コロナの自粛延長で開いていて、さらに人がいない施設を探すと、入場に有料の所が安全安心となる。今は何処でも14日の個人情報の提出が求められている。そのような施設は後で行動航跡が解っても、言い訳の必要のない所となる。日本近代文学館は入場料300円。
文献検索で少し知っている廣益問答新聞を一部所蔵している日本近代文学館へ京王線駒場東大前駅から歩いて行った。これで3回目だが11年で3回だから、混んでいるときはかなりの人が座れるのに二人以上が閲覧室にいた記憶が無い。前は梅亭金駕の経歴を見るためだった。今回は公益問答新聞の明治10年2月から4月にかけての13冊となる。一週間に3冊程度の発行のようだ。どの様なものが出てくるかと気にしていたら、30分ほど経って、分厚い文庫本のようなものが出てきた。13冊がまとめてあったようだ。内容を読んでいくうちに、西南戦争が始まった明治10年2月頃から3月末に田原坂の戦闘が終わり、薩摩軍が植木に退いた頃に出た部分だった。近代文学館のある問答新聞は明治政府が勝ちそうだという見方になった時期と思うが、明治10年3月末頃はまだ政府軍が勝つと確信していないようだった。結構不満士族が日本各地で反乱行動に出ることを期待していた人もあった。もたもたした西南戦争は不満士族が薩摩軍に加わりそうな雰囲気がある文もあった。実際はどうだったのだろうか。
明治10年4月の第130号の公益問答新聞は社主が服部誠一郎で副編集長は佐藤清だった。自由民権運動福島事件の花香恭次郎は日本近代文学館の所蔵の問答新聞に記者として出てこなかった(見落としがあるかも)。花香の経歴から明治10年6月頃に東北地方へ向かったようだ。従ってこれを検証するには国会図書館へ行くしかないがマイクロフィッシュなので目が疲れるだろう。国会図書館は今入場制限があって、抽選制度の下、一日千人とある。あと夕方4時からは少し当日入場があるようだ。でもこれでは入出庫の時間を計算すると何もできない。やはりワクチンが出回り、感染制御が出来るまで国会図書館のアナログ調べは無理かもしれない。