本作を見たいと思った理由は、唯ひとつ。
片山慎三監督作品であるから。
片山慎三監督の長編映画デビュー作『岬の兄妹』(2019年3月1日公開)は、
公開時、佐賀での上映館はなく、福岡まで見に行った。
それまで片山慎三監督のことはまったく知らなかったのだけれど、
「ポン・ジュノ監督の助監督として研鑽を積んだ」という一点で、信頼できると思った。
その辺りのことを『岬の兄妹』のレビューで書いているので、少し引用する。
片山慎三の初長編監督作『岬の兄妹』の存在を知ったのは、
いつも読んでいる映画雑誌であったのだが、
そこに書かれてあった片山慎三監督の経歴に引かれるものがあった。
なんと、
私の好きなポン・ジュノ監督作品や山下敦弘監督作品などで助監督を務めていたというのだ。
そして、パンフレットを入手して読んでみると、
ポン・ジュノ監督の『岬の兄妹』を鑑賞した感想が(片山慎三監督宛てに書いた手紙という形式で)紹介されていた。
ポン・ジュノ(映画監督・『殺人の追憶』『母なる証明』等)
慎三、狂ってるよ。ホントニ……君はなんてイカれた映画監督だ! 娼婦に障碍、陰毛に人糞!?
それでも映画はとても力強く美しいんだから、驚いたよ。
今村昌平、キム・ギドク、それにイ・チャンドンの空気も感じたし、君からここまで大胆な作品が生まれるとは思ってもみなかった。
良い意味で衝撃を受けたし、見事な作りだ。
限られた制作費と時間の中、それにここまで危険な物語とテーマを扱ったのだから、君の苦労は相当なものだったろうね。
この作品は多くの論争を起こすだろうし、君は既にそれを覚悟してるだろう。
でも、もはや批判など恐れてないようにすら見える。
何故ならこの作品は相当に緻密な計算の上に構成されていて、君は多くの問いにも的確な答えを用意しているだろうから。
とにかく僕はラストシーンが大好きだよ。観客を作品に引き込ませる力を持ってるんだ。
“操作する”のではなく、“共感させる”力を。素晴らしいよ。
他にも色々と語りたいことはあるけど……近いうちに東京かソウルでお目にかかりたいね。
君の初長編監督作に祝杯をあげよう、ナマビールで。それにもっと詳しい話も聞きたいし。
最後にもう一度、おめでとう。
そして、このパンフレットには、
映画『岬の兄妹』に対するコメントが多数掲載されていたのだが、
それが私の好きな映画監督や俳優たちばかりで、驚かされた。
その一部を紹介する。
山下敦弘(映画監督・『天然コケッコー』『マイ・バック・ページ』『苦役列車』等)
『岬の兄妹』は噛みついて来る映画だ。
例えばノンフィクション、またはドキュメンタリーといった格式のある正当性に。
あるいは我々の中にある偽善や倫理観に。
噛みつかれれば怒る人もいれば泣く人もいると思う。
自分はこの映画を観ながら笑ってしまいました。
そしてつくづく弱い人間だと気付かされました。
皆さんもこの映画を観て自分が何者かを知ってください。
瀬々敬久(映画監督・『最低。』『菊とギロチン』等)
勇気をもって差別と格差という指弾されかねない題材にぶつかっている態度にまず打たれた。
試行錯誤と直感、キャストとスタッフの真摯な取り組み方がそのまま表れている映画だ。
そしてラストの主人公二人の兄妹の表情はやっとここに辿り着くしかないものになっていると思った。
呉美保(映画監督・『そこのみにて光輝く』『きみはいい子』等)
「ポンヌフの恋人」「オアシス」「息もできない」……。
これまで幾人もの、強烈にもがく男女に出会ってきた。
平成が終わろうとしている狭間に、まさかまた出会えるとは。
生きるのみ!もう、それしかないんだ。
白石和彌(映画監督・『凶悪』『彼女がその名を知らない鳥たち』『孤狼の血』等)
あらゆることを吹き飛ばす笑いと生命の躍動。
クソみたいな世の中にクソを投げつけてでも必死に生きる兄妹の美しさよ。
松浦裕也と和田光沙を見ているだけで胸が焦げついた。
映画で出来る事はほんの少しかもしれないが、それでも投げつけたい。
世の中!この映画みろよ!
