MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『ザ・ウォーカー』 0点

2010-06-22 00:34:10 | goo映画レビュー

ザ・ウォーカー

2010年/アメリカ

ネタバレ

‘ザ’という暗示

総合☆☆☆☆☆ 0

ストーリー ☆☆☆☆☆0点

キャスト ☆☆☆☆☆0点

演出 ☆☆☆☆☆0点

ビジュアル ☆☆☆☆☆0点

音楽 ☆☆☆☆☆0点

 本にまつわる映画としてフランソワ・トリュフォー監督の『華氏451』(1966年)やジャン=ジャック・アノー監督の『薔薇の名前』(1986年)などがある。両作品ともに決して出来は悪くはないのであるが、傑作とはいえない。つまりそれほど映画で本を扱うことは難しいのではあるが、いくらなんでも『ザ・ウォーカー』の物語展開は酷すぎる。
 大規模な戦争で文明が崩壊した後の世界でイーライが西に向かって本を運んでいるのである。既に歩き続けて30年経っているらしい。いくら徒歩でも30年歩き続ければ地球を一周してしまいそうなのであるが、それはともかく問題なのはその本が聖書ということである。世界一のベストセラーである聖書ならばあらゆる本がなくなっても一番最後まで残るはずなのだが、何故かイーライしか所有しておらず、彼が持っている聖書を巡って争いが起こるというストーリーは受け入れにくい。表紙に‘BIBLE’とはっきり書かれているのであるが、表紙は変えて持ち歩かないと危険である。
 イーライがソラーラと老夫婦(彼らは何故か Anita Ward の「Ring My Bell」を聴いている)の家にいた時にカーネギーたちが襲ってくるのであるが、イーライが本としてカーネギーの方へ2階から投げたものが爆弾だと分かった時に何故イーライの方へ投げ返さなかったのか不自然であり、盲目のイーライが短時間でテレビ受像機の中に本を隠すことができたこともありえない。
 物語が‘壊れている’ことを一概に非難するつもりはないのであるが、物語を敢えて壊すのならば敢えて壊す理由がなければならないと思う。しかし『ザ・ウォーカー』のはその必然性が感じられないために失敗と見做さざるをえない。
 先日、モーガン・フリーマンとアントニオ・バンデラスが主演していた『ザ・エッグ』というポンコツ映画を観たばかりなのだが、今回もデンゼル・ワシントンとゲイリー・オールドマンが主演ということで名前につられて期待して懲りもせずにひょこひょこ観に行った私がバカだったというのならばその通りなのであろう。これからはタイトルに‘ザ’がつく作品には細心の注意を払いたいと思う。


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きちんとたちあがれ新党日本

2010-06-22 00:02:54 | Weblog

参院選、新党日本は擁立見送り 国民新候補を支援(共同通信) - goo ニュース

 2010年4月に結成された「たちあがれ日本」が略称を新党日本と同じ「日本」で

届け出て総務省が受理した時に新党日本代表の田中康夫に大いに同情したもの

だが、この記事を読んで「新党日本の国会議員は現在、衆院議員の田中氏1人」

と書かれてあり、確か前回の衆議院選挙で比例で平山誠が当選しているのに何故

1人しか国会議員がいないのか不思議に思ったのだが、何と平山誠は新党日本に

入っていないのである。比例で当選しているのに入らなくても構わないところが理解

しにくい上に、新党日本は余りにも離合集散が激しすぎてこれでは議席を与えても

結局どうなるのか分からないから票を入れることはありえないから、政党名を変えた

方が分かりやすくなると思う。アイロニーを込めて。


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