沖田修一監督作品である。
このブログでも、
『横道世之介』(2013年)
『滝を見にいく』(2014年)
『モリのいる場所』(2018年)
『おらおらでひとりいぐも』(2020年)
『子供はわかってあげない』(2021年)
などのレビューを書いているし、
好きな監督の一人である。
どこか浮世離れしたような個性的な登場人物を、
ゆったりとした時間の中で丁寧に描いた作品が多く、
クスッと笑えるようなユーモアもあり、
どの作品も人間愛にあふれている。
そんな沖田修一監督の新作『さかなのこ』は、
魚類に関する豊富な知識でタレントや学者としても活躍するさかなクンの半生を、
沖田修一監督がのんを主演に迎えて映画化したもので、
さかなクンの自叙伝「さかなクンの一魚一会 まいにち夢中な人生!」をもとに、
フィクションを織り交ぜて、
沖田修一監督と(「横道世之介」でも組んだことのある)前田司郎が、
大胆にアレンジして、ユーモアあふれる脚本に仕上げているとか。
主演の「のん」の他、
夏帆、朝倉あき、島崎遥香、井川遥など、
私の好きな女優も多く出演しており、
ワクワクしながら公開初日(2022年9月1日)に映画館に駆けつけたのだった。
小学生のミー坊(西村瑞季)は魚が大好きで、
寝ても覚めても魚のことばかり考えている。
父親(三宅弘城)は周囲の子どもとは少し違うことを心配するが、
母親(井川遥)はそんなミー坊を温かく見守り、背中を押し続けた。
高校生になっても魚に夢中なミー坊(のん)は、
町の不良たち、
総長(磯村勇斗)や、
籾山(岡山天音)や、
ヒヨ(柳楽優弥)などとも、何故か仲が良い。
卒業後は、
寿司店や、
水族館など、
お魚の仕事にチャレンジするが、なかなかうまくいかず、悩む日々が続くが、
そんな時もお魚への「好き」を貫き続けるミー坊は、
多くの出会いや再会を経験しながら、
ミー坊だけが進むことのできる道へ飛び込んでいく……
面白かった。
鑑賞前は、
〈のんがさかなクンを演じるって、どうなの?〉
と不安視していたが、
鑑賞後は、
〈たぶん、男優がさかなクンを演じるよりも、女優・のんが演じたさかなクンの方が、数倍、面白かった……筈〉
と思った。
男優がさかなクンを演じた場合、
モノ真似になったり、
違ったキャラクターとして異様に演じたり、
どちらにしろ、違和感しか残らなかったような気がするからだ。
不思議なことに、のんが演じるさかなクンは、
よりさかなクンらしいさかなクンとして、違和感なく見ることができた。
演じている(というようりも、さかなクンそのものの)楽しさがこちらにも伝わってくるような、魅力あふれるさかなクンだった。
女優・満島ひかりが、
(2022年)9月4日放送のTBS系「日曜日の初耳学」(日曜後10・00)に出演した際、
NHK・BSプレミアムのドラマ「シリーズ江戸川乱歩短編集」で、
名探偵・明智小五郎を演じたことについての裏話を披露していたのだが、
「男じゃないからこそ、男を遊べるところがある」
と語っていたのが印象に残った。
宝塚歌劇団を思い出したし、
けだし名言だと思った。
本作『さかなのこ』のおいても、
女優・のんが、異性でありながら、
男性のさかなクンをより遊んで演じているように感じたし、
さかなクンの特性が上手く表現されていたように感じた。
映画の冒頭に、
「男か女かは、どっちでもいい」
とドンとテロップが出るのだが、
本編を見ると、本当に「どっちでもいい」という気にさせられた。
そもそも、なぜ女優に(のんに)さかなクンを演じさせようと思ったのか?
沖田修一監督は語る。
(さかなクンとのんは)なんか似ているんですよね。絵も描くし。でも一方で、「さかなクンに似た人がさかなクンの再現ドラマをする必要はないのかな」という思いもありました。さかなクンを演じる上で、性別は重要ではない気もしましたし。
(魚って性別が変わったりするが)そこも意識したポイントでした。結果、のんさんなら、一番キュートに演じてもらえると思ったんです。(「エキサイトニュース」インタビューより)
一方、さかなクンを演じたのんの方はどう感じていたのか?
私は共感する部分がたくさんありました。「好きなことに対して、真っ直ぐ突き進んでいる」という部分もそうですし、「誰かに楽しんでもらいたい」という姿勢は、自分とベクトルが似ているなと思ったんです。「明るいオーラで皆のことを元気にしたい」という部分も似ていると思いますし、私も一層そうなっていきたいと感じていました。(「映画.com」インタビューより)
そして、
のんがさかなクン(ミー坊)を演じると聞いた時に、
さかなクンはどのように感じたのか?
