「獺祭魚(たつうおをまつる)」とは、「かわうそ」が捕らえた魚を並べ食べることだそうです。
「獺祭魚(だっさいぎょ、たつうおをまつる)」は七十二候の一(雨水初候)。また転じて書物をよく好み、引用する人のこと。今年の雨水は18日でした。
『礼記』月令孟春の条に「東風凍を解き、蟄虫は始めて振く。魚冰に上り、獺魚を祭り、鴻雁来る」とあるのが出典。
らいき【礼記】
中国、前漢時代の経書。五経の一。49編。「儀礼(ぎらい)」の注釈および政治・学術・習俗など礼制に関する、戦国時代から秦・漢時代の説を集録したもの
大辞泉
元来は春になって「獺(かわうそ)」が漁をはじめ魚を捕らえるのが季節のうつりかわりを示していることを言ったものだそうです。獺の習性として捕らえた魚を人間が先祖を祭るときの供物のように川岸に並べることから、書物を多く紐解き、座右に並べて詩文を作ることを、こういったそうです。また好書家、考証癖、書癖などを言う言葉でもあるそうです。
だっ‐さい【×獺祭】
1 《「礼記」月令から》カワウソが自分のとった魚を並べること。人が物を供えて先祖を祭るのに似ているところからいう。獺祭魚。おそまつり。うそまつり。
2 《晩唐の詩人李商隠が、文章を作るのに多数の書物を座の周囲に置いて参照し、自ら「獺祭魚」と号したところから》詩文を作るとき、多くの参考書を周囲に広げておくこと。
大辞泉
しかし、日本中にいた「ニホンカワウソ」は明治時代以降、河川改修や乱獲で減少してしまいました。
1975年4月、愛媛県宇和島市の離島で見つかったメスが最後の捕獲となった。1979年6月、高知県須崎市で目撃された後は正式な確認がなく、環境省は昨年8月公表の第4次レッドリストで「絶滅種」と位置づけています。
にもかかわらず、愛媛県では今でも目撃情報があるものの確認はできないそうです。
獺が正式な確認がないまま30年以上が経過し、この言葉も忘れられてしまうのでしょうか。
したっけ。
川岸に一匹、一匹、魚を並べる姿を見てみたかったです(*^。^*)
かわいい習性ですね。
どれから食べようか迷ったりしなかったのかしら^^
「獺祭魚」、始めて知りました。
そうですね。私も見てみたいです。
本当に絶滅しちゃったのでしょうか。
どこかで生きていてほしいですね^^
したっけ。
人間のいない地球だったら、動物達は幸せに暮らせるね
食物連鎖の頂点は人間?
地球上で1番、愚かな生き物人間だわ。
まあ!
二十四節気の「雨水」は
そんな意味も
持っていたのですね~。
深い
ですね~。
そうですよ。人間も動物ですから、他の動物が生きていけない環境はいずれ人間にも影響を及ぼすことになるでしょうね。そうならないように、地球はみんなのもの、きれいに使わなくては・・・^^
したっけ。
深いです。現実離れの深さで意味がないような・・・^^
したっけ。
いつもよく調べてられますねぇ~
勉強になります。
カワウソどこかで元気にしてると良いのにねぇ~
可愛いでしょうにねぇ~
よしてくださいよ。そんなことを言われると穴を掘らねばなりません。
カワウソ元気にしてるとよいですね。河童のモデルとも言われているのにね~^^
したっけ。
いつもありがとうございます♪
獺は何かの番組で写真で紹介されて
いましたが愛嬌のある可愛い顔して
いました。
獺生きていてほしいですね。
そうですね。ニホンカワウソがどこかで生きていたら嬉しいですね。クニマスの例もありますから・・・^^
したっけ。