夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「橋を渡って・・・2」

2006-12-17 12:43:36 | 自作の小説

働いていたホテルが小規模な改装をする為 ぽっかり十日ばかりの休みが手に入った

久し振りに家へ帰ることにし マンションを出た

母の部屋からは三味線の音がし 小唄か何か歌う声がした

「ただいま」声をかけ入ると年配の婦人が三味線を置いて頭を下げた

「おかえり 須磨乃さん 息子の英一郎です」

紹介されて 須磨乃という人の孫が 今入っている旅役者の一座に臨時で応援に出ているという

母は須磨乃という女性と すっかり仲良くなっており その孫娘のことも「いまどき珍しいよくできたお嬢さん」と気にいっているのだった

一座の芝居も大広間での太鼓も評判がいいと言う

「一座のお嬢さんも華があって 自然に人をひきつけますねぇ 気取りがなくて明るくて」

その美しい娘達を 少しでも早く見たくなり のせられたと思いつつ 早々に部屋を出た 事務所で芝居の時間を確認する

芝居小屋のある別館へ走った

歌謡ショーが始まっていて どちらも女性だろうが 片方が浪人姿 片方が艶やかな花魁に扮していた

どきどきするのは舞台の演出のせいだ そう思い込もうとした

学生時代 ただ旅館の女将になりたかっただけの相手を そうと知らずに愛されていると思い込み 苦い思いをしたことがある

旅館の後継ぎ以外に自分に女性をひきつけるものなどない―自信を失ってもいた

だから姿を眺めるだけで満足なのだと自分に言い聞かせた

遠くから聞こえる笑い声 大抵一緒にいる二人の娘

一言でいいから言葉を交わしたいと願うようになり―

想うばっかしで 何もできないまま 彼女が帰る日になってしまった

「駅まで送る車 運転するよ」無愛想に言うと 母は呆れた目をし 後ろを向いて噴き出した 「せいぜい頑張りなさい」

駅まで送る車中で どう切りだそうか迷ううち 須磨乃さんの助け船もあり 朝市の案内とかで時間延ばしはしたものの 別れる時間が近付き 馬鹿みたいに「会いにいってもいいですか」それだけ言った

彼女は ただ呆れていたように思う その時初めてまともにこちらを見てくれたのだった

言いたいことは いっぱいあったのに

ただ見ていた

ふられて当たり前だと思っていたんだ

「お電話お待ちしています」 断らないのは彼女の優しさか その優しさに甘えることにして 休みがとれると 会いに行った

半年目なんとなく彼女の気持ちがこちらを向いてきてくれたような気がした

従業員のこと 旅館への夢 とにかく自分のことを知ってほしくて ひたすら話した

彼女は黒い瞳をこちらに向け 聞いていてくれる

「橋を渡り帰ってほしくなかった ずっと橋のこちらにいてほしかった

橋を渡って ずっと一緒に暮らして貰えないだろうか あなたと生きる人生が僕の願いです」

それから何の映画を観た帰りだったか 食事して駐車場まで歩く道 「いつかのお話ですけれど」と彼女が言い出した

「まだ お気持ちは変わっておりませんか?」

何の話か すぐにはピンと来なくて はっきり断られたら会えなくなる その恐ろしさの方が勝っていた

「会社をすぐに辞めるわけにはいきませんが―」

銀杏並木の下で彼女が足を止めた

長い髪が風に揺れた

時が一瞬凍り付き それが彼女なりの こちらの求婚を受け入れた言葉なのだと気付いた 愛しているとか好きという言葉は言い出しにくいものだったらしく 彼女がその言葉を言ってくれたのは 結婚して暫くたってからだった

互いに無器用なタチだったのかもしれない

鏡を見て妻が身支度を確認し 深呼吸して背筋をのばす

黒い瞳のまっすぐさも 笑顔も初めて会った頃と変わらない

この先何があっても妻がいれば なんとか頑張れる

そう思う

たまにふざけて運転手のまね事をすると 妻は笑う

そのたびに もう会えないかもしれないと 必死になって運転手のふりをした日の事を思いだす

あの日は橋を叩き壊したいとまで思った


「橋を渡って・・・」

2006-12-17 01:24:11 | 自作の小説

長い事勤めてくれた仲居が一人抜けた 生け花やお茶の心得もある人で いつのまにか頼みにもし 重宝していたから 一人抜けた穴は 思いの他に大きかった

少し相手が年上の事もあり 相談したり愚痴ったりしていたようだ 事情のある人―というのは判っていた

その人の穴埋めに 少し若い人を二人入れることにした

続いてくれるといいのだが

旅館の近くにある橋は縁起を担ぎ{迎え橋}と呼ばれている

誰が言い出したものか 朝に夕に霧が流れることが多いこの街では 朝日や夕日を浴びて輝く赤い欄干のある橋は ここを訪れる人の記憶に残るものの一つとか 川を渡り他の土地へ出ていく― 街を出るには橋を渡らなければいけない

