一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『今夜、世界からこの恋が消えても』……福本莉子の透明感あふれる美しさ……

2022年08月16日 | 映画


古代中国の五行思想では、
春は「青春(せいしゅん)」、
夏は「朱夏(しゅか)」、
秋は「白秋(はくしゅう)」、
冬を「玄冬(げんとう)」
と言い、
これを人生に当てはめると、
幼少期はまだ人として芽吹く前の冬であり「玄冬」、
若々しく、これからの未来に希望を膨らませ、成長しつづける時期は「青春」、
世の中で中心的な役割を果たし、バイタリティあふれる活躍を見せる現役世代が「朱夏」、
人として穏やかな空気やたたずまいを見せ、人生の実りを楽しむ老年期が「白秋」、
ということになる。
このように人間は(人間に限らないけれども)、
生れ、育ち、若き日の絶頂期を迎えるが、
やがて衰えていき、死んでしまう。
同じ人間である“女優”もしかりで、
若く美しく輝いている青春スターの時期を経て、
実力派ベテラン女優と言われる時代を過ごし、
枯れた演技で大御所と言われる(言われない人もいるが)存在になり、
いつしかスクリーンから姿が消え、ついに訃報を聞くことになる。
「鑑賞する映画は出演している女優で決める」主義の私は、
長年、いろんな女優を見続けてきて、その思いを深くする。
若く美しく輝いている青春スターの時期は意外に短く、
それは、高校を舞台にしたキラキラ青春映画などを見ていると、強く感じる。
このキラキラ青春映画には、その時代に最も輝いている若手女優が出演するのだが、
2~3年おきに女優は入れ替わっていく。
長澤まさみも、多部未華子も、新垣結衣も、桐谷美玲も、本田翼も、小松菜奈も、川口春奈も、武井咲も、永野芽郁も、土屋太鳳も、有村架純も、広瀬すずも、中条あやみも、
もうそこにはいない。(コラコラ)
いまそこにいるのは、
南沙良、髙橋ひかる、本田望結、森七菜、河合優実、生見愛瑠、福本莉子……
あたりではあるまいか。


そんな、今、最も輝いている女優・福本莉子の主演作(道枝駿佑とのW主演)が公開された。
それが、本日紹介する映画『今夜、世界からこの恋が消えても』(2022年7月29日公開)なのである。
原作は、一条岬の同名恋愛小説。


監督は、数々の青春恋愛映画を手がけてきた三木孝浩。


脚本は、『君の膵臓をたべたい』の監督・月川翔と、『明け方の若者たち』の監督・松本花奈。
主演の福本莉子、道枝駿佑の他、


私の好きな女優の古川琴音、松本穂香、水野真紀の他、
野間口徹、萩原聖人ら、ベテラン俳優も顔を揃える。


若者に人気の映画なので、公開直後は避け、
8月中旬になってから鑑賞したのだった。



神谷透(道枝駿佑)の人生は無色透明だった。


日野真織(福本莉子)と出会うまでは……


クラスメイトに流されるまま、




真織に仕掛けた嘘の告白。
しかし彼女は“お互い絶対に本気で好きにならないこと”を条件にその告白を受け入れる。


そうして始まった偽りの恋。
やがてそれが偽りとはいえなくなったころ……透は知る。
「病気なんだ私。前向性健忘っていって、夜眠ると忘れちゃうの。一日にあったこと、全部」
真織はその日の出来事を日記に記録して、


朝目覚めたときに復習することで何とか記憶をつなぎとめていたのだ。


その日ごとに記憶を失ってしまう彼女のために、
日記が楽しい出来事で溢れるようにと、
一日限りの恋を積み重ねていく日々。




しかし透には真織に伝えていないことがひとつだけあった。
いつかこの記憶を……………………………………………………………………………………
今朝、…………………………………………………………………………………………………
毎日……………………………………………………………………………………………………
…………………………………………なくてはならない。
だから透は、“ある作戦”を立てて、
真織の親友の綿矢泉(古川琴音)に打ち明け、
或るお願いをするのだった……




眠るとその日一日の記憶を失ってしまう「前向性健忘」を患った女子高生と、
彼女に幸せな日々を送ってほしいと献身的に支えながらも、
自らも大きな秘密を隠し持っている同級生の男子の、
儚く切ないラブストーリーであった。


