
雨の一日であった。
このところ、休日はずっと山に行っていたので、本日は小休止。
いつものように佐世保に行かなければならなかったし、日頃できない雑用もこなさなければならなかったので、雨の日でもけっこう忙しい。
――今日は、先日見た映画の話でもしようか。
昨年(2009年)は、太宰治(1909~1948)の生誕100年ということで、
『斜陽』(監督・秋原正俊、2009年5月9日公開)、
『パンドラの匣』(監督・冨永昌敬、2009年10月10日公開)、
『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』(監督・根岸吉太郎、2009年10月10日公開)、
『人間失格』(監督・荒戸源次郎、2010年2月20日公開)
の4作品が映画化され、昨年から今年にかけて上映された。
『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』と『人間失格』は佐賀県でも公開されたので見ることができたが、残りの2作品は見る機会がなかった。
諦めかけていたところ、【CINECITTA (チネチッタ)】で『パンドラの匣』が上映されるという知らせが……
4作品の中では、一番見たかった作品。
4月16日(金)、イオンシネマ佐賀大和にて、19時から1回のみの上映。
仕事を終え、急いで映画館に駆けつけた。
【CINECITTA (チネチッタ)】とは――
佐賀では上映されない映画を月に一回程度上映している自主活動のグループ。
佐賀で上映される映画のほとんどはハリウッドの映画や直営館の作品ばかりなので、ミニシアター等で上映されるアート系の作品などを佐賀の人たちにも見て欲しいということで始まった活動である。
現在10数名のスタッフで運営されており、全員ボランティア。
職業は会社員、自営業、OL、主婦、と様々。
作品選定、チラシ、チケット作成、DM発送、上映会当日の受付など、全員無報酬でやっている。
上映作品コンセプトとしては、佐賀で上映されない新作、ビデオ発売前の上映を原則としている。
スタッフが見た映画のなかで良かったもの、映画雑誌などで評判の高いもの、映画祭などで受賞したもの、お客さんのリクエストなども参考にしている。
定期的な上映のほかに、佐賀が生んだ日本映画の鬼才・神代辰巳監督の追悼上映会への協力や劇団黒テント公演なども行ってきた。
現在、佐賀には、ミニシアター系の映画を上映する【シアター・シエマ】(2007年12月オープン)があるが、【シアター・シエマ】ができる前までは、佐賀で唯一、ミニシアター系の映画を見ることができる貴重な存在であった。
今回の『パンドラの匣』も、期待していた【シアター・シエマ】での上映がなかったので、【CINECITTA (チネチッタ)】で見る機会をつくってもらえたのは、望外の喜びであった。
さてさて、その『パンドラの匣』であるが、期待以上の出来で、大満足の作品であった。
傑作と言ってもいいでしょう。
私的には、この『パンドラの匣』を、『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』よりも上位に置く。
『パンドラの匣』は、1945年10月から1946年1月にかけて、東北地方のブロック紙【河北新報】に連載された新聞小説で、他の太宰治作品とは違って、ポジティブな世界観が伺えるサニーサイドの作品。
日本が太平洋戦争に負けた年、
結核療養のため人里離れた健康道場に入った青年・ひばりは、
年齢や境遇も異なるキャラの立った仲間たちに囲まれ、
「新しい男」になることを目指す。
竹さんとマア坊――生命力に溢れた二人の看護婦さんへの甘酸っぱい気持ちや、
結核による突然の仲間の死などなど、
日々の心の揺れを、
親友宛ての手紙にこまめに書き続ける。

ひばり役は、オーディションで主役を勝ち取った染谷将太。
17歳(撮影時16歳)とのことだが、もう少し年齢が上の男優がよかったような気もする。
初々しさはあるが、太宰特有の軽みやふてぶてしさなどは、10代の俳優では難しい気がした。
役としては、十分及第点ではあるのだが……