裏道もあるにはあるのだが それは山を回り随分と細い道で危険だ

土砂崩れもよくある

最初にこの橋を渡った時は この街に住むようになるとは 思っていなかった

あれは随分と遠い昔の話になる・・・

一時の事だけどクラスメートだった百合子と再会したのは卒業を控えた三月の事

芝居が好きな祖母を近くの健康センタ―へ連れていった時のこと

「都藤一座・・・これって高校の時に転校生がいたわ」

思い付いて花屋さんへ連絡し飾りのお花をお願いした

お風呂に漬かり料理を食べながら 旅役者の芝居を見る たまにはおばあちゃま孝行ということで おっかなびっくり若葉マークの運転でやってきたのだ

按摩もしてもらって祖母はくつろいでいた

日舞も三味線 民謡も最初はこの祖母にてほどきを受けた 長唄 浪曲と趣味の広い人である

百合子と私を親しくしたのも 互いに踊りをするからだった

今日のだし物は 芝居が「瞼の母」で 役者による歌謡ショーと

百合子は主役の忠太郎を演じていた 長身なので男役も似合う

芝居と歌謡ショーの合間に一座のカレンダー 手ぬぐい グッズを売りにくる

今度は芸者姿の百合子が つついと近寄ってきた

「お花ありがと~ びっくりしちゃった ね ね 電話して良い? ご飯食べ行こうね」

早口で言って 紹介した祖母にそつなく挨拶をする

手ぬぐいとカレンダー うちわを祖母が買った

歌は客の世代を考えてか 演歌や軍歌が多かった

百合子とは 次の仕事場所へ移動する前に会うことになった

駅前の喫茶店へ少し遅れてきた百合子は 両手を合わせ「ごめん~」と言いながら席についた

「何かあったの?」

「片付けしていて 荷物が変な落ち方してね 二人ほど骨おっちゃったの 当分動かせないっていうから
お母さんは風邪で声が出ないし・・・ 応援を他の一座に声かけてるのだけど・・・」 軽く額を押さえる

