MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『ドリーム』

2017-11-30 00:04:09 | goo映画レビュー

原題:『Hidden Figures』
監督:セオドア・メルフィ
脚本:セオドア・メルフィ/アリソン・シュローダー
撮影:マンディ・ウォーカー
出演:オクタヴィア・スペンサー/キルステン・ダンスト/ジャネール・モネイ/ケビン・コスナー
2016年/アメリカ

宇宙開発に関するソ連とアメリカの差について

 1961年4月12日にユーリ・ガガーリンの操縦によるボストーク1号でアメリカが史上初の有人宇宙飛行をソ連に先を越された原因は、数学者のキャサリン・ゴーブル・ジョンソン、エンジニアのメアリー・ジャクソン、IBMコンピューターのFORTRAN(フォートラン)を独学で習得したドロシー・ヴォーンをはじめとする有能な黒人女性たちに対する差別によるものだというのが本作のメッセージであろう。つまり彼女たちは「隠れた人材(Hidden Figures)」だったのだが、実際は、NASAは他の組織よりも早く、1961年以前に差別は撤廃されていたことは憶えていた方が良い。
 宇宙飛行士のジョン・グレンが彼女たちにフレンドリーだったのが事実だったのかどうか寡聞にして知らないが、部下のドロシーに対する白人女性上司のヴィヴィアン・ミッチェルの感情は社会的立場を鑑みた時、人種と性別の間で葛藤があったのだろうか?


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『ノクターナル・アニマルズ』

2017-11-29 00:50:37 | goo映画レビュー

原題:『Nocturnal Animals』
監督:トム・フォード
脚本:トム・フォード
撮影:シェイマス・マクガーヴェイ
出演:エイミー・アダムス/ジェイク・ギレンホール/マイケル・シャノン/アイラ・フィッシャー
2016年/アメリカ

 聡明な人間同士だからこそ成り立つ「復讐」について

 主人公のスーザン・モローはモダンアートのギャラリーを経営しているのだが、ある日、元夫のエドワード・シェフィールドから『夜の獣たち(Nocturnal Animals)』というタイトルの原稿が送られてくる。「スーザンに捧げる(For Susan)」と書かれた小説を読みだしたスーザンは、かつて母親のアンの反対を押し切ってエドワードと結婚したのはよかったのだが、小説家として目が出ないエドワードとの関係がギクシャクしだして、ハットン・モローのアドバイスでエドワードとの間にできた子供を勝手に堕胎して別れてしまい、モローと再婚して現在に至っている。
 『夜の獣たち』の内容は主人公のトニー・ヘイスティングスが妻のローラと娘のインディアと一緒に旅行に行く途中でレイ・マーカス、ルー、タークの3人に襲われ、結果的にトニ―は隠れて助かったのだが、妻と娘は強姦の末に殺されてしまい、残されたトニーはボビー・アンデス刑事の助けを得ながら3人を探すことになる。
 何故スーザンが『夜の獣たち』に囚われてしまうのか勘案するならば、この小説がスーザンとエドワードの関係のメタファーになっているからであろう。エドワードとトニーは同じジェイク・ジレンホールが演じているのだから言うまでもないが、殺されたローラとインディアはスーザンと堕胎された子供を暗示しているであろうし、トニ―と一緒に乗車したルーはスーザンの母親のアンを、あまり目立たないタークはスーザンの娘のサマンサのボーイフレンドを、そしてレイ・マーカスは離婚の原因となり今ではスーザンを裏切って浮気をしているハットンを指しているであろう。
 スーザンはエドワードの誘いでレストランで待ち合わせをするのであるが、エドワードは来なかった。その時スーザンは、誤射なのか意図的なのかはよく分からないが小説のラストでトニーが自ら腹部に撃って死んだことと同時に、自身では覚えのない、8年前に購入したとされる「REVENGE(復讐)」と書かれたオブジェを思い出す。その時からエドワードは虎視眈々と狙っていたのである。


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「Eat You Up」 Angie Gold 和訳

2017-11-28 00:14:11 | 洋楽歌詞和訳

ANGIE GOLD ''EAT YOU UP'' (ORIGINAL MIX) (1985)

 荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)」が32年振りに再びヒットしているのだが、

何故か原曲のアンジー・ゴールド(Angie Gold)の「Eat You Up」の和訳が見当たらないのは、

正確な歌詞が定まっていないからかもしれない。ここではロジカルな歌詞を和訳する。

「Eat You Up」 Angie Gold 日本語訳

一度はあなたは私を愛していると言った
私しかいないと言っていた
時が過ぎた今私には分かったことがある
あなたはかの有名な......
(バカ野郎(=Son of a bitch)だって)

私をもてあそぶなんて賢い行動ではなかったのよ
だって余りにも長く私をそばに置いたから
あなたは多くの嘘の代償を払わなければならないからよ
私はあなたを元の場所でひれ伏させるつもりなの
(そこがあなたのいる場所)

私はあなたを食べ尽して吐き出して
徹底的にやっつけるつもりなの
私はあなたをからかって興奮させて
あなたの全ての退却の道を断つつもりなの

私はあなたを食べ尽して吐き出すつもり
二度とこんなところに来たくないとあなたは願うことになるのよ
私はあなたをからかって興奮させて
この街から追い出すつもりなの

私が浮気を大目に見ると信じるほど
あなたがバカだったとは
私はあなたの裏切りは全て把握しているから
あなたにそのままお返ししてあげる
(成り行きを見守っていなさい)

あなたは私を車で連れ出して殺すつもりだったの?
私はあなたがしているゲームの駒の一つだったのね
でもあなたには思慮分別がないものだから
同じことは二度とできないの
(大失態をやらかしたのよ)

私はあなたを食べ尽して吐き出して
徹底的にやっつけるつもりなの
私はあなたをからかって興奮させて
あなたの全ての退却の道を断つつもりなの

私はあなたを食べ尽して吐き出して
この街から追い出すつもりなの

あなたを食べ尽して吐き出して
あなたをからかって興奮させる

私は簡単に傷つくような女の子じゃないのよ
だって私はたくましく成長したのだから
あなたが私にしてきたことは私にとっては面白いものではない
あなたは警戒した方がいいわよ
(彼女は荒っぽい行動がとれる)

私はあなたを食べ尽して吐き出して
徹底的にやっつけるつもりなの
私はあなたをからかって興奮させて
あなたの全ての退却の道を断つつもりなの

あなたを食べ尽して吐き出して
あなたをからかって興奮させる

私はあなたを食べ尽して吐き出して
徹底的にやっつけるつもりなの
私はあなたをからかって興奮させて
あなたの全ての退却の道を断つつもりなの

私はあなたを食べ尽して吐き出すつもり
二度とこんなところに来たくないとあなたは願うことになるのよ
私はあなたをからかって興奮させて
この街から追い出すつもりなの

私はあなたを食べ尽して吐き出して
徹底的にやっつけるつもりなの

 この曲の再ヒットで最も驚いたことは荻野目洋子が放つ「現役感」である。

荻野目洋子さん『ダンシング・ヒーロー』の歌詞
ダンシングヒーロー
words by カイトベイカーシノハラヒトシ
music by カイトベイカー
Performed by オギノメヨウコ

荻野目洋子/ダンシング・ヒーロー(Eat You Up) MV [New Dance Ver.] (Short Ver.)


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『西城家の饗宴』

2017-11-27 00:23:29 | goo映画レビュー

原題:『西城家の饗宴』
監督:鈴木英夫
脚本:新藤兼人
撮影:渡辺公夫
出演:菅井一郎/瀧花久子/千秋実/中北千枝子/三條美紀/荒川さつき/若山セツ子
1951年/日本

