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都月満夫の短編小説集2

「羆霧(くまぎり)」
「容姿端麗」
「加奈子」
「知らない女」

都月満夫の短編小説集

「キヨシの帰省」
「出雲の神様の縁結び」
「ケンちゃんが惚れた女」
「惚れた女が死んだ夜」
「羆撃ち(くまうち)・私の爺さんの話」
「郭公の家」
「クラスメイト」
「白い女」
「逢縁機縁」
「人殺し」
「春の大雪」
「人魚を食った女」
「叫夢 -SCREAM-」
「ヤメ検弁護士」
「十八年目の恋」
「特別失踪者殺人事件」(退屈刑事2)
「ママは外国人」
「タクシーで…」(ドーナツ屋3)
「寿司屋で…」(ドーナツ屋2)
「退屈刑事(たいくつでか)」
「愛が牙を剥く」
「恋愛詐欺師」
「ドーナツ屋で…」
「桜の木」
「潤子のパンツ」
「出産請負会社」
「闇の中」
「桜・咲爛(さくら・さくらん)」
「しあわせと云う名の猫」
「蜃気楼の時計」
「鰯雲が流れる午後」
「イヴが微笑んだ日」
「桜の花が咲いた夜」
「紅葉のように燃えた夜」
「草原の対決」【児童】
「おとうさんのただいま」【児童】
「七夕・隣の客」(第一部)
「七夕・隣の客」(第二部)
「桜の花が散った夜」

「絵手紙出しました—木彫り熊-」について考える

2024-03-30 06:43:14 | 絵手紙

今回は、「木彫り熊」を描きました。

今年は木彫り熊発祥100周年だそうです。

木彫り熊はアイヌの民芸品だと思っていましたが、実は違っていたことを初めて知りました。

明治期に八雲に移住した旧尾張徳川藩士の農閑期の収入源として、同町の開拓に尽力した尾張徳川家の当主徳川義親(よしちか)がスイスから持ち帰った木彫り熊を見せ制作が始まったのだそうです。

今では、観光地でアイヌの民芸品として売られています。

 

木彫り熊、100周年祝う 八雲で催し 名古屋市長が講演

椎名宏智 会員限定記事

2024年3月26日 22:54(3月27日 10:33更新)

北海道新聞

【八雲】渡島管内八雲町発祥の木彫り熊が26日、誕生100年を迎え、記念のイベントが同町で開かれた。尾張徳川家が誕生に深くかかわった関係から河村たかし名古屋市長が招かれ、同市長が特別講演した。

 木彫り熊は第1号作品が1924年(大正13年)3月26~28日、八雲で開かれた農村美術工芸品評会に並んだ。同町の開拓に尽力した尾張徳川家の当主徳川義親(よしちか)がスイスから持ち帰った木彫り熊を農民に見せ、制作を勧めたのがきっかけだった。

 河村市長は八雲との関係などをユーモアを交えて語り「明治維新で大変な時、移住した先人が八雲で本当に助けられた。八雲のシンボルの木彫り熊を名古屋城でも飾りたい」と述べ、聴講した約150人を喜ばせた。

 イベントでは明治期に八雲に移住した旧尾張徳川藩士の子孫らでつくる親睦団体「和合会」の3人が、河村市長とのトークに臨んだ。同会の高木寿冀(としき)会長(81)は「木彫り熊の初期の作品は徳川義親さんが一部買い取ってくれたので(農民はそれを励みに)良い作品を生み出した」と話した。

したっけ。
 
 #NO WAR  #STOP PUTIN 

 #StandWithUkraine 

 

 
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コメント (4)
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倉内佐知子

「涅槃歌 朗読する島 今、野生の心臓に 他16篇(22世紀アート) 倉内 佐知子 22世紀アート」

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