一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

『還らざる聖域』(樋口明雄) ……屋久島を舞台にした山岳冒険小説……

2021年07月29日 | 読書・音楽・美術・その他芸術


私は屋久島には二度行っており、
一度目は2008年に、当時所属していた山岳会の仲間と縦走し、
……これ以上望むべきものなどない旅……
とのサブタイトルを付し、このブログにレポを書いた。
二度目は2012年に、単独行で「ゼロ to ゼロ」(海抜0nから海抜0mへ)をした。
単独行ということもあって、このときの印象は強烈で、
海抜0mから海抜0mへ・屋久島単独完全縦走①(楠川歩道~大株歩道)
海抜0mから海抜0mへ・屋久島単独完全縦走②(平石岩屋~宮之浦岳~永田岳)
海抜0mから海抜0mへ・屋久島単独完全縦走③(花山歩道~大川の滝)
と、三回に分けてレポを書いた。(赤い文字をクリックするとレポが読めます)
レポの最後に、

屋久島は、やはり素晴らしい島であった。
私の「宝島」である。


と書いたが、
今もその気持ちは変わっていない。

その、私の大好きな屋久島を舞台にした山岳冒険小説が、
先月(2021年6月18日)刊行された。
それが、本日紹介する、樋口明雄の『還らざる聖域』(角川春樹事務所)なのである。

著者の樋口明雄は、冒険小説、山岳小説、SFからライトノベル、ゲームブックまで、
多岐にわたって手掛けている小説家であるが、その中でも私は、
「南アルプス山岳救助隊K-9」シリーズをはじめとする山岳小説を愛しており、


このブログでも何度かレビューを書いている。
南アルプス山岳救助隊の派出所が、
北岳の中腹にある白根御池小屋に隣接しているという設定で、
「南アルプス山岳救助隊K-9」シリーズの舞台も北岳が主だったので、
その縁で北岳を登山したこともあった。(コチラを参照)

樋口明雄の新作『還らざる聖域』は、
帯に記された「屋久島、陥落」の大きな文字が目を引き、
〈どんな小説なのだろう……〉
と、興味をそそられた。
で、じっくり楽しみたいと思い、
舐めるように読み始めたのだった。



202X年、
内戦に揺れる北朝鮮の 最強部隊・特殊作戦軍が、
世界遺産・屋久島に突如上陸した。
「こちらは朝鮮人民軍屋久島解放部隊です。現在、われわれは全島を武装制圧しています。違反を見つけた場合は警告なしに射殺します」
突如、街中に響いた宣言。
部隊は上陸に際し、多くの島民を虐殺、警察署などを爆破し、あらゆる通信を遮断した。
山岳救助隊員・高津夕季と、山岳ガイド・狩野哲也らは、
生き残りを賭けて、山嶺を駆け巡る。
そんな中、
作戦の鍵を握る敵特殊部隊隊長にして、美貌の女兵士ハン・ユリ大佐との邂逅が、
彼らの運命を変える。
島民によるレジスタンス、
海上自衛隊特別警備隊隊長・国見俊夫の奮闘、
そして占領軍総司令リ・ヨンギル将軍の目的と秘策。
すべてが絡み合い、衝撃の結末へとなだれ込んでいく……



読み始めたら止まらず、一気読みしてしまった。
400頁の本であったが、
感覚的には「あっという間」だった。
屋久島のことは、地形も地名もほぼ把握していたので、
淀川登山口、荒川登山口、宮之浦岳、投石平、新高塚小屋、縄文杉……など、
固有名詞が出てくる度に、その場所が映画のように脳裏に浮かんだし、
存分に楽しむことができた。
(この本には屋久島の地形図がなく、屋久島のことを詳しくは知らない人のために、簡単な地形図だけでも載せてほしかったと思う)
北朝鮮の特殊作戦軍が屋久島に上陸し陥落させるという設定は奇想天外だが、
(村上龍の小説『半島を出よ』で、北朝鮮コマンドが博多を占領するという前例はあった)
その設定さえ受け入れれば、後は楽しく読むことができる。
登場人物も魅力的で、
主人公となる山岳ガイド・狩野哲也は、仕事柄、屋久島のことを熟知しており、
北朝鮮の特殊作戦軍の目を逃れ、山嶺を駆け巡る姿は頼もしかったし、ワクワクさせられた。
本書の“あとがき”で、著者の樋口明雄が、