映像作家としての新藤兼人の「演出論」について

 作品冒頭において主人公の西城晋作が長男の浩太郎の長男の赤ん坊のヒロシを背負って歩いているのだが、カット割りをしながら晋作が右から左に歩いていく演出に監督のセンスの良さを感じる。
 元海軍大佐の晋作は今は失業中で、家には妻の民江、長男の妻の孝子、戦死した次男の妻の咲枝、次女の敦子と三男で学生の泰三郎が一緒に暮らしており、長男の浩太郎が富士銀行に勤めて家計を支えている。長女の藤子は鯉口駿介と結婚して家を出て、身ごもっている。
 咲枝の酒井三郎との再婚や、藤子の早産による入院費や、敦子が山下芸能社の社長に騙されて借りた5万円などの出費で、晋作はついに敦子の伝で勤め始めたばかりの劇作協会のお金に手をつけてしまうのである。
 追い詰められた晋作が取った行動は意外なものだった。晋作は海軍大佐時代を思い出すような行動を取って気が狂ったような振りをするのであるが、これは突飛な演出なのだろうか。敦子が映画のニューフェイス志願しているのだが、何度も試験に落ちて「天気座」という新劇の研究生であることを鑑みるならば、演技の勉強をしている敦子の芝居はダメで、素人の晋作の芝居が通用することが皮肉として見えなくはないのである。
 しかしそんな晋作の「演技」は晋作が大好きなパイプを持っていることに気がついた民江によって嘘だとバレてしまい、家族を一丸にまとめようとした晋作の目論みは失敗してしまう。ところがラストにおいて劇作協会と富士銀行の十四分会の草野球の試合が行われ、相手が打った球を晋作が見事にキャッチすることで応援に駆け付けた5人の女性たちが一斉に喜ぶシーンで本作は終わるのであるが、「ロール(role)」というものを考えた時、「演劇」の役よりも野球の役割の方が人を魅了して一丸にさせるところがその後の映画監督としての新藤兼人の「演出論」として興味深いのである。
 山下芸能社の出入り口に『地獄への道』(ヘンリー・キング監督 1939年)のポスターが貼られているギャグも面白いのだが、本作と『安城家の舞踏會』(吉村公三郎監督 1947年)の関係を、『カルメン故郷に帰る』(木下惠介監督 1951年)と『カルメン純情す』(木下惠介監督 1952年)の関係と比較してフィクションとメタフィクションを考察してみるのも面白いと思う。


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『囁く死美人』

2017-11-26 00:04:55 | goo映画レビュー

原題:『囁く死美人』
監督:村山三男
脚本:目白一夫
撮影:宗川信夫
出演:川崎敬三/万里昌代/花布辰男/緋桜陽子/浜田ゆう子/響令子/堀川真智子/緑愛子
1963年/日本

トリックと精神錯乱の「不均衡」について

 河田病院に勤務している主人公の外科医の菅英一は院長の河田善之助に気に入られ娘の令子との縁談の話が進みだしていたのだが、同病院に勤務している看護婦の丹羽不二子は気が気ではなかった。不二子は英一と密かに付き合っていたからなのだが、病院の後継者にもなれるという縁談話を英一が断る理由はなかった。
 自分の子供を身ごもったと言って執拗に令子と別れるように強要するようになった不二子が煩わしくなった英一は病院の敷地内にあるプールまで鎮静剤で眠っている不二子を担いで溺死させた。
 一週間後に不二子が遺体となって見つかった後に、英一は令子と新婚旅行に行くのであるが、帰ってきてから奇妙な出来事が起こる。しかしここら辺りから演出が怪しくなる。例えば、見知らぬ女が河田家に松葉杖を残して立ち去っていったり、不二子の筆跡のメモを外科医院長の部屋に残していくシーンなどは納得できるが、英一が運転している車のバックミラーに不二子の顔が映り、振り向くと背後には誰もいないシーンや、夜中にうなされて起きると妻の令子の顔が不二子の顔に見えて寝室から追い出すシーンなどは「トリック」としてはありえない。つまり本作は「トリック」の部分が弱くその巧みさと英一の高じる精神錯乱の比率が噛み合わずラストのオチが御座なりのように感じるのであるが、英一を演じた川崎敬三の熱演は高く評価されるべきであろう。


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オットー・ネーベルの作風について

2017-11-25 01:41:28 | 美術

 渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムでは「オットー・ネーベル展 Otto Nebel」が

