冬の日差しを浴びて、もぎ手を待つボンタン(文旦)
早くも節分。何は置いても先ずは豆まき。次いで北北西に向かって恵方巻きの丸かじり。丸々太ったいわしを頂く。絵に描いたような節分行事を一通り。
豆まきは、北鬼門から庭、植え込み、玄関・・・と、外回りへ巻く豆はバラで、適当に握って放りあげる。家の中は「掃除が大変なんよ・・・」とのたまう鬼の意見を取り入れて、子袋に分包したものを袋ごとまいておく。拾う時には都合がいい。
それにしても今時の豆は柔らかい。昔の自分ちで炒った豆の硬いことといったら、とても歯が丈夫でなければ節分の豆も食べられなかった。この点でも過保護な現代社会の一面を見る。年の数ほどの豆は一気には食えなくなった。時間をかけてボチボチ。
あれほどお神楽で鬼に慣れているはずの悠雅君。保育所の豆まきで、職員さん演じる鬼さんにやはりタジタジ。ろくに豆も投げられず神妙な面持ちだったという。想いと実際のギャップを感じているのだろうか。そこはやはり3歳前である。
“ 車窓より 瀬戸の島山 春隣り ” 星野 立子
春隣り・・・いい響きだね~。もちろん冬の季語。
こんな風流な言葉をつかって、さら~っと一句浮かばないものだろうか。
今日が節分、明日は立春。暦の上では間違いなく春はもうすぐ隣まで。
記録的な豪雪に見舞われた地方の方々に、せめてものお見舞いとしてこの言葉をお贈りしたい。もうすぐ春はやってきますよ。『 春隣り 』。