ひばりを贔屓にしてくれる看護婦長・竹さん役は、芥川賞作家の川上未映子。
この作品でのキャストで、もっとも良かったのがこの竹さん役。
川上未映子、素晴らしいです。
存在感もピカイチ。
なんともアンニュイなセリフの言い回しや表情に、既成の女優には出せない味があり、とても魅力的だった。
この作品で、今年1月に「キネマ旬報新人女優賞」を、
3月に「おおさかシネマフェスティバル新人女優賞」を受賞したのは、しごく当然。

なにかとひばりに小悪魔的な行動をとりがちな看護婦・マア坊役に、仲里依紗。
金歯(懐かしい~)がチャームポイントで、笑うと金歯がキラリと光る。
少女と大人の女のちょうど真ん中あたりの、何を考えているのか解らないような、難しい年頃の女の子を好演。
このマア坊役の仲里依紗も、ドンピシャのキャスティング。

ひばりの親友で、詩人のつくし役は、窪塚洋介。
小説では、つくしではなく、別の親友に書く手紙が骨格になっているが、
映画では、このつくしに書く手紙の内容(ナレーション)で、ストーリーが進んでいく。
道場の屈折した心情の持ち主が多い中、凛々しい青年の役を爽やかに演じている。

その他、小田豊、杉山彦々、ふかわりょう、洞口依子、ミッキー・カーチスなども好い演技をしていた。

アウトドア誌『フィールドライフ』などで活躍しているKIKIが友情出演しているのも嬉しかった。(右から2人目)

特筆すべきは音楽。
担当しているのは、アバンギャルド・ジャズからダンス・ミュージックまでカバーする鬼才・菊池成孔。
最初から最後まで、この作品における音楽の役割は重要だ。
いつまでも浸っていたいと思わせるメロディは、さすがだ。
それに衣装。
若い世代に人気のシアタープロダクツが担当。
看護婦たちの衣装は、あえて時代考証を外して可愛さを優先したとか。
古さ、懐かしさを残しつつも、現在にも通じるおしゃれなレトロ・モダンなファッションはさすが。

冨永昌敬監督が脚本も担当しているが、この脚本も素晴らしい。
スピーディでポップ。
なんといっても、
「やっとるか。」
「やっとるぞ。」
「がんばれよ。」
「ようし来た。」
という、原作通りの掛け合いが秀逸。
リズミカルで心地よい雰囲気がずっと続く。

世間から隔絶しているこの健康道場は、ある意味「ユートピア」といえる。
その内側がいかに過酷であろうとも、外部と遮断された内部は、文学的にとても魅力的な空間だ。
太宰治と同じく無頼派の坂口安吾は、『黒谷村』などで田舎の村を舞台に、
田中英光は、『オリンポスの果実』で船の中を舞台にユートピアを創り上げている。
ウィリアム・ゴールディングは『蠅の王』で南海の孤島で、
イエールジ・コジンスキーは『異端の鳥』で異国の村々で、
大江健三郎は『芽むしり仔撃ち』で山奥の村で、
村上龍は『コインロッカー・ベイビーズ』で廃墟で、
文学的ユートピアを構築した。
太宰治もまた『パンドラの匣』で、文学的ユートピアを創っていたのだ。
死と隣り合わせにいながらも、患者や看護婦をお互いあだ名で呼び合う健康道場は、太宰治にとっての理想郷だったのかもしれない。
そのユートピア小説『パンドラの匣』は、映画監督・冨永昌敬によって、見事に映像化された。
我々は、映画を見ることによって、このユートピアで存分に遊ぶことができる。
実に贅沢な時間だった。
94分という上映時間も、長すぎず短すぎず、ちょうど好い。
このレビューを書いていたら、またこのユートピアに行って、川上未映子と仲里依紗に逢いたくなった。
傑作だけど、一度見たら十分という作品が多い中、
何度でも見たくなる映画に、久しぶりに出逢った。

