「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「銀竜草」(ギンリョウソウ)

2010年05月17日 | 季節の移ろい・出来事
朝7時10分。まだ夢の中をさまよう寝室に電話の呼び出し音。
はて誰ぞ?「モシモシ、いいものが見つかったから見においで」近くの知人から。
何はともあれカメラをひっさげクルマを走らせる。

彼がいつもウオーキングしている山道に入っていく。
「ホラ、あそこ」と指さす先に、なんやら妖しげな小さいキノコがひとかたまり。
「見たことないじゃろ、あれが『 銀竜草(ギンリョウソウ)』またの名をユウレイ茸という」と教えられた。

その名のとおり、 銀のように渋みのあるほの白さ。蝋細工のようなやわらかな光沢を帯びている。
一本一本が真っ直ぐ頭をもたげている。
高さは10㎝そこそこ、茎は小指大。小さいながら、色といい形といい、竜の如き気高さを秘めている。

新緑から深緑に変わろうとする勢い余る木々の根元で、枯れ葉の間からしたたかに顔を出す銀竜草。
華やかな太陽を浴びるわけでもなく、人が入ってくればたちまち踏みつぶされそうな地面に這いつくばってはいるものの、なかなかどうして、毅然とした存在感をもっている。

年がら年中生えるわけではない。4月中頃からおよそ1ヶ月間、極めて限定された場所に生えるという。
まるで、薮の中のいぶし銀のような存在。
何故かしら心惹かれる気品を帯びている。銀竜草に似た生き方も悪くなさそう。

        ( 写真: 地面に顔をくっつけるようにして撮った、銀竜草 )
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「周東冨士」

2010年05月15日 | 旅行・レジャー
家にじっとしているのは、なんとももったいないような五月晴れ。
早めに所用を済ませ、新緑から深緑に変わりつつある田舎道をゆったりクルマを走らせた。

どこに目をやっても濃い緑、盛り上がるようなクヌギや樫の黄緑。
思わず深呼吸・新呼吸・心呼吸。緑に染まりそうな空気をいっぱい吸い込む。
いくら欲張っても、胸一杯以上は無理だった。

友のブログを参考に、「鮎原剱神社」(あゆばらつるぎじんじゃ)の見上げるような石段を登り、柏手がこだまする静寂の中、二礼二拍手一礼。見下ろすだに恐ろしいほどの急階段を無事下りた。

遠回りの帰り道。来年開かれる山口国体のカヌー競技の会場となるダム湖でひと休み。
何年かぶりに、満々と水をたたえたダムを心地よく見学。
数えるほどのクルマしか出会わない、周東町の静かな山道。我が家に向かう農免道路。

突然右手に「ありゃー何じゃ?」小さい新緑の山ながら、角度によってまさに富士山。
クルマを停めてパチリパチリ。「オオ!これぞ周東冨士」勝手に命名。
やがてこの山の看板が見えた。

「行者山」とある。
「当地お山の守護神行者様 役の小角(えんのおずぬ)開山」
   「京都市伏見区 総本山醍醐寺所属」 なのだそうだ。

お山にまで上がりはしなかったが、ここにも由緒ある古刹がひっそり建っているのを感じながら、周東冨士を後にした。
これまでも、何度となく通った道なのに、今更ながらの新発見。一つ得した皐月のドライブとなった。

        ( 写真: 勝手に命名の「周東冨士」 )
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「祭り」

2010年05月14日 | 季節の移ろい・出来事
「祭り」の季語は「夏」を意味する。
明日から始まる京都「葵祭り」は、目を射る緑に包まれた夏のお祭りの一つということになるのだろう。
「祭り」という季語の元になったのも葵祭であると言われているそうな。
    
そう言えば浅草三社祭は、今日から3日間行われるという。
16年前、御神輿見たさに野次馬の一番前に出たら、担ぎ手にぶっかける水が頭からしたたったのを思い出した。

              

     
         祭り笛 吹くとき男 佳かりける      橋本多佳子

よく考えてみると、yattaro-人生の中でこのような派手なお祭り、つまり、ネジリハチマキ・揃いのハッピ・白いパンツに白足袋で、笛を吹くやら、チャキ・チャンチキを打ち鳴らすやら、はたまた声を枯らして御輿を担ぐやら・・・こんな粋なお祭りに参加したことがない。

