問題は最初のタイトル「One, Two, Buckle My Shoe」である。これはマザー・グースの童謡の一節から採られており、「いち、にい、わたしの靴の留金を締めて」をなぞるように実際にポアロはメイベル・セインズバリイ・シールがタクシーのドアに引っかけて落としたエナメル靴のバックルを拾ってあげたりしている。(p.30)
ところでこの「Buckle My Shoe」をリーダーズ英和辞典で調べてみると韻俗語として「ユダヤ人(Jew)」という意味があり、そういう観点から見るならば、モーリイの秘書のグラディス・ネヴィルが「ブラントの奥さんはたしかに有力なユダヤ人だった」と証言し、さらに「ユダヤ人たちは若い貧しい人たち ― フランクのようなおとなしい青年たち ― まで搾取したもんだから、しまいにはあの人たち、あんな行為をなにかすてきな愛国的だと思いこむようになったんですわ。」(p.296-297)と語っている。
つまり「ボクシングのワンツーパンチを用いるユダヤ人」と解釈した「One, Two, Buckle My Shoe」を「The Patriotic Murders」に変えるということは視点を「保守派」から「革新派」に変えたということになると思うのである。だから何なのかと訊かれるならば、クリスティーの「肩入れ度合い」のように見えなくもないのだが、何故二、三ヵ月で心変わりしたのかは分からないし、そもそもタイトルを変更することは珍しいことではないらしい。