「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「季語あれこれ」

2021年01月04日 | つれづれ噺

                                 

お正月を迎えるにふさわしいお飾りにも様々な形があるようだ。それも、地方やその土地土地の風習などで色んなバリエーションがある。
しめ飾りと言っても色々。松飾もそれぞれに異なってはいるものの、人みなこぞって「佳き新年を迎えたい」と願う心にはなんら変わりはない。
柳の木やほかの枯れた木の枝に、色んな色付けをした餅やダンゴをくっつけて、花が咲いたような飾りを作る「餅花」というのは、今も根強い人気があり、豊作祈願として正月飾りとしてはもちろん、生け花の花材になったりするようだ。

芭蕉の句に「 餅花やかざしに挿せる嫁が君 」というのがあるのを毎日新聞朝刊で知った。
この餅花とは冬の季語として使われる。そして今ひとつ「嫁が君」も季語であり、これは正月三が日のネズミのことだという。
正月三が日限定だから、季語が二つ重なってもいい、ということなのだろうか。

そんな理屈は取り敢えず置いといて、季語「嫁が君」と呼ばれるネズミ君は、普段は嫌われ者として扱われるが、めでたい三が日だけは嫁が君と呼んで厚遇したのだという。ちなみに、かざしとは簪(かんざし)のことで、餅花をかんざしにした嫁が君を想像してみるのも面白い。
この年に至るまで、俳句なるものを深く知らないで来た。季語も春夏秋冬それぞれに莫大な数があるようだ。
それらの季語を一つ織り込んで、五七五の世界に挑んでみたい気持ちも少しはあるが、今さら下手な鉄砲撃ちになるのもね~。

いずれにしても、今日は早くも正月4日。官庁などの仕事始めである。そろそろ正月気分にも別れを告げないとね~。      

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「静寂の初詣」

2021年01月03日 | ニュース・世相

    
                  例年お詣りする氏神様                   破魔矢や縁起物を並べる札所

冷え込みは例年以上の厳しさではあるが、雨も風もない実に穏やかな三が日ではある。
元旦には、歩いて行ける地元の鉾八幡宮に出向き、初詣の柏手を打ち鳴らしてきた。
でもやはり、年が改まったという気持ちの区切りとして、また新たな1年の始まりを祝い、神のご加護をお祈りするには、氏神様への初詣では欠かせない。精神安定剤的な効果としても絶対に避けては通れない気持ちの拠り所である。

多くの人が同じ思いをするのだろうか、毎年大勢の参拝客で行列ができるほど賑わう。拝殿にたどりつくにはかなりの時間を要する。というのが例年の三が日の神社風景である。今年はまるで異なる風景を見せられた。年末も早い時期からコロナ感染対策として「初詣の期間を長くして蜜を避ける参拝方法」が叫ばれた。その徹底が功を奏したのか、それとも単に、多くの人が初詣も自粛して寝正月に徹したのか。

兎に角閑散を通り越して静寂の初詣であった。お行儀よく間隔を開けて静かなお詣り。おみくじ売り場の前ではじけるような若者の笑い声もない。
賑やかなのは、吉香公園のお堀に遊ぶカモの群れが、人影を見たら「エサをくれるのか」と云わんばかりのさえずりで近寄ってくるだけ。

    
      吉香公園をめぐるお堀に悠然と遊ぶカモ              吉香公園内にある白山比媛神社 

これでは神社のお賽銭の上がりも、お神楽による初穂料も少ないのだろうと心配になる。
一人でも多くの人に「コロナが一日も早く終息しますように」と神様に、仏様に祈りを捧げて欲しいのに。ここにも、コロナ感染抑止と経済の進展とのせめぎ合いが見られるような気がする。それよりも、あれほど縮小を叫ばれる中で「やっぱりお前さんは正月三が日に初詣に行ったのか」と叱られるんじゃろうか。

でもねー、こうなったら神様・仏様・ワクチン様。兎に角、早いコロナ退治をして、いつも通りの生活を早く取り戻して欲しいと願わずにはいられない。東京オリンピックだってすぐそこに待っているのだから。  

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「静かな幕開け」

2021年01月02日 | つれづれ噺

                                 

お正月といえば、玄関に大小の見慣れない靴が散乱し「足の踏み込み場もない」状態になるのが普通である。
こちらのペースなどあったものではなく、あっちこっちに引っ張り回されたり、まぁるいコタツのどこにも足を入れる隙間などない。テレビは「鬼滅の刃」はじめアニメのけたたましい音量に占領され、チャンネルの決定権ははなから放棄。

それがどうだ、今年の正月は、玄関のドアを開ける音もしなければ、余分な履き物の一足も並んではいない。テレビもこちらの思いのまま。コタツも家主夫婦の他に入るのは一人もいない。「氏神様に初詣に出かけようか」「人出のおおい三が日は避けよう」と、これもダメ。

普段やり残したことをこの際やってのける?その時間はある。しかし一旦緩んだ気持ちはなかなかしゃんとせん。せめて読みかけの本をめくってみよう。と思えば一気に睡魔に襲われる。そうしてこうして、結局はコロナを悪者にして「淋しい正月だねー」「寒さだけが身にしむつまらんお正月ねー」となってしまう。

ま、それもいいか、せめて明日まではそれを許そう。朝寝して食べて動かぬ三が日。これほど体重調整に影響を及ぼす悪条件はない。が、それも明日まで。と思ったら、一旦増えた体重と、緩んだ気持ちを元に戻すのにどれほどの努力が要るか、わかっちゃいるけど、やっぱり滅多に味わえぬこのイレギュラーなお正月。これはこれで大切に。兎に角明日まで。静かに幕を開けた令和3年のお正月を満喫しよう。

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「謹賀新年」

2021年01月01日 | ニュース・世相

2021年、令和3年の元旦 明けましておめでとうございます。
穏やかな瀬戸内海から上るご来光を添えて、新年のお慶びを申し上げます。

本年も「書けるときに書く」「ネタにぶつかれば書く」そんな勝手ブログではありますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

         
        目標の岸壁に到着 7:20         5分後         10分後 7:30

   
          今か今か、かじかむ指を手袋に入れたり出したり。そろそろか……。           よし来た!!

            

コロナに明けてコロナに暮れた2020年。新たな年明けの天気予報は曇り、雪模様。ご来光が拝めるのか、写真を撮らせてくれるのか、心配した。
明けてみれば、重い雲の集団を払いのけ、見事見事!天を海を、これ以上ない黄金色に染めたご来光のお出まし。思わず柏手を打つ。

1年の計は元旦にありという。これほどの「素晴らしい曇りのち晴れ」を見せた今年のスタート。ワクチン効果やさらなる人々のガマンと努力で、一日も早いコロナ終息間違いなし。と宣言したいものである。

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