深田晃司(映画監督・『淵に立つ』等)
清貧という言葉の嘘臭さを清々しいまでの正直さで暴く兄妹から目が離せない。つまりそれは一周回って清貧な映画ということだろうか。俳優の地力を逃すことのない撮影、活かしきった脚本に拍手。
香川照之(俳優)
暴力の行方、性的描写、観念の飛躍、全てが片山監督の根幹にあるポン・ジュノのカットの積み重ねを見ているようだ。
ラストの岬の終焉の仕方にも大いに頷いた。
処女作としては百点満点を付与する。
池松壮亮(俳優)
強烈で繊細、ストイックに研ぎ澄まされた一切無駄のない映画。
切なく哀しいリアリズム。
物語ることのその気迫に面食らった。
あの兄妹の生命力と幻想だけが岬の街の救いだった。
人間を好き過ぎる人間だけが到達する境地なのか、一作目にして凄まじい。
高良健吾(俳優)
正解がわからない。
苦しかった。ここまで曝け出すのかと……
制御できないくらいの溢れ出るパワーがある作品。
観客の方と一緒に考えたい。
私の好きな映画監督や俳優たちがここまで絶賛するのであれば、
〈絶対に見なければ!〉
と、思った。
こうして見た『岬の兄妹』は稀に見る傑作であった。
……『万引き家族』がメルヘンに思えてくるほどの傑作……
とのサブタイトルを付し、激賞した。
同じ年(2019年)開催された「くまもと復興映画祭2019 Powered by 菊池映画祭」に行き、
片山慎三監督と、主演女優・和田光沙の話も聴くことができ、感動した。(コチラを参照)
《第6回 「一日の王」映画賞・日本映画(2019年公開作品)ベストテン》において、
最優秀作品賞:『岬の兄妹』
最優秀監督賞:片山慎三『岬の兄妹』
最優秀主演女優賞:和田光沙『岬の兄妹』
と、主要部門で1位に選出し、(コチラを参照)
2019年は『岬の兄妹』に出合った年として記憶された。
2022年に公開された映画『さがす』も当然鑑賞し、
……伊東蒼、森田望智、清水尋也が凄い片山慎三監督の傑作……
とのサブタイトルを付し、レビューの最後に、次のように記した。
濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』(2021年8月20日公開)は、
第87回ニューヨーク映画批評家協会賞では日本映画として初めて作品賞を受賞し、
ロサンゼルス映画批評家協会賞と全米映画批評家協会賞でも作品賞を受賞。
第79回ゴールデングローブ賞では非英語映画賞(旧外国語映画賞)を受賞し、
第94回アカデミー賞では、
日本映画で初となる作品賞にノミネートされたほか、
監督賞・脚色賞・国際長編映画賞の4部門にノミネートされたことで、
一気に注目されるようになり、
現在、全国各地で再上映されている。
濱口竜介監督を無視し続けてきた日本アカデミー賞も、
「日本で無冠では、その後に海外で高評価されたら日本映画界は見る目のなさに恥をかく」
とばかりに、急遽、取って付けたように、
作品賞、監督賞、主演男優賞など、計8部門で最優秀賞を授けていた。(爆)
『ドライブ・マイ・カー』の良さが解る人(審査員)がどれくらいいたのか疑問だし、
『ドライブ・マイ・カー』を鑑賞したすべての人が理解できる内容でもない。
世界が称賛しているので、自分が否定したら笑われると、
世の流れに迎合している人も多いことと思われる。
『ドライブ・マイ・カー』でさえそうなのだから、
より過激で衝撃的な(片山慎三監督作品の)『岬の兄妹』や『さがす』を評価する人は、
なおのこと少ないと思われる。
人気俳優が多く出演する話題作、
ハリウッドの感動大作、
ミニシアター系の誰もが褒め称える良質な映画……
そんな映画ばかりを見ていると、人の心は甘やかされ過ぎて脆弱になる。(笑)
激動する世界情勢や、激変する社会情勢に太刀打ちできなくなる。
『岬の兄妹』や『さがす』のような作品を見て、
一度心をグチャグチャに攪拌し、鍛え直す必要があるし、
そうした中で、本物の傑作を見極める目が養われるのだと思う。
とは言っても、見ない人は見ないだろうし、見る人は見る。(笑)