催されている。

 当初、ネーベルの作風はマルク・シャガール(Marc Chagall)の影響が濃く、例えば

「アスコ―ナ・ロンコ(Ascona Ronco)」(1927年)という水彩画はシャガールの

作品といわれても疑わない程である。

 やがてネーベルの関心は建物内部に向かう。これは同時代のドイツ系アメリカ人画家の

リオネル・ファイニンガー(Lyonel Feininger)が建物外部に関心が向かったことと対照を

なすそうである。

 「高い壁龕」(1930年)頃から規則的なものに惹かれ始めたネーベルは1931年に

「イタリアのカラーアトラス(Color Atlas)」という色彩地図帳を作成する。

 ネーベルはこの地図帳でその場の色調と光彩の強さを形や大きさで表現することで自身の

抽象絵画のベースを築き上げるのである。

 その後、ネーベルは1935年に妻からプレゼントされた『易経』を参考にヘキサグラム

や文字などを積極的に取り入れる。

 「輝く黄色の出来事(Events in the Light Yellow)」(1937年)を描いたネーベルが

他の抽象画家と決定的に違う点は、後期ネーベル作のほとんどが印象派の画家の意図とは

異なる「点描画」であるところで、一筆ではなく手間をかけているだけ、パウル・クレー

(Paul Klee)やワシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky)などの同時代の画家の

作品よりも艶がありとても美しいのである。


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「Elstree」 The Buggles 和訳

2017-11-24 00:40:09 | 洋楽歌詞和訳

The Buggles - Elstree

 結局、「ラジオ・スターの悲劇(Video Killed the Radio Star)」に限らず、ザ・バグルス

(The Buggles)でトレヴァー・ホーン(Trevor Horn)が表現しようとしていたことは

ノスタルジーだったのではないのかと今ならわかる。「思い出のエルストリー(Elstree)」に

しても「英国版ハリウッド(British Hollywood)」と呼ばれる街について今はテレビ局で

働いている主人公の「思い出」として歌われているのである。以下、和訳。

「Elstree」 The Buggles 日本語訳

アクション!

僕はスタジオの裏で夢を見ていた
俯瞰から自分の人生を見るように
フィルムのコマのパレードの中は笑顔ばかりで
全てのスチール写真は君が撮った映画からのものだった
「ラ・ジョコンダ(La Gioconda)」でコーヒーを飲んだ後
僕たちはそれをエソルド座で観たんだ

エルストリー、僕を憶えているだろうか
僕はB級映画で役を与えられて
歴史上の人物を演じたんだ

僕は決闘のシーンでノックアウトした振りはしなかった
僕にはスタントマンがいたからスーツはきれいなままだった
即興で歌をつくる技術はなかったから
もしも君が間違えようものなら
オーケストラを止めるんだ

エルストリー、僕を憶えているだろうか
僕はB級映画で役を与えられて
歴史上の人物を演じたんだ
エルストリー、僕を見て
僕は今BBCで働いている
人生は以前のものではないんだ

エルストリー

彼らは戦闘地域で勝利した
僕は一人で敵を倒した
全ての銃弾は僕の頭を逸れていった
現実味はない
ここでは誰も死なないのだから

エルストリー、僕を憶えているだろうか
僕はB級映画で役を与えられて
歴史上の人物を演じたんだ

エルストリー

カット!


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「No Bridge I Wouldn't Cross」 David Cassidy 和訳

2017-11-23 00:18:57 | 洋楽歌詞和訳

David Cassidy - No Bridge I Wouldn't Cross (Live)

米俳優・歌手のデビッド・キャシディさん死去
デビッド・キャシディ氏死去=米俳優・歌手

 デヴィッド・キャシディ(David Cassidy)は個人的には若い頃よりも円熟した頃の方が

好きだったから訃報は残念だった。以下、和訳。

「No Bridge I Wouldn't Cross」 David Cassidy 日本語訳

何も言わなくていい
君の言葉はナイフのような切れ味だから
考えることさえしなくていい
君の心の内を僕は全て読めるのだから

僕がどれほど寂しい思いをしていたのか君は想像さえできないようだ
君がいなくなって何千年という感覚だったのに
だからもう出て行くなんて言わないで欲しい
あのドアから出て行かないで欲しい