ギョギョギョギョー!(飛び跳ねる) のんさまがー!? やったぁー! これは夢か? 幻か!? 現実だー!!と、最高にうれしかったです。もう、『あまちゃん』さまの頃から、のんさまの大ファンなんです。のんさまは、いつも、とーってもキラキラされていますよね。めちゃくちゃ憧れて大尊敬しておりますので、「のんさまのミー坊、見たいギョ!」とワクワクしました。のんさまは『海月姫』でも主演をされていますが、のんさまと海って、ものすっギョ~く似合いますよね! のんさまからは「海が大好き」という気持ちが伝わってくるので、うれしいを飛び超えるような出来ギョとです!(「クランクイン!」インタビューより)
と、まあ騒がしい。(笑)
沖田修一監督、のん、さかなクン、
三人の波長がうまい具合に一致し、
とんでもなく楽しい『さかなのこ』が誕生したのだと思う。
さかなクンに会ったことのある人は、
誰もが、会う前は、
〈さすがにテレビのまんまじゃないだろうな〉
って思うらしいのだが、
本当にあのままのさかなクンで、誰しも驚くそうだ。(笑)
それは、のんの方も同じで、あのまんまであるらしい。
だから、のんは、1ミリの迷いもなく、お魚好きのミー坊(役名)を演じられたのだし、
違和感なくさかなクンであり続けられたのだと思う。
主人公のミー坊にとって一番の味方でいてくれる母・ミチコを演じた井川遥。
寝ても覚めても大好きなお魚のことばかりで、
〈いつかお魚博士になりたい……〉
という夢を持つミー坊を、
どんなときも信じて応援する母親を好演しており、
愛で包み込むような演技で見る者を魅了する。
あまりにも突き抜けたお魚への愛に、父・ジロウ(三宅弘城)の方は、
〈他の子供と少し違うのではないか……〉
と心配するのだが、そんなジロウとは対照的に、ミチコは、
ミー坊がどんな選択をしても応援し、
進路相談で厳しい指摘をする学校の先生にもきっぱりと考えを伝えてミー坊を後押しする。
その凛とした姿に魅せられない者はいないのではないだろうか。
ミー坊の幼なじみで、ひょんなことからミー坊と一緒に暮らすことになる、シングルマザーのモモコを演じた夏帆。
モモコはミー坊の(ある意味)大切な家族であり、(ミー坊の母親と同じく)理解者である。
そんなモモコを夏帆は特別な人物としてではなく、普通の女性として自然に演じており、
感心させられた。
夏帆の演技によって、
〈普通って何?〉
と考えさせられたし、
モモコがいたからこそ、今のさかなクンがあるのだと思わされた。
その他、
番組アシスタントを演じた朝倉あきや、
ヒヨの恋人を演じた島崎遥香が、
出演シーンは少ないものの、
(彼女たちが好きな)私をワクワクさせてくれた。
男優では、
幼なじみの不良・ヒヨを演じた柳楽優弥、
ある出来事からミー坊との絆を深める不良の総長を演じた磯村勇斗、
仲間内からも一目を置かれる“カミソリ籾(もみ)”の異名を持つ籾山を演じた岡山天音が、
個性あふれる演技で楽しませてくれた。
特に、柳楽優弥と磯村勇斗は、
映画『今日から俺は!!劇場版』(2020年)を彷彿させる姿で登場し、
「今日から俺は!!」が好きな私にとっては(極私的に)大いに盛り上がった。(コラコラ)
さかなクンの半生を描くのだから、
139分の尺は必要だったとは思うが、
(前期高齢者の私にとっては)ちょっと長い気がした。
前半をもう少しコンパクトに仕上げ、
120分程度にまとめてくれたら文句なしであったのだが……如何。
〈好きなことをして暮らしていけたら……〉
とは、誰しも思うことではあろうが、
それを実行し生活を成り立たせている人は極端に少ない。
「自分の好きなこと」と「仕事」の両立の難しさに頭を悩ませている人がほとんどだろう。
私が一番大切だと思っているのは、自分の「好き」を信じるということです。さかなクンも同じだと思うのですが、「好き」であり続けることを“普通”だと信じる。それは他人から見たら“普通”ではないことなのかもしれません。でも、自分にとっての大切なことは変わらないですし、それが正しいと思い続ける。それが大事なことかなと思いました。(「映画.com」インタビューより)
とは、「のん」の弁。
「好きなこと」を「仕事」にしている稀有な存在であるさかなクンとのん。
そんな二人が、幸福な出会いをし、完成させた『さかなのこ』は、
本当に稀有な映画であるし、幸福な作品であると思った。
見ているだけで明るく元気になる映画であった。