もう映画館で見る機会はないと思うので、DVDが出たら、ぜひぜひ。
まずは、この「予告編」で。(この予告編もなかなかです)
このところ、休日はずっと山に行っていたので、本日は小休止。
いつものように佐世保に行かなければならなかったし、日頃できない雑用もこなさなければならなかったので、雨の日でもけっこう忙しい。
――今日は、先日見た映画の話でもしようか。
昨年(2009年)は、太宰治(1909~1948)の生誕100年ということで、
『斜陽』(監督・秋原正俊、2009年5月9日公開)、
『パンドラの匣』(監督・冨永昌敬、2009年10月10日公開)、
『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』(監督・根岸吉太郎、2009年10月10日公開)、
『人間失格』(監督・荒戸源次郎、2010年2月20日公開)
の4作品が映画化され、昨年から今年にかけて上映された。
『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』と『人間失格』は佐賀県でも公開されたので見ることができたが、残りの2作品は見る機会がなかった。
諦めかけていたところ、【CINECITTA (チネチッタ)】で『パンドラの匣』が上映されるという知らせが……
4作品の中では、一番見たかった作品。
4月16日(金)、イオンシネマ佐賀大和にて、19時から1回のみの上映。
仕事を終え、急いで映画館に駆けつけた。
【CINECITTA (チネチッタ)】とは――
佐賀では上映されない映画を月に一回程度上映している自主活動のグループ。
佐賀で上映される映画のほとんどはハリウッドの映画や直営館の作品ばかりなので、ミニシアター等で上映されるアート系の作品などを佐賀の人たちにも見て欲しいということで始まった活動である。
現在10数名のスタッフで運営されており、全員ボランティア。
職業は会社員、自営業、OL、主婦、と様々。
作品選定、チラシ、チケット作成、DM発送、上映会当日の受付など、全員無報酬でやっている。
上映作品コンセプトとしては、佐賀で上映されない新作、ビデオ発売前の上映を原則としている。
スタッフが見た映画のなかで良かったもの、映画雑誌などで評判の高いもの、映画祭などで受賞したもの、お客さんのリクエストなども参考にしている。
定期的な上映のほかに、佐賀が生んだ日本映画の鬼才・神代辰巳監督の追悼上映会への協力や劇団黒テント公演なども行ってきた。
現在、佐賀には、ミニシアター系の映画を上映する【シアター・シエマ】(2007年12月オープン)があるが、【シアター・シエマ】ができる前までは、佐賀で唯一、ミニシアター系の映画を見ることができる貴重な存在であった。
今回の『パンドラの匣』も、期待していた【シアター・シエマ】での上映がなかったので、【CINECITTA (チネチッタ)】で見る機会をつくってもらえたのは、望外の喜びであった。
さてさて、その『パンドラの匣』であるが、期待以上の出来で、大満足の作品であった。
傑作と言ってもいいでしょう。
私的には、この『パンドラの匣』を、『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』よりも上位に置く。
『パンドラの匣』は、1945年10月から1946年1月にかけて、東北地方のブロック紙【河北新報】に連載された新聞小説で、他の太宰治作品とは違って、ポジティブな世界観が伺えるサニーサイドの作品。
日本が太平洋戦争に負けた年、
結核療養のため人里離れた健康道場に入った青年・ひばりは、
年齢や境遇も異なるキャラの立った仲間たちに囲まれ、
「新しい男」になることを目指す。
竹さんとマア坊――生命力に溢れた二人の看護婦さんへの甘酸っぱい気持ちや、
結核による突然の仲間の死などなど、
日々の心の揺れを、
親友宛ての手紙にこまめに書き続ける。

ひばり役は、オーディションで主役を勝ち取った染谷将太。
17歳(撮影時16歳)とのことだが、もう少し年齢が上の男優がよかったような気もする。
初々しさはあるが、太宰特有の軽みやふてぶてしさなどは、10代の俳優では難しい気がした。
役としては、十分及第点ではあるのだが……