どんなに年老いても、私は「見る人」でありたいと思った。
片山慎三監督作品は破壊力があり、常人には受け入れがたい部分も多いことだろう。
だが、コアなファンは多く、
既成の映画に飽き飽きしている人にとっては実に魅力的な監督である。
(同じ想いをしている私にとって)そんな片山慎三監督の新作は見逃せない。
『雨の中の慾情』も前二作と同様、内容がかなりハードなようなので、
〈佐賀での上映館はないかもしれない……〉
と思っていたところ、109シネマズ佐賀での上映が決まり、歓喜。
で、先日、ワクワクしながら鑑賞したのだった。
貧しい北町に住む売れない漫画家の義男(成田凌)は、
アパート経営のほかに怪しい商売をしている大家の尾弥次(竹中直人)から、
自称小説家の伊守(森田剛)とともに引っ越しの手伝いに駆り出される。
そこで離婚したばかりの福子(中村映里子)と出会った義男は、
艶めかしい魅力をたたえた彼女にひかれるが、彼女にはすでに恋人がいる様子。
伊守は自作の小説を掲載するため、
裕福な南町で流行っているPR誌を真似て北町のPR誌を企画し、
義男がその広告営業を手伝うことに。
やがて福子と伊守が義男の家に転がり込んできて、
3人の奇妙な共同生活が始まる……
(2024年)11月29日に公開され、
公開から6日後の12月5日に(109シネマズ佐賀の9:55上映回で)、
エグゼクティブシート(109シネマズの会員なので通常の値段で利用)で鑑賞したのだが、
観客は私一人であった。
広い館内のど真ん中のエグゼクティブシートに鑑賞者は私一人。
鑑賞者が私一人だったことは何度も経験しているので、それほど驚きはしないが、
贔屓する監督の新作の公開直後だったこともあって、ちょっと残念な気持ちにもなった。
それでも私個人にとっては、巨大なホームシアターで鑑賞しているような、
贅沢な気分にさせられたし、(他の観客に邪魔されずに)集中して見ることができた。
今回、片山慎三監督が挑むのは、
「ねじ式」「無能の人」等で知られる伝説の漫画家・つげ義春による短編「雨の中の慾情」が原作の、シュルレアリスム的な作品。
つげ義春の漫画自体も、ペンの入ってない鉛筆による絵コンテのまま発表されたもので、
2024年に欧州最大規模の漫画祭であるフランス・アングレーム国際漫画祭で歴史に残すべき作品に授与されるPRIX DU PATRIMOINE(遺産賞)にノミネートされている。
この異端作をベースに、
片山慎三監督は独創性溢れる数奇なラブストーリーを生み出している。
冒頭から凄い。
土砂降りの雨の中で、鳴り響く雷鳴。
屋根付きのバス停にいる女のところへ、
義男(成田凌)が駆け込んでくる。
義男は、女に、
「金具つけていると雷落ちるよ」
と忠告しながら、
二人は、互いに、どんどん服を脱いでいく。
そして、バス停に落雷し、燃え上がり、
逃げ出した二人は、土砂降りの中、畑でセックスする。
破天荒で、エロチシズムあふれるシーンから始まり、
観客は(私一人しかいないけど)驚かされ、笑わされる。
いきなりタイトルの『雨の中の慾情』を見せてくれるのだ。
片山慎三監督作品は、内容はエグいけれども、
笑わされたりもするので、(たとえば『岬の兄妹』のウン〇まみれのシーン)
私にとってはとても面白い。
その後も、奇想天外な、夢が現実か判らないようなシーンが連続し、戸惑わされる。
私はつげ義春の漫画も愛読しているので、
〈つげ義春の作品世界をよく体現しているな……〉
と感心していたが、
普通の人が見れば、「何が何やら」の世界であったかもしれない。
結局、これらはすべて「〇オチ」(ネタバレ)で、
ガッカリする人もいるかもしれないが、
それも(いかにもつげ義春的なので)私にとっては違和感なく楽しむことができた。
切なくも激しい情愛と性愛はもちろん、
生活空間も、風景も、空気感も、むせかえるほど濃密で、
日本とは違う異空間を感じさせるのだが、
それは、劇中のほとんどのシーンを、台湾にて撮影しているからだと思われる。
昭和初期の日本を感じさせるレトロな町並みが多い台湾中部の嘉義市にて、
