2015年(2014年公開作品を対象)に創設した「一日の王」映画賞も、
今回で第9回となった。
ブログ「一日の王」管理人・タクが、
たった一人で選出する日本でいちばん小さな映画賞で、
何のしがらみもなく極私的に選び、
勝手に表彰する。
作品賞は、1位から10位まで、ベストテンとして10作を選出。
監督賞、主演女優賞、主演男優賞、助演女優賞、助演男優賞は、
5名(~10名)ずつを選出し、
最優秀を、各部門1名ずつを決める。(赤字が最優秀)
この他、
新人賞(1名)と、外国映画の作品賞(1作)を選出する。
普段、レビューを書くときには点数はつけないし、
あまり映画や俳優に順位はつけたくはないのだが、
まあ、一年に一度のお祭りということで、
気軽に楽しんでもらえたら嬉しい。
【作品賞】
①『PLAN 75』
➁『マイスモールランド』
③『夕方のおともだち』
④『愛なのに』
⑤『土を喰らう十二ヵ月』
⑥『余命10年』
⑦『流浪の月』
⑧『死刑にいたる病』
⑨『千夜、一夜』
⑩『ちょっと思い出しただけ』
2022年6月に映画『PLAN 75』に見たとき、
私は、第9回「一日の王」映画賞の最優秀作品賞は『PLAN 75』だと思った。
鑑賞した当時はまだ暫定1位であったが、
最後まで(今日まで)その1位の座が揺らぐことはなかった。
それほどのインパクトを私に与えた作品だった。
……河合優実を見に行ったら、とんでもない傑作に出逢った……
とのサブタイトルを付してレビューを書いたのだが、
その一部を引用してみる。
結論から先に言うと、「傑作」であった。
〈河合優実を見に行っただけなのに、とんでもない「傑作」に出逢ってしまった……〉
というのが、偽ざる正直な感想。
驚きと衝撃が私の躰を貫き、
時間が経った今も、その傷痕(と言うと大袈裟かもしれないが)が疼いている。
こう書くと、刺激的な描写の多い「衝撃作」を思い浮かべる方もおられると思うが、
これが、まったく違う。
本作は、むしろ静謐な(ドキュメンタリータッチの)作品で、
主義主張を行わず、説明的な言葉やシーンがまったくない映画であったのだ。
それでいて、鑑賞者のイマジネーションを恐ろしいほどに刺激する。
説明的な描写はほとんどないのに、
監督が伝えたい(と思っているであろう)ことは、鑑賞者にもしっかり伝わってくる。
最近の日本映画は、過剰に説明し、何を言いたいかをはっきり主張する作品が多いのだが、
真逆と言ってもいいほどに説明を排し、想像の余白を(十二分に)残した作品なのだ。
映画を見る前は、
(ちょっと極端な)SF的な設定と思っていた「プラン75」であるが、
映画を見始めると、「プラン75」を何の違和感もなく受け入れている自分がいた。
スムーズに私の中に入ってきたのだ。
このことに(ふと)気づいたとき、我ながら、少なからず戦慄した。
映画は、
津久井ゆりやま園障害者殺傷事件を彷彿させる衝撃的なシーンから始まる。
ライフルを手にした若者が、老人のいる施設を襲撃し、
「社会の役に立たない老人は生きている価値がない」
と呟く。
残忍なシーンはないのだが、
この冒頭シーンで、不穏な時代の空気感を巧く表現しており、
「プラン75」の施行へ世論が一気に傾き、国会で可決され、
超高齢化社会の問題解決策として「プラン75」が世間に受け入れられていく。
映画の鑑賞者も、映画の中の世間の人々と同じ感覚で、
この「プラン75」を受け入れてしまう仕組みになっているのだ。
なので、「プラン75」の劇中CM映像も、すんなり心に入ってくる。(笑)
これは実に恐ろしい体験であった。
この映画の素晴らしさは、「志の高さ」にあるように思う。
メッセージ性の強い映画ではあるが、
説明的な言葉を極力排除し、
映像によって鑑賞者のイマジネーションを刺激し、
伝えたいことを確実に鑑賞者の胸の内に届けてくる。
2022年は、映画『PLAN 75』に出合った年として長く記憶されると思う。
第2位の『マイスモールランド』も、
メッセージ性の高い素晴らしい作品であった。
『PLAN 75』の第1位は揺るがなかったが、
唯一、その存在を脅かしたのは『マイスモールランド』であった。
第4位の『愛なのに』は、
初恋、片想い、無償の愛(アガペー)、遊びとゲームの愛(ルダス)、情欲的な愛(エロス)、
永続的な愛(プラグマ)、自己愛(フィラウティア)など、
様々な「恋」や「愛」の形態が描かれ、それでいて爽やかで軽やかで面白く、笑えもして、
個人的に一番好きな作品であった。
