「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「サンドブラスト、ガラス工芸」

2012年09月06日 | つれづれ噺

    
                 サンドブラスト、ガラス工芸

あまり耳に馴染のない言葉「サンドブラスト ガラス工芸」。
これも、ある時思い切って半歩踏み出したことから、世界がどんどん広がって行く中の一つの出会いなのである。

早い話が、サンド、つまり砂に似た微粒子をブラストする、対象物に向けて圧力を加えて吹きつける。その微粒子圧力や摩擦によってガラス個体を削って紋様を描く・・・。
およそそういった一種の高級芸術作品と言えるようだ。
日本ではまだ2・3000人程度しか手掛けていない斬新なガラス工芸分野と言えそう。

先ず専門の業者に依頼して、厚さが10mmくらいある花瓶を特別発注する。その花瓶は色を変えたガラスの層が何層か練り込まれている。
構図に沿ってブラストして行く過程で、練り込まれた色ガラスの層に到達。深さを変えて複数の色を組み合わせて紋様を浮き上がらせる、精巧なテクニックを要する。

テクニックも要するが経費もかなり要すると見た。
今回の個展に展示された作品は、多くは花瓶、次いで置物としての装飾品。
いずれも少し大きな作品になると、草むらで思いがけずに出会ったニョロニョロを見る時のように、思わず手が引っ込み、指を固く握りしめるような、私などとても手が出せない高価なものである。詳しくお話を聞くと、まさにそのくらいの値段は当然だろう・・・というほどの高嶺の花の芸術作品ではある。

ガラスの花瓶という平面から、構図以外の部分を吹き飛ばし、削り落してその部分だけを凸面として残すことで構図が浮き上がる。つまり、ホンの少しの必要な部分を残すために、他の大半は切り捨てられていく。こんな話は何となく身に詰まされる。
これまで何度か、こんな憂き目にあったような気がする我が人生・・・ちょっと大げさかな。

でもまあ考えてみれば、わずかを残すために多くが削り取られる。削り取られる部分があるから、残された部分は引き立ち、世の注目を浴びる。その注目に応える働きをしてもらわないと、削り取られた部分の立つ瀬がない。
オッと、これは芸術の世界の話であって、そういった生臭い下世話な思いは似合わない世界であった。それにしても一足早い芸術の秋を楽しませて頂いた。

コメント (6)
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