ひばりを贔屓にしてくれる看護婦長・竹さん役は、芥川賞作家の川上未映子。
この作品でのキャストで、もっとも良かったのがこの竹さん役。
川上未映子、素晴らしいです。
存在感もピカイチ。
なんともアンニュイなセリフの言い回しや表情に、既成の女優には出せない味があり、とても魅力的だった。
この作品で、今年1月に「キネマ旬報新人女優賞」を、
3月に「おおさかシネマフェスティバル新人女優賞」を受賞したのは、しごく当然。

なにかとひばりに小悪魔的な行動をとりがちな看護婦・マア坊役に、仲里依紗。
金歯(懐かしい~)がチャームポイントで、笑うと金歯がキラリと光る。
少女と大人の女のちょうど真ん中あたりの、何を考えているのか解らないような、難しい年頃の女の子を好演。
このマア坊役の仲里依紗も、ドンピシャのキャスティング。

ひばりの親友で、詩人のつくし役は、窪塚洋介。
小説では、つくしではなく、別の親友に書く手紙が骨格になっているが、
映画では、このつくしに書く手紙の内容(ナレーション)で、ストーリーが進んでいく。
道場の屈折した心情の持ち主が多い中、凛々しい青年の役を爽やかに演じている。

その他、小田豊、杉山彦々、ふかわりょう、洞口依子、ミッキー・カーチスなども好い演技をしていた。

アウトドア誌『フィールドライフ』などで活躍しているKIKIが友情出演しているのも嬉しかった。(右から2人目)

特筆すべきは音楽。
担当しているのは、アバンギャルド・ジャズからダンス・ミュージックまでカバーする鬼才・菊池成孔。
最初から最後まで、この作品における音楽の役割は重要だ。
いつまでも浸っていたいと思わせるメロディは、さすがだ。
それに衣装。
若い世代に人気のシアタープロダクツが担当。
看護婦たちの衣装は、あえて時代考証を外して可愛さを優先したとか。
古さ、懐かしさを残しつつも、現在にも通じるおしゃれなレトロ・モダンなファッションはさすが。

冨永昌敬監督が脚本も担当しているが、この脚本も素晴らしい。
スピーディでポップ。
なんといっても、
「やっとるか。」
「やっとるぞ。」
「がんばれよ。」
「ようし来た。」
という、原作通りの掛け合いが秀逸。
リズミカルで心地よい雰囲気がずっと続く。

世間から隔絶しているこの健康道場は、ある意味「ユートピア」といえる。
その内側がいかに過酷であろうとも、外部と遮断された内部は、文学的にとても魅力的な空間だ。
太宰治と同じく無頼派の坂口安吾は、『黒谷村』などで田舎の村を舞台に、
田中英光は、『オリンポスの果実』で船の中を舞台にユートピアを創り上げている。
ウィリアム・ゴールディングは『蠅の王』で南海の孤島で、
イエールジ・コジンスキーは『異端の鳥』で異国の村々で、
大江健三郎は『芽むしり仔撃ち』で山奥の村で、
村上龍は『コインロッカー・ベイビーズ』で廃墟で、
文学的ユートピアを構築した。
太宰治もまた『パンドラの匣』で、文学的ユートピアを創っていたのだ。
死と隣り合わせにいながらも、患者や看護婦をお互いあだ名で呼び合う健康道場は、太宰治にとっての理想郷だったのかもしれない。
そのユートピア小説『パンドラの匣』は、映画監督・冨永昌敬によって、見事に映像化された。
我々は、映画を見ることによって、このユートピアで存分に遊ぶことができる。
実に贅沢な時間だった。
94分という上映時間も、長すぎず短すぎず、ちょうど好い。
このレビューを書いていたら、またこのユートピアに行って、川上未映子と仲里依紗に逢いたくなった。
傑作だけど、一度見たら十分という作品が多い中、
何度でも見たくなる映画に、久しぶりに出逢った。

もう映画館で見る機会はないと思うので、DVDが出たら、ぜひぜひ。
まずは、この「予告編」で。(この予告編もなかなかです)