崖の上の追い詰められた白雪を見た時 いつの間にか狼の姿をなって走ってた銀嶺丸は 目の前が 頭の中が赤い霧で覆われたのを感じた
そして気がつけば もう崖の上に立っていた
月王の目を見て・・・流れ込んできた記憶
小熊と小さな狼と じゃれて遊んで はぐれ者同士
月王が あの小熊だということはわかった
断片的に蘇る記憶
しかし 繋がらない
歯痒さを 義仁(よしひと)こと銀嶺丸(ぎんれいまる)は覚えていた
言いかけて 白雪は また口を閉ざす
言葉を探しあぐねているようだった
―話したい事を 心の中に浮かべてみろ―
相手の心に直接話し掛ける さっき覚えたやり方を銀嶺丸は試してみた
白雪が顔を上げる
その顔にある迷い
銀嶺丸は他のやり方も試す事にした
白雪の腕を掴んで自分の腕の中へ その体を閉じ込める
腕に力を入れると―白雪の思いが流れ込んできた
―こういうやり方って―
白雪は銀嶺丸の腕の中へ抱え込まれて唇を噛む
白雪は彼が伴侶に選び一族に宣言した相手
やはり白雪を望む一族の別な者が それをよく思わず 銀嶺丸に罠を仕掛けてきた
そもそも銀嶺丸の一族とは・