生まれ育ったこの田舎では、それほどのお祭りもなかったな~。
もしもあったらどれほどはしゃいでいたのだろう。
かっこよく笛を吹き鳴らし、男どもの気持ちを沸き立たせるとともに、きれいどころの耳に妙なる音色をソーッと届けたのだろうか。

やっぱり男は祭りに心躍らせる。
そういえば同級生の一人が、ほろ酔いになると何故か ♪ おーとこはー まーつりでー そうさ男を磨くんだ・・・♪と歌い出す。すると自然に場が盛り上がる。

       ( 写真: 京都葵祭 浅草三社祭  ネット拝借 )
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「泣き霜」

2010年05月12日 | 季節の移ろい・出来事
静岡以西の海沿いの地方では、立春の日から数えて88日目以降は、もう霜の降りる心配がなく、「八十八夜の別れ霜」と言われるのが通説となっていた。
ところが、今年のように天候不順、いつまでも寒い日があったりすると「九十九夜の泣き霜」と言われ、5月半ば頃まで霜が降りて、泣いても泣ききれない程の大きな「遅霜」の被害が発生することがあるという。

八十八夜の別れ霜・九十九夜の泣き霜。ネーミングはいかにも夢を誘うようだが、現実は厳しい不作に見舞われる死活問題が絡んでくる。

だからというわけではないが、我が家のサヤエンドウもスナック豆も、グリーンピースまでも成長が遅く、花の付きも昨年と比べものにならないくらい悪い。 

パソコンにのぼせて種蒔きが遅くなった、単なる植える時期の誤り・・・という声が聞こえる。

         

ちなみに、赤紫色の花が「絹サヤエンドウ」白い花が「スナック豆」。
畑の生き物はイヤになるくらい正直者である。あるじの働きぶりをモロに見せつける。
ついでに天候不順も、確実に成長や結実に結果を表してくる。妥協がない。

その反省から、スイカ・トマト・ピーマン・キューリは早めに植えた。
この期に及んで降りる泣き霜。
孫の笑顔を期待するジジを、泣き顔にさせないでおくれ。
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「感謝の装い」

2010年05月11日 | 季節の移ろい・出来事
配られた用紙の真ん中の大きな輪に「私の好きな物」と書きなさい。そして周りの輪に思い思いの好きな物を書入れなさい、と講師から言われるまま、それぞれが記入した。

「その書いた内容をもとに自己紹介をしなさい」ということになった。
“エッそういう意図か・・”と思いつつ見返すと、「パソコン・ブログ・手紙を書く……」などなど、何と真面目なことばかり。(つい地が出てしまう…?)
こんなので自己紹介したら、まるで無味乾燥、面白くもおかしくもない人間にされてしまう。マジ一筋、ジョークのかけらもないではないか。

本来なら、ナヌッ? 好きな物? そりゃーアンタ、人差し指と親指の輪、小指1本、カラオケ、マージャンetcいっぱいある。これがアタシの本来の姿よ……ってなもんですぞ。
そこまでは言わないが、急遽アドリブでとりつくろい、辛うじて面目を保った。

その中のお一人が「花咲乱れ、新緑萌える今の季節が何よりも好きだ」とおっしゃった。
桜をはじめ多くの花が咲き、萌えるような新緑に身を包むのは、太陽の恵みに感謝を表すために、色とりどりの最高の装いをお披露目し、太陽を慰める「感謝の装い」なのだ、だから自分は、花や木々の緑をこよなく愛している……と。
           わがやの玄関先

かっこいいね~。やっぱりこのくらいのことを言わないと、書くのが趣味などとは言っていられない。

これから2ヶ月ばかり受講する講義より、この一言が大いに参考になる教室のスタートとなった。

          ( 写真 上 : 萌える新緑を従えた岩国城 )

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「愛鳥週間」

2010年05月10日 | 趣味・・エッセイ
今日から愛鳥週間。
窓の向こうに見えるアオサギの集団も、それぞれのカップルが住まいを完成させ、産卵に余念がないことだろう。