オールロケを敢行しているのだ。
これを、撮影監督の池田直矢(『さがす』『エゴイスト』『死刑にいたる病』)が、
この世のものとは思えぬ異様な雰囲気が漂う、艶があり湿度のある映像に撮っている。
濡れている映像と言ってもいいかもしれない。
画質は似ているものの、
片山慎三監督の『雨の中の慾情』は、前二作とはまったく違うし、
破天荒、衝撃的な点を除けば、
『岬の兄妹』も『さがす』も『雨の中の慾情』も似てはおらず、共通点は少ないように思う。
僕はできるだけ、以前作ったものとは違うものを作りたいと思っているんです。というのも、まだ「自分はこれだ」と言えるものや、向いているものがわかっていないから。わからないからこそいろいろ挑戦したい。そろそろ、自分らしさや作家性みたいなものは決めておかないといけないなと思っているんですけど……。そういう意味では、「雨の中の慾情」は自分らしい作品になったんじゃないかなと思います。今までは、助監督時代の経験も含めて、これまで受けてきた影響が大きく反映されていたのですが、今回はその影響をそいで、「何が自分らしいのかな」ということを意識して作ったので。
と、片山慎三監督は語っていたが、
この『雨の中の慾情』が、最も片山慎三監督らしい作品なのかもしれない。
独創的な作品であったが、強いて似た作品を挙げるとすれば、
大林宣彦監督の晩年の作品、
『花筐/HANAGATAMI』(2017年)や
『海辺の映画館―キネマの玉手箱』(2020年)であったかもしれない。
これら晩年の作品を見て、
〈あの大林宣彦監督も、ついにこんな境地に至ったのか……〉
と感慨を深くしたのだが、
最期までチャレンジ精神を忘れない映画愛に溢れたこれらの作品は、
私にとって、生涯忘れ得ぬものとなった。
そういう意味では、大林宣彦監督の『花筐/HANAGATAMI』や『海辺の映画館―キネマの玉手箱』を好きな人にとっては、『雨の中の慾情』も好まれるかもしれない。
『雨の中の慾情』についてネット検索しているときに、
「映画ナタリー」で、片山慎三監督とあいみょんが対談しているのを発見して、ビックリ。
あいみょんが片山慎三監督の大ファンで、
「ガンニバル」(配信ドラマ・2022年)を観るためにディズニープラスにも入ったんですよ! 片山監督の作品は全部チェックしています。
というほどの熱の入れよう。
私は映画が大好きでいろいろな作品をチェックするんですけど、特に好きなものは、観終わったあとの自分にめちゃくちゃ影響を与えてくれたり、生活に支障が出るくらい感情が揺さぶられる作品。「あれは何やったんやろう」「あれってどういうことやったんやろう」って考えてしまうような。「岬の兄妹」は、初めて観たとき衝撃すぎて、めちゃくちゃ口コミしまくりました。とにかく語りたくなった。片山さんは、そういう語りたくなったり、そのあとの生活の中でもずっと頭にこびり付いたりするような作品を作られるなと感じています。
「さがす」も余韻がすごくって。最後に音楽がなくて、チャイムの音だけだった。それが衝撃的やったし、すごくよかった。そのおかげで余韻にも浸れた。「片山さんの映画はエンドロールまでちゃんと自分の作品なんやな、映画に言葉の入った音楽はいらないんや」と思ったんです。私も映画の主題歌を手がけさせてもらうことがあるので、当時スタッフさんにその話をしました。「さがす」は映画の主題歌というものとの向き合い方をめっちゃ考えたきっかけでもありました。
とも語っていたが、(全文はコチラから)
私も同じような感想を抱いていたので、
〈やはり、あいみょんはタダモノではない!〉
と、感心したし、
もともと好きだったあいみょんが、益々好きになった。
この対談で、片山慎三監督が、あいみょんについて、
以前、仲野太賀くんと菅田将暉さんと演技されているのを(ドラマ「コントが始まる」のスポット映像を)見て、自然でいいなと思ったので、あいみょんさんに俳優として出てもらおうかな。
と語っていたが、
片山慎三監督作品で演技している女優・あいみょんも見てみたいものだ。
ぜひ実現してほしい。