急に嫌な笑い方をした 「ね ね これって運命だと思わない」

「な・・・何?」

「このタイミングで歌って踊れる級友に再会するなんて」 百合子は瞳をキラキラさせた

「お願い~十日で良いから 芸者やらない? 元相撲取りのやくざは私 あなた懐メロも得意じゃない」

のるまいと思いながら私は言ってしまった 「だしモノは 一本刀土俵入り・・・ね」

「ご名答~さすがアイドルより時代劇の渋好み~~~」

「殴るわよ」 そして二人で笑い転げた

就職前に旅役者のバイトは両親がイイ顔してくれないので 祖母が同行し別に部屋を取ることに

「何事も経験」と 祖母の方が嬉しそうだった 宿泊する旅館の近くには 祖母が大好きなパチンコ屋さんもあると言う

大広間で夕食後に娘太鼓のステージも 百合子はこなすと言う

「少し教えとく」 こう持って こう構えて 打ち方のリズムはと・・・楽しそうに教えてくれた

「都藤花扇(みやこふじ かせん)綺麗な名前ね~」

「そうだ あなたも本名でなしに 名前・・・ 客演だから 夢屋姫雪 どう?」

と 名前もいただいた お芝居になったら 厳しいのだが 百合子はいつも楽しそうだった

「だって引っ越しばかりで やっと打ち解けた頃に転校で 手紙もいつしか やりとりできなくなるし

こんなふうに 同い年の友人と長く過ごすことなかったもの 無理言ってごめんね そして有難う」

百合子は孤独なのだった 家族 身内同様の役者仲間の中にいて

近いうちに座長になるのだと言う

「責任がね~やれるという気持ちと 不安と 時々眠れなくなるわ

どうやれば お客様に喜んでいただけるだろう 見て良かったと思ってもらえるだろう」

私達は長い時間を一緒に過ごした

お昼の部と夕方の部と休みなしにこなし 早目に食事を摂り 大広間でのステージ なかなかに忙しいのだった

途中から片肌脱ぎ 最後はもろ肌脱ぎになる百合子のステージは人気だった 一座の女達が胸に晒巻いて半纏姿で従う

何もなければ ちょっとした冒険で終わるはずだった

祖母がパチンコで得た景品を仲居さんや一座に分けて いつの間にか宿の女将さんとまで仲良くなっている事を私は知らなかった

他の旅館へ働きに出ている女将の息子がたまたま帰ってきている事も

ましてや祖母がお得意の喉を聞かせた後に

「孫娘は節回しはまだまだだけど 声がいい」なんて自慢している事とか

やっと応援の役者さんが着き 私の俄かバイトも最後となった舞台で 百合子と寄席の真似事をした

ベンベンベベン ベン それは何かと尋ねたら

っていうのだ

三味線ひきながら互いに掛け合う

昔はお笑い番組にみかけたこの芸は残念ながらテレビ番組でも滅多に見られなくなった

両親の若い頃に流行った歌は面白いものが多い 五月みどりの「お暇ならきてよね」「一週間に十日来い」なんてのは コント仕立てのコミカルな振付けの踊りにできるし

百合子と どっちが古い歌知ってるかゲームみたいな競争したりもして

これ こんな振付けで踊ると面白いよね なんてして見せると 百合子は それ貰い!なんてメモするのだった

「帰っちゃうのよね 寂しくなるな~ やだ泣いちゃいそう」舞台が終わり化粧を落としてると 「帰っちゃやだ 捨てないで~」と 肩に抱き付いてきた

「これこれ 近くの町に来たら会いにいくから」 頭撫で撫でして いいこ いいこをしてあげた

「きっとよ きっと」と百合子は指切りをする

片付けが済んでから遅い時間に 百合子と私は風呂に入った

一座用の宿舎は別にあり 百合子はいつもは そちらで泊まっているのだが 今夜は女将さんの好意で 私の部屋に百合子の布団も用意してくれた

修学旅行の生徒のように私たちはずっと話をしていた

「じゃ また会おうね」 翌朝どちらも寝不足の赤い目をして 別れた 宿の人の運転で駅へ向かう

車はまっすぐ駅へ行かなかった 海岸沿いの道を走る

「朝市が見たいとお願いしたのよ 土産の一つにしたいし」と祖母が言う

運転手の若い男は 手際良く駐車場に車を停め「ここから歩きます」と祖母に手を出した 新鮮な貝や魚 干したの 加工品

色々買った品を運転手がまとめて送ってくれると言う

随分親切なのだった

色白 おっとりした雰囲気の青年は 駅のホームまで荷物を運んでくれた

名刺をくれて「また会いに行ってもいいですか?」 と訊いてくる

じれったげに祖母が 「旅館の女将の息子さんだよ 一目ぼれ 付き合って欲しい ってのが ギリギリまで言い出せなかったんだね~ あんた恐い表情(かお)してるから」

ぼけっとした私に解説つける祖母

男は見事に真っ赤になった

私と言えば 男性でも赤面するんだわと感心していた

縁は何処に転がっているか判らない

彼は休みの度に僅か数時間しか会えなくても 出かけてきた

まめに電話もくれた

いつしか彼と過ごす居心地の良い時間が一生続けばいいと思うようになり ずっと一緒にいたい―という強い気持ちに変わった

そして 私は橋を渡り 嫁いできたのだ

祖母はよく様子を見にきてくれ お産してからずっと殆どそばにいてくれた

曾孫にも三味線や踊りの手解きをして

その祖母が死んで十年―

気がつけば この街に住んで二十年を越える あと数年すれば 子供達の結婚を心配しなくてはいけないだろう

帯と着物のバランスを鏡で確かめていると ドアが開いた

「駅まで お送りします」 運転手に上着を着せかける

「お時間はありますの?」

「これから働いてくれる人達に少し街を案内して ゆっくりご飯でも食べさせてあげたいからね」

夫の優しさは今も変わらない

「綺麗な奥さんと駅までドライブできるし」 そう笑った

笑顔と優しさと―

「デートは久し振りだわ」

「早く子供に跡継がせて 旅行しよう」 あともうひと踏ん張りしたら 叶う夢だろうか

「元気でいてくださいね」

「君もね」

この街が好きだ 夫と暮らすこの街が

私は今でも夫が大好きだ