雄が巣材を集め、雌が樹上に木の枝を組み合わせた皿状の巣を作る。
これは2月半ばにやってきた頃から盛んに、木ぎれや枯れ枝を運ぶ姿を見ている。
同じ巣を使いつづける性質を持っているらしく、ひと組だけは、昨年の巣をそのまま使っている。
他の3組は新たに巣を架けた。目下4つの巣が築かれている。

           
          2月下旬撮影         5月初め撮影

日本では4・5月に1回、3~5個の卵を産むという。
雌雄交代で卵を抱き、交替で狩りもする。卵を抱く期間はおよそ4週間。
子育ても雌雄共同で行い、雛は孵化してから50~55日で巣立つのだそうだ。
昨年の雛が、7月上旬に巣立ったのを確認したのは間違いのない事実であった。
そして、生後2年で性成熟し、新たなつがいを形成する。
           

2月下旬、まだ枯れ木同然のヒョロヒョロっと伸びた木の昨年の巣にひと組。
ちょっと離れた同じく枯れ木に、もうひと組が新たな巣を架けた。
今では、萌えるような新緑に覆われ、巣全体が隠れてしまいそうな勢いだ。
他の二組も間違いなく緑に囲まれ、やがて覆われそうになっている。

雛がかえて食欲旺盛になる頃には、この茂みが日陰を作って幼い命を守っていくのだろう。
自然界に生きる習性とはいえ、子を守る親の知恵は見上げたものである。

相も変わらず、わが子を虐待して人生を棒に振る、人間の若いカップルに見習わせたい光景である。
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「火渡り」

2010年05月08日 | 季節の移ろい・出来事
五月晴れを絵に描いたような、新緑爽やか抜けるような青空のもと、地元にあるお薬師様で春の大祭が行われた。

普段は小難しいことを語り合う仲間数人で参拝した。
薬師如来は、仏界の東方を治める。医薬を司り、人々の病気を治し、安楽を与えると言われる。
無病息災・健康増進・家内安全・大願成就などなど多くを欲張って護摩木に名前を書いて奉納。

頭にと金を頂いた山伏姿の修験僧が、ホラ貝を吹き鳴らす中、うやうやしく大祭儀式が進む。
             
             
             
そしていよいよクライマックスが近づく。
柴燈護摩(さいとうごま)と言われるヒノキの葉などを積んだ護摩壇に点火。
濛々たる白い煙が立ち上る。続いて紅蓮の炎が皐月の空を焦がす勢いで燃えさかる。
参拝者の奉納した護摩木が投げ込まれ厄落としの読経が続く。

いよいよ火渡り。
護摩壇や護摩木の残り火の上を、山伏たちが気合を入れながら素足で渡る。
続いて、修験者から身体全体に無病息災の念力を込められ背中を押された参拝者が、読経・合掌に見守られる中、素足で火渡りをする。

初めての体験。吾輩も言われるまま素足で、諸々をお祈りしながら火渡りをした。
意外に暑さを感じなかった。感覚が鈍っているとは思わないから、ひょっとしたら火渡りの効能が身体の中に浸透したのだろうと思うことにした。
             
信ずれば通じる・・。ここは一番、自分に暗示をかけて、明日からの無病息災を期待しよう。
気持ちが軽くなるいい体験をした五月晴れの一日となった。。
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「ネギ・坊主」

2010年05月07日 | 晴耕雨読
         

朝の寝ぼけ頭をシャンとさせるお味噌汁。なくてはならないのが、きざみねぎ。
冷蔵庫の引き出しを開ければ、いつでも使えるように容器に入ったきざみねぎが保存されている。店頭には年がら年中新鮮な姿で並び、重宝されている。

我が家の畑に出来る正真正銘路地ものねぎは、今や旬を過ぎて子孫を残すことに懸命である。
ねぎは ある程度大きくなってから、秋冬の気温が低く、日が短い時期にあうと花芽をつくりはじめる。
そして、春を迎え、気温が上昇し日が長くなってくると、花芽がグングン伸び外に姿を現す。