主人公のひとりである山岳ガイド、狩野哲也の人物造形に関しては、取材に同行していただいた〈屋久島ガイド旅樂〉代表の田平拓也氏の影響が大きい。田平氏は屋久島の自然に関する知識が豊富で、卓越した山岳ガイドであり、またドローン・オペレーターとしても活躍されている。

と記していたので、
主人公のモデルとなったのが田平拓也氏であることが判ったが、
この田平拓也氏は有名で、
山岳雑誌にも度々登場していたので、私も知っていた。




最近、私の好きな登山系YouTuber「かほの登山日記」のかほさんが、


屋久島を訪れ、動画をアップしていたのだが、
その時、かほさんに同行していたのも田平拓也氏であった。


本書の“あとがき”で、著者は更に、

狩野哲也というキャラクターは本作品にとどまらず、すでに多方面でも動き始めている。『山と溪谷』誌に連載中の短編小説シリーズ〈屋久島トワイライト〉の主要な登場人物として活躍し、さらに今後は本作品のレギュラーメンバーとともに別の作品でも登場するはずである。
今や作者の代表的なシリーズ〈南アルプス山岳救助隊K-9〉とともに、車の両輪として、この先も進めていきたいと思っている。
本作品の執筆にあたっては、田平拓也氏からの多くの熱意あるアドバイスをいただくことができた。


と記しているので、
『還らざる聖域』に続く(屋久島が舞台の)小説がシリーズ化されそうなので、嬉しい限り。
「作者の代表的なシリーズ〈南アルプス山岳救助隊K-9〉とともに、車の両輪として……」
とまで書かれているので、期待大である。
シリーズ化に伴って、田平拓也氏からの助言もより重要性を増していくことと思われる。


本書『還らざる聖域』の登場人物で、この物語をより魅力的にしているのは、
山岳ガイド・狩野哲也の他に、女性が二人いて、
一人は、北朝鮮の女兵士のハン・ユリ大佐。
もう一人は、警察官であり、山岳救助隊員でもある高津夕季。

ハン・ユリ大佐は美貌の女兵士で、
ある使命で屋久島に遅れてやってくるのだが、
乗っていた複葉機が墜落し、パラシュートで脱出するも、怪我を負い、
ある事情から山岳ガイドの狩野哲也たちと行動を共にするようになる。
ハン・ユリと狩野哲也は、最初は反目し合っているが、
次第に惹かれ合っていく様子がなかなか好いし、読ませる。

高津夕季の方も20代半ばの魅力的な女性で、
狩野哲也は高津夕季に告白(?)した過去があり、
この二人の関係も気になるところ。
シリーズ化されれば、山岳救助隊員でもある高津夕季の活躍も期待できそうである。



とにかく、小説の舞台となっている屋久島自体が魅力的なので、
屋久島に行ったことのある人なら、場所を脳内に映しながら読むことができるし、
行ったことのない人ならば、行ってみたくなるような描写が多く、魅了されることだろう。


本書の装画を担当しているのが、屋久島在住の画家・高田裕子さんで、
この絵が屋久杉の“美”を表現していて秀逸。


高田裕子さんが自身のTwitterに、

様々な種類の苔や植物たちに覆われたその姿は、
まるでひとつの森のようで、
そこにいると私もまたその一部として
生かされているのだと、なぜだか自然と感じられます。


と書かれていたが、言い得て妙。
一本の木でありながら、ひとつの森でもあるという不思議な感覚。






物語を読み終え、あらためて装画を見ると、
「奇跡は何度でも起きる。ここはそういう島なのだ」
という狩野哲也の言葉が蘇ってくる。






ネタバレになるので、物語に関する部分についてはあまり触れなかったが、
大好きな屋久島が舞台の小説というだけで、私にとっては「読む価値あり」であった。
本書の登場人物たちと共に、私も屋久島の森の中を彷徨い、駆けた。
そして、ハン・ユリに恋をした。
『還らざる聖域』に続く、屋久島を舞台とした(シリーズ化されるであろう)小説群を、
楽しみに待ちたいと思う。


そういえば、
私の好きな(特に顔が好き)登山系YouTuber「やまくっく・やぎちゃん」も、
先日、屋久島に行ってたな~

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