ブルーレイディスクも購入し、何度も見たし、
メイキング映像や、オーディオコメンタリー等も楽しんだ。
これから先も何十回と鑑賞するであろう映画であった。
第6位の『余命10年』は、
藤井道人監督によって小松菜奈の代表作が誕生したことの、
第7位の『流浪の月』は、
李相日監督によって広瀬すずの代表作が誕生したことの喜びが、
その順位となって表された。(コラコラ)
上記ベスト10以外にも、
『前科者』
『真夜中乙女戦争』
『ノイズ』
『さがす』
『ツユクサ』
『きさらぎ駅』
『ハケンアニメ!』
『恋は光』
『冬薔薇』
『サバカン SABAKAN』
『百花』
『よだかの片想い』
『メタモルフォーゼの縁側』
『さかなのこ』
『LOVE LIFE』
『もっと超越した所へ。』
『あちらにいる鬼』
『ある男』
『川っぺりムコリッタ』
『マイ・ブロークン・マリコ』
『窓辺にて』
『月の満ち欠け』
『ケイコ 目を澄ませて』
『夜、鳥たちが啼く』
なども強く印象に残っており、
2022年も、傑作、秀作の多い一年であったと思う。
【監督賞】
早川千絵『PLAN 75』
川和田恵真『マイスモールランド』
城定秀夫『愛なのに』『女子高生に殺されたい』『夜、鳥たちが啼く』
廣木隆一『ノイズ』『夕方のおともだち』『あちらにいる鬼』『月の満ち欠け』
片山慎三『さがす』
白石和彌『死刑にいたる病』
李相日『流浪の月』
深田晃司『LOVE LIFE』
中江裕司『土を喰らう十二ヵ月』
石川慶『ある男』
三宅唱『ケイコ 目を澄ませて』
「この映画で何を伝えたいのか……」かが、
はっきり伝わってくるメッセージ性の高い2つの作品の監督を選んだ。
『PLAN 75』の早川千絵監督と、
『マイスモールランド』の川和田恵真監督。
監督経験がそれほど多くない女性監督という共通点があるが、だからこそ、
どちらも真摯で、ストレートな思いが見る者に伝わってくる傑作となっている。
今後も、優れた女性監督が次々と現れて、
映画界に新風を吹き込んでほしいと切に願う。
【主演女優賞】
倍賞千恵子『PLAN 75』
小松菜奈『余命10年』
菜葉菜『夕方のおともだち』
広瀬すず『流浪の月』
芦田愛菜『メタモルフォーゼの縁側』
木村文乃『LOVE LIFE』
寺島しのぶ『あちらにいる鬼』
田中裕子『千夜、一夜』
小雪『桜色の風が咲く』
岸井ゆきの『ケイコ 目を澄ませて』
『PLAN 75』のレビューで、
この映画を「傑作」にしている第一の功労者は、
やはり、主人公の角谷ミチを演じた倍賞千恵子であろう。
多くの皺がある素顔に近い顔で演じていたのだが、
その静かな演技が見事で、唸らされた。
説明的な描写がほとんどない映画なので、
表現は難しかったと思うが、その苦労を、
台本ではもっと描かれているところを、監督はずいぶんけずっていらっしゃいます。演じながら、何にも言わないでいることの難しさを思いました。ミチが思っていることを、その場にいるだけで何も言わずに表現するには、自分の肉体がそうなっていないと表現できませんから。(パンフレットのインタビューより)
と、語っていたが、
ただ佇んでいるだけで、ミチの心情が見る者にも伝わってきて秀逸であった。
と書いたが、
倍賞千恵子が居たればこそ……の『PLAN 75』であったと思う。
最優秀主演女優賞も、倍賞千恵子以外考えられなかった。
【主演男優賞】
村上淳『夕方のおともだち』
森田剛『前科者』
阿部サダヲ『死刑にいたる病』
間宮祥太朗『破戒』
伊藤健太郎『冬薔薇』
菅田将暉『百花』
沢田研二『土を喰らう十二ヵ月』
妻夫木聡『ある男』
山田裕貴『夜、鳥たちが啼く』
東出昌大『天上の花』
映画『夕方のおともだち』は、
菜葉菜の主演作ということで見に行ったのであるが、
菜葉菜のみならず、村上淳の演技も秀逸で、
強く印象に残った。
『夕方のおともだち』のレビューを少し引用する。
仕事が終わると、職場の仲間の誘いも断り、
夜な夜なSMクラブに通うヨシダヨシオは、
筋金入りの“ドM”で、ハードなプレイを好む。
鞭で叩かれたりするのは勿論、あそこの袋を釘で打ち付けられたり、
見ているこちらが「ウッ」と声が出そうになるくらい激しいプレイでないと満足できない。
いや、本当は、それでも満足できてはいないのだ。
“伝説の女王様”ユキ子から受けた死ぬほどに激しいプレイが未だに忘れられずにいるのだ。
あのときの快感が得られれば「死んでもいい」と思うほどにユキ子とのプレイを渇望している。
……こう書くと、単なるハードなSM譚のように思われるかもしれないが、
