー(執事)を描いた第3作『日の名残り』でブッカー賞を受賞。
この作品は1993年に英米合作のもとジェームズ・アイヴォリー監督・アンソニー・ホプキンス主演で映画化された。
1995年、第4作『充たされざる者』を出版。
2000年、戦前の上海租界を描いた第5作『わたしたちが孤児だったころ』を出版、発売と同時にベストセラーとなった。
2005年、『わたしを離さないで』を出版、2005年のブッカー賞の最終候補に選ばれる。
同世代、同じ長崎県出身ということで、親近感のある作家である。
『日の名残り』は、原作も、映画も素晴らしかったし、
この『わたしを離さないで』の映画化も楽しみにしていた。
そして、それは、期待以上の出来であった。
キャリー・マリガン。
この作品には、原作者のカズオ・イシグロもエグゼクティブ・プロデューサーとして参加しており、キャリー・マリガンについて、次のように語っている。
私は成瀬巳喜男や小津安二郎の映画が好きだったが、ロマネク監督も同じころの日本映画が好きだった。主演女優のキャリー・マリガンの演技は、高峰秀子や原節子を思い出させる。顔の表情をあまり変えずにわずかなセリフで深い感情を喚起させる方法で、見ているとイギリス人が出演している日本映画のような気がした。
これは、本当にそうであった。
ほとんど表情を変えないのに、すべての感情をうまく表現していた。
大袈裟な身振りや激しい口調のハリウッド映画に慣れ過ぎているせいか、実に静かな作品に感じたし、キャリー・マリガンの演技の奥深さを垣間見させてもらったような気がする。
本当に素敵な女優である。
キーナ・ナイトレイ。
大好きな女優で、本当に美しいと思う。
『プライドと偏見』『シルク』『つぐない』などで見せた美貌に、私は本当に魅了された。
だが、本作では、その美を封印したかのように、故意に輝きを消し去っていた。
主人公のキャリーに意地悪をするような役柄であったからでもあろうが、その見事な成りきり振りに、私はますます彼女が好きになった。
アンドリュー・ガーフィールド。
『ソーシャル・ネットワーク』での好演が記憶に新しいが、
本作でも、二人の女性の間で揺れ動く繊細な心を持った若者をうまく演じていた。
この作品は、別にミステリーではなし、ネタバレをしても構わないとは思うのだが、「秘密」を知らないで見る方が楽しみが多いと思うでの、このブログでは「秘密」の部分の公開を避けている。
原作の小説を読んでいる方は、もちろんその「秘密」を御存知であろうが、この映画は(原作も含めて)、そのことを知っているか知らないかで、いささかも価値が減じるものではない。
なぜなら、その「秘密」以上に、この作品のテーマは重いからである。
あるインタビューで、原作者のカズオ・イシグロは、
「状況を受け入れる、というのが重要なテーマ」とした上で、次のように語っている。
避けがたい過酷な境遇を受け入れながら、人生に意味を見いだし、ベストを尽くそうとする。それはほとんどの人間がしていることだ。人生は短い。その中で自分にできることは何か? 読者一人一人に考えてほしかった。
星野道夫が電車から見た窓の明かり、
私が歩き旅の途中で感じた温かな空気、
そのどちらとも無縁でありながら、
ささやかな夢をたぐり寄せようとする若者たちの絆には、それ以上の温かさを感じた。
できれば時間を止めてあげたいと思った。
わたしを離さないで……
若者たちの思いがいつまでも心に残る傑作である。