だが、「…………」な部分が多く、後半は意外な展開をみせ、
驚かされる。
観客は(おそらく道枝駿佑ファンの)若い女性が多かったのだが、
洟をすする音があちこちから聞こえてきたし、
涙腺を刺激された人が多かったようだ。
私は、予告編を見て、(これは良く出来た予告編だと思う)
映画後半の展開はある程度予想していたので、
驚きもそれほどではなかったし、泣くこともなかったが、
心動かされた作品であったことは間違いない。


記憶喪失や記憶がリセットされる映画は珍しくなく、
『50回目のファースト・キス』(2004年米国公開・2005年日本公開)
日本でのリメイク版『50回目のファーストキス』(2018年公開)
『博士の愛した数式』(2006年公開)
『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017年公開)
など、ヒット作も多い。
手垢のついた題材なのであるが、
後半部分を工夫することで、
本作は、面白くて感動的な作品になっている。
そして、
今、最も輝いている女優・福本莉子と、
今、最も輝いている男優・道枝駿佑を主演に据えた本作は、
一見、キラキラ青春映画を装ってはいるが、
ミステリー要素のある恋愛映画であり、
友情映画であり、
家族映画であり、
(特に後半は)キラキラ青春映画を超えた感動作になっていたと思う。


この映画を感動作に導いているのは、
ストーリーの仕掛けはもちろんだが、
「映像の美しさ」も重要な役割を果たしていたような気がする。
それには、三木孝浩監督が大きく関わっている。


私は三木孝浩監督のことを密かに「光の魔術師」と呼んでいるが、
様々な光を活かした映像は、たとえようもなく美しい。








それは、女優を撮る際にも活かされていて、
三木孝浩監督が撮る女優たちは、どの出演作よりも一際美しく撮られている。
『陽だまりの彼女』(2013年)では上野樹里を、
『ホットロード』(2014年)では能年玲奈(現・のん)を、
『アオハライド』(2014年)では本田翼を、
『くちびるに歌を』(2015年)では新垣結衣を、
『青空エール』(2016年)では土屋太鳳を、
『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(2016年)では小松菜奈を、
『先生!、、、好きになってもいいですか?』(2017年)では広瀬すずを、
『坂道のアポロン』(2018年)では再び小松菜奈を、
『思い、思われ、ふり、ふられ』(2020年)では浜辺美波や福本莉子を、
『夏への扉 -キミのいる未来へ-』(2021年)では清原果耶を、
というように、
本作『今夜、世界からこの恋が消えても』でも、
福本莉子、古川琴音、松本穂香、野波麻帆、水野真紀を、
実に美しく撮っている。
「鑑賞する映画は出演している女優で決める」主義の私としては、
そういう意味でも三木孝浩監督作品『今夜、世界からこの恋が消えても』は、
「見る価値あり」なのである。



主人公の日野真織を演じた福本莉子。


福本莉子を初めてスクリーンで見たのは、
『屍人荘の殺人』(2019年12月13日公開)
であったのだが、
『屍人荘の殺人』があまりに酷い作品であったので、(コラコラ)
レビューも書かなかったし、福本莉子の印象も薄かった。
福本莉子を初めて素晴らしい女優として認知したのは、
『思い、思われ、ふり、ふられ』(2020年8月14日公開)であった。
浜辺美波、福本莉子、北村匠海、赤楚衛二の4人の主演作であったのだが、
……浜辺美波と福本莉子が美しく輝く……
とのサブタイトルを付して書いたレビューで、
私は福本莉子のことを次のように記している。

福本莉子という素晴らしい女優の誕生を目撃する。


この映画を見るまで、私は福本莉子という女優は知らなかったのだが、
数年前の浜辺美波を目撃したときのような爽やかさを感じた。



【福本莉子】
2000年11月25日生まれの19歳。(2020年8月現在)
大阪府出身。
2016年開催の第8回「東宝シンデレラ」オーディションで、
グランプリ、集英社賞(Seventeen賞)を合わせて受賞し、
2017年1月、『にじいろジーン』(関西テレビ)で芸能界デビュー。
2018年4月12日スタートのテレビアニメ「ひそねとまそたん」(TOKYO MX・BSフジ)の主題歌「少女はあの空を渡る」で歌手デビュー。
同年5月18日公開の映画『のみとり侍』でスクリーンデビュー。
同年6月上演のミュージカル『魔女の宅急便』で初舞台にして初主演。
2020年8月現在の公式プロフィールでは、大学1年生。