僕には渡らな橋はない
広すぎる河なんてないんだ
もしも君が僕を置いて行くというのなら
僕は君を探しだすつもりだ
僕を邪魔できるものなどないのだから

拒まないで欲しい
愛を押しとどめるということは
君に真の痛みをもたらすこともあるのだから
これが僕たちの唯一のチャンスなのだから
逃さないで欲しい

また君の人生の休息日がきた
僕たちは両腕で人生を抱きしめて
絶対の逃さないようにしよう
今こそお互いを抱きしめ合うのさ
僕は世界そのものを知りたいんだ

僕には渡らな橋はない
広すぎる河なんてないんだ
もしも君が僕を置いて行くというのなら
僕は君を探しだすつもりだ
僕を邪魔できるものなどないのだから

どんなことをしても僕は成功させる
僕には渡らな橋はない
僕はただ君と一緒にいたいだけなのだから
もう一度僕の両腕で君を抱かせて欲しい

君が多くのことを知りすぎたと誰かが言ったけれど
僕があらゆる嘘を聞いて
泣き尽したことを彼らは知らないんだ
こんどこそ僕の番だ

僕には渡らな橋はない
広すぎる河なんてないんだ
もしも君が僕を置いて行くというのなら
僕は君を探しだすつもりだ
僕を邪魔できるものなどないのだから

どんなことをしても僕は成功させる
僕には渡らな橋はない
僕はただ君と一緒にいたいだけなのだから
もう一度僕の両腕で君を抱かせて欲しい


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『ザ・サークル』

2017-11-22 00:24:40 | goo映画レビュー

原題:『The Circle』
監督:ジェームズ・ポンソルト
脚本:ジェームズ・ポンソルト/デイヴ・エガーズ
撮影:マシュー・リバティーク
出演:エマ・ワトソン/トム・ハンクス/ジョン・ボイエガ/カレン・ギラン/ビル・パクストン
2017年/アメリカ

監視カメラから逃れられる「面白くないプライバシー」について

 新興IT企業の「ザ・サークル」は超小型監視カメラによる「シーチェンジ(SeeChange)」と呼ばれるシステムの開発により世界中を掌握でき、例えば、指名手配されている犯罪者も10分ほどで逮捕できるまでになる。主人公のメイ・ホランドは海で遭難しかけた際にカメラによって救助されたことをきっかけに自ら実験台として小型カメラを身に着けることで24時間プライベートを晒すことになるのだが、幼なじみのマーサーや友人のアニー・アラートンやメイの両親などに迷惑がかかることになる。
 本作に関してストーリー展開が御座なりという批判があるのだが、例えば、映し出されるメイの映像に「ザ・サークルのメンバーの誰にも子供がいない」や「退屈だ」などの文字が流れてくる。それはメイの映像と共に本作自身の批評にもなっているはずである。さらにイーモン・ベイリーとトム・ステントンの疑惑をメイが公に暴き出すことで二人を退陣に追い込んだ後、メイは趣味のカヤックを楽しんでいる自分自身をカメラに映されているところで本作は終わるのだが、それは「いいね!」を放棄して孤独であるならば、誰も興味を持たないプライバシーを晒しても問題はないというアイロニーではないのだろうか。
 ちなみに「シーチェンジ(SeeChange)」とは「Sea change(著しい変貌)」のもじりである。


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『ゴッホ~最期の手紙~』

2017-11-21 00:50:00 | goo映画レビュー

原題:『Loving Vincent』
監督:ドロタ・コビエラ/ヒュー・ウェルチマン
脚本:ドロタ・コビエラ/ヒュー・ウェルチマン/ジャック・デーネル
撮影:トリスタン・オリバー
出演:ダグラス・ブース/ロベルト・グラチーク/エレノア・トムリンソン/ジェローム・フリン
2017年/ポーランド・イギリス

兄のものよりも気になる弟の死因について

 フィンセント・ファン・ゴッホが描いた郵便配達人のジョゼフ・ルーランの息子のアルマンを狂言回しとしてゴッホの死の謎に迫るサスペンスとして面白いものだと期待して観に行った。どこから拳銃を入手したのか、何故頭部ではなく腹部を撃ったのか、どうして弾道が低かったのか、何故銃弾が腹部を貫通しなかったのかなど多くの疑問が提示されるのだが、結局オチは誰もが予想できるくらいの平凡なものだった。
 それでもゴッホの筆のタッチが好きな人ならば誰でも楽しめるものではあるのだが、個人的には本作を観て逆に疑問が生じてしまった。それはゴッホの死因ではなくてゴッホの弟のテオの死因である。本作ではテオは梅毒で亡くなったとしており、さらにテオはゴッホが生きていた時点で「ステージ3」の重篤な症状だったようである。妻も幼い子供もおり経済的に困窮していたテオがどうして梅毒を患ったのか? 寧ろ自分の先が見えてしまい、なおかつ家族にも伝え難い梅毒という病気を患ったテオが自分が死ぬ前に家族の「お荷物」となっていた兄を殺そうとした「テオ犯人説」が有力になるのではないだろうか? 妻のヨハンナはその後再婚もして62歳まで生きているからテオから梅毒をうつされなかったようだし、ゴッホよりもテオの方が気になってきた。


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