これがいわゆる「ねぎ坊主」といわれている。実態はねぎの花の集合体である。
ひとつの花房で約250~400の花の集まりになっており、花はその後、種になって地上に新たな命を育んでいく。

残念ながら、坊主の出たねぎは、茎が固く空洞になっており、きすくて食用には向かなくなる。
やはり野菜などは、旬の美味しい時期にしっかり味わっておくのがいい。
生きている限り旬が続くのは人間様だけかも。

ただ、このスカスカで美味しくないねぎ坊主の花も、ミツバチさんにとっては、必死の蜜集め対象となっているようだ。
ゆっくり眺めていたら、一つの坊主から5分は蜜を吸い取っていた。
やっぱり世の中様々だ。だから面白い。
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「轟音を……」

2010年05月05日 | 季節の移ろい・出来事
大型と騒がれた今年のゴールデンウイーク、今日でようやく終わった。
岩国の5月5日は、米軍基地開放の「日米親善デー」。26万5千人とも言われる人たちが、一挙にこのせまい町にやってきた。

この日ばかりは、全ての道路の渋滞を予測して、車の運転は避け、カメラを構えて上空を見上げて過ごしたいところだが。
子ども達はといえば、今日は夏の気配が感じられ始める日、立夏。もう水遊びに興じたがる。
無理もないこの暑さ。ちょっとだけ渋滞を避けて遠回り、噴水公園でほんの少し遊ばせた。
          
さて日米親善デー。
特別参加で、厚木基地所属艦載機が岩国上空をデモ飛行してみせた。近々、沖合移設の新滑走路完成にあわせて、岩国基地への移転予定の問題の戦闘機だ。

もう一つは、航空自衛隊宮城県松島基地所属「第11飛行隊」アクロバットチーム「BlueImpulse(ブルーインパルス)」による展示飛行。

この日ばかりは、お腹に響く轟音を聞き流しながら、カメラでその姿を追いかける。
今日はそれでもいい。
しかし近い将来、間違いなく厚木から岩国に艦載機部隊がやってくる。
国防と市民生活の整合性、どこまで調整されるのだろう。

子供の日を区切りに、恐怖のGWが終わった。
体型が少し締まったかな……。そんなこともないだろうが、兎に角終わった。
1学期の後半に向けて、机にも向かう時間を作らなければならない。あしたから。

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「誰が袖の手水鉢」

2010年05月04日 | つれづれ噺
有り余るエネルギーを、どこでどのように発散させるか・・・。
孫兄弟を預かる時の大きな課題である。
ただ遊ばせるだけに専念も悪くはないが、ほんの少しは、ジジ・ババの思い入れも満足させたい。
そんなわけで、今回の城山登りは、今までに通ったことのない「けもの道」を往復させることにした。
上がり口を探すうちに、岩国藩主吉川家の墓所をめぐるコースを思いついた。
うまく誘導して、これが誰のお墓。これはこの人の子どものお墓。などと説明しているうちに、吉川家12代当主「吉川経幹(つねまさ)」の墓前に出た。

墓石のすぐ左手に「誰が袖の手水鉢」が、苔むして歴史の永きを偲ばせる。
この手水鉢は、備中国奉行であった「小堀遠州」の作と言われ、経幹の姉の夫「小堀勝太郎」が経幹に贈ったと伝えられている。
後に、毛利家と仲直りした吉川家からの贈り物として毛利家に届けられた。従って、ここに据えられているのはその写しだという。

手水鉢は、四方仏・なつめ型・冨士型など、当時色んな型があって、誰が袖型もそのうちの一つである。有名なところでは京都清水寺にも誰が袖型が保存されているという。

手水鉢とは、元来、社寺の境内にあって神仏を拝むとき、手を清め口をすすぐための浄水を張る器であった。
後には厠のほとりにおき、用足し後の手洗い用として普及していった。

           
・・・とまあ、こんな物語を秘めた、誰が袖の手水鉢にも出会う、けもの道登山の顛末。
お後がよろしいようで・・・。

      ( 写真 現在苔むしている、誰が袖の手水鉢 )
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