『屍人荘の殺人』(2019年12月13日公開)にも出演していたようだが、
記憶を消し去りたいほどのあまりに酷い作品だったので、
レビューは書いていないし、
彼女のことはほとんど憶えていない。(そういえば浜辺美波も出演していたっけ)
本作『思い、思われ、ふり、ふられ』で、
初めてじっくり福本莉子という女優を見たのだが、
同じ「東宝シンデレラ」オーディションで選ばれた、
沢口靖子(グランプリ)、
水野真紀(審査員特別賞)、
田中美里(審査員特別賞)、
長澤まさみ(グランプリ)、
上白石萌歌(グランプリ)、
上白石萌音(審査員特別賞)、
浜辺美波(ニュージェネレーション賞)
などと同じく、
長く一線で活躍できる女優になっていく可能性を感じた。
本人は、チャキチャキの(江戸っ子ならぬ)大阪娘のようだが、
本作での清楚で控えめな女の子の役柄は、とても魅力的だったし、良かった。



本作『今夜、世界からこの恋が消えても』は、
普通に考えれば「ありえない」ストーリーの映画であるのだが、
どんな設定も「ありえる」ものにしてしまう有無を言わせぬ美しさが福本莉子にはあり、


同じく、
どんな設定も「ありえる」ものにしてしまう美しさを持った道枝駿佑とのコンビは、
これ以上ないキャスティングであり、最強であったと思う。



真織(福本莉子)の同級生で親友の綿矢泉を演じた古川琴音。


『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(2018年)
『チワワちゃん』(2019年)
『花束みたいな恋をした』(2021年)
『街の上で』(2021年)
『偶然と想像』(2021年)
『メタモルフォーゼの縁側』(2022年)
と、ここ数年の彼女の活躍は目覚ましく、
特に、
『街の上で』『偶然と想像』『メタモルフォーゼの縁側』では、
強烈な印象を残した。
本作『今夜、世界からこの恋が消えても』でも、
特に後半は古川琴音の独壇場で、
彼女の演技力あってこその『今夜、世界からこの恋が消えても』だったと言えるし、
そういう意味では“陰の主役”は古川琴音ではなかったかと思われる。
本作では綿矢泉の心情はあまり描かれていなかったが、
〈泉もまた神谷透(道枝駿佑)のことが好きだったのではないか……〉
と思わせ、切なくなった。
それほどの深読みをさせる古川琴音の演技は、
「ただものではない」女優を予感させるものであり、
古川琴音という女優の限りない将来性を感じさせるものであった。



透(道枝駿佑)の姉で、小説家(ペンネームは西川文乃)の神谷早苗を演じた松本穂香。


1997年2月5日生まれなので、25歳。(2022年8月現在)
これまでは、
いつまで幼さが残っているような、
なんだかオドオドしたような役が多かったように記憶しているが、
これほど大人で、貫禄さえ感じられる女性を演じたのは初めてではなかったか……
これまであまり見たことのない松本穂香を見ることができたし、
本作で役の幅がグンと広がったような気がした。



真織(福本莉子)の母親・日野敬子を演じた水野真紀。


若い人は知らないかもしれないが、
1996年、松下電工(現在のパナソニック電工)のCMキャラクター、初代『きれいなおねえさん』に起用され、当時、花嫁候補No.1女優に選ばれた美しき女優である。


福本莉子の母親役なので、
福本莉子と同じくらい美しい女優でなければならないが、(コラコラ)
〈水野真紀からなら福本莉子が生まれても納得!〉
のキャスティングであったと思う。
真織のことを常に心配し、夫と共に真織に寄り添う母親の役であったが、
優しさが滲み出た好い演技だったと思う。


水野真紀の映画出演は意外に少なく、出演作は数えるほどしかないが、
これからもスクリーンで逢いたいと切に願う。



若者向けの映画であるが、
前期高齢者の私が見ても、違和感なく楽しめる作品であったし、
映像(撮影・柳田裕男)の美しさ、
音楽(音楽・亀田誠治)の美しさ、
そして、福本莉子の透明感あふれる美しさが記憶に残る佳品であった。


若い人ならば、なおのこと、
2022年の美しき“夏の思い出”として心に刻まれることであろう。

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