本作の『夕方のおともだち』は、そうはなっておらず、
ヨシオとミホを演じた村上淳と菜葉菜が、
SMプレイの最中においても、日常生活においても、普通のセックスにおいても、
クスッと笑うような可笑しみや、
ホロッとするような哀しみの感情までも上手く表現していて感心させられた。
このような難しい題材を、これほど面白く提供し、
美しい“愛の物語”にまで昇華させたのは、
村上淳の演技力があったればこそ……だと思った。
最優秀主演男優賞に村上淳を選んだ所以である。
【助演女優賞】
河合優実『ちょっと思い出しただけ』『愛なのに』『女子高生に殺されたい』『PLAN75』他
石井杏奈『破戒』
宮本信子『メタモルフォーゼの縁側』
清野菜名『キングダム2 遥かなる大地へ』『ある男』
尾野真千子『サバカン SABAKAN』『ハケンアニメ!』『千夜、一夜』
原田美枝子『百花』
満島ひかり『川っぺりムコリッタ』
安藤サクラ『ある男』
松本まりか『夜、鳥たちが啼く』
入山法子『天上の花』
2022年の河合優実出演映画が、
『ちょっと思い出しただけ』(2022年2月11日公開、松居大悟監督)
『愛なのに』(2022年2月25日公開、城定秀夫監督)
『女子高生に殺されたい』(2022年4月1日公開、城定秀夫監督)
『冬薔薇』(2022年6月3日公開、阪本順治監督)
『PLAN75』(2022年6月17日公開、早川千絵監督)
『百花』(2022年9月9日公開、川村元気監督)
『線は、僕を描く』(2022年10月21日公開、小泉徳宏監督)
『ある男』(2022年11月18日、石川慶監督)
と、8作もあることに驚かされるが、
8作全部が異なる役柄であり、それぞれを見事に演じ分けていたことに、
鑑賞する度に驚かされた。
特に、『愛なのに』『PLAN75』での演技は素晴らしく、
彼女の演技が両作品を傑作へと押し上げる推進力となっていた。
河合優実の出演作は今後もすべて見に行くつもりでいる。
【助演男優賞】
ダンカン『千夜、一夜』
横浜流星『流浪の月』
磯村勇斗『前科者』『PLAN 75』『さかなのこ』
矢本悠馬『破戒』
永山絢斗『冬薔薇』『LOVE LIFE』
中島歩『愛なのに』『よだかの片想い』
三浦友和『ケイコ 目を澄ませて』
当初、磯村勇斗か中島歩で迷っていたのだが、
『千夜、一夜』を見るに至り、考えが変わった。
その『千夜、一夜』のレビューで、私はダンカンについて、次のように記している。
登美子が「待つ女」なら、
登美子に長年思いを寄せている漁師の春男は、「待つ男」だ。
登美子と春男はずっと同じ島で生きている。
小さな町で生まれて、育って、そこで亡くなっていく人ってたくさんいると思うし、幼い頃から好きだった人のことをずっと思っている男も結構いるんだろうなあと思った。(「読売新聞」インタビューより)
と、春男を演じたダンカンは語っていたが、
拒絶されても拒絶されても、何度も登美子に言い寄る春男は「なさけない男」にも見えるが、
何十年も一人の女性に思いを寄せる心情には共感する部分もあり、切なかった。
「待つ」ということに関しては、
ダンカン自身も「待っている」部分があると言う。
8年前に47歳で妻(初美さん)が亡くなっているからだ。
もう、それは現実的に戻ってくるものでもないのはわかってるけど、なんかこう、ふっとドアが開いて「遅くなってごめん」「お買い物、ちょっと延びちゃった」って、そういうことが起きるんじゃないかなって常に思ってる。ないのはわかってても。たぶん、俺だけでなく、大切な人を亡くされた方の多くは、心の隅ではどこかそういうことを思ってると思うんですね。(同上)
このような経験をしてきたからこそ、
朴訥とした中にも激しい情熱を秘めた演技ができたのであろう。
田中裕子の相手役として「自分の闘志を燃やすため」に、
あえて「1級小型船舶免許」を取得した上で(漁師の)春男を演じたダンカンは、
もはや、長年、海で仕事をしてきた男にしか見えず、
スクリーンで田中裕子と対峙したときに見劣りしなかったのは、
こういった本作にかけるダンカン自身の強い思いや努力があったからだろうと思った。
ダンカンの一作へかける思いが、他の誰よりも勝っていたように感じた。
【新人賞】
嵐莉菜『マイスモールランド』
【嵐莉菜】
2004年5月3日生まれ、埼玉県出身。
「ミスiD2020」でグランプリ&ViVi賞のW受賞。
2020年よりViViで専属モデルとして活躍中。
日本とドイツにルーツを持つ母親とイラン、イラク、ロシアのミックスで、
日本国籍を取得している父親がいる。
本作が映画初出演にして初主演となる。
嵐莉菜について、川和田恵真監督は、
とても華やかなイメージを持っていましたが、オーディションの際、彼女がアイデンティティに葛藤をもっていたことや、「自分のことを日本人と言いたいけど、言っていいのかわからない」と思っていたことを話してくれました。彼女になら、複雑なバックグラウンドをもっている、本作の主人公を任せることができるなと思いました。また、莉菜さん、本人のキャラクターと、演じた時のギャップに驚きました。堂々としていて、とても自然で素晴らしい演技をみせてくれました。サーリャのもつ複雑な気持ちを表現してくれ、オーディションの時から、この役を生きてくれていると感じました。自分の役として感じたことを言葉にして伝えてくれた莉菜さんから受け取ったことも多く、初めて同士なので、お互いに成長し合うことができました。
と語っていたが、
川和田恵真監督が見抜いたその才能は遺憾なく発揮され、
嵐莉菜は、瑞々しくも、デビュー作とは思えない落ち着いた演技で、
サーリャが抱く複雑な感情を巧みに表現していて秀逸であった。
嵐莉菜自身も、
オーディションのお話をいただいたとき、この役は絶対に私が演じたい!と思いました。主演に決まったと聞いた時はとても嬉しかったです。それと同時に初めての本格的な演技に不安も感じました。私の演じたサーリャは、国籍に悩みを持っている役柄。自分も、小学校の時は、たいしたことじゃなくてもネガティブに捉えてしまって、アイデンティティについて悩むこともありました。この役を演じさせていただくことになって、クルド人の高校生の女の子と実際に会いお話をする機会をいただき、同級生と同じようにLINEを交換したり、K-POPアイドルの話でもりあがったり(笑)不自由な想いをしているはずなのに、とても前向きで明るく生きている姿に勇気をもらいました。この物語は、実はとても身近な問題なので、私が演じることで、そのことを知ってもらえたら嬉しいです。
とコメントしていたが、
自らもアイデンティティについて悩んでいたからこその、
体験に根ざした深い演技であったと思う。
【作品賞・海外】
『ナイトメア・アリー』
私は、ギレルモ・デル・トロ監督作品が好きで、
過去には『パンズ・ラビリンス』(2007年)を絶賛し、
『シェイプ・オブ・ウォーター』(2018年)を、
第5回 「一日の王」映画賞(2018年公開作品)の外国映画の作品賞に選出している。
さほどに愛しているギレルモ・デル・トロ監督の新作『ナイトメア・アリー』は、
魔界であり、異形の世界、
迷宮であり、悪夢の世界を彷徨う、
ワクワクドキドキの150分であったし、
期待に違わぬ傑作であった。
新型コロナウイルスも4年目に突入。
ようやく、政府は、今年(2023年)5月8日から、
新型コロナウイルス感染症を、
季節性インフルエンザと同じ「5類」に引き下げると決定したけれど、
この3年間、人類はこの新型コロナウイルスに対して、「何も出来なかった」感が強い。
コロナワクチンの効果もあったのか、なかったのか、いまひとつはっきりしない。
今はただ自然消滅するのをジッと待っている状態のようにも見える。(笑)
2年前、
映画『わたしの叔父さん』のレビューをこのブログに書いたとき、
その前置きとして、
新型コロナウイルスと100年前のスペインかぜとの比較を書いた。(コチラを参照)
100年も経っているし、医学も化学も進歩しているし、
スペインかぜのようにはならないかも……と期待したが、
残念なことに、今回の新型コロナウイルスも、
100年前のスペインかぜと同じような経過をたどり、同じような年月を費やし、
ようやく季節性インフルエンザと同じレベルの病に引き下げられようとしている。
その間、人類はあれこれやったが、終息も、収束もせず、
結局、スペインかぜのときと同じように、
過ぎ去っていくのを黙って見守るしかできない状況になっている。
なんと人類は無力なことか。
ノーベル賞級の頭脳を集結しても、戦争ひとつ無くせないように、
ノーベル賞級の頭脳を集結しても、新型コロナウイルスに対しても何もできなかった……
というガッカリ感。
この3年は、「人類は大した存在ではない」ということを再認識した年月だったようにも感じた。
この「どうしようもない生き物」である人間を、
いろんな閉塞感のある空間で描き出していたのが、
2022年に見た映画の特徴であったように感じた。
今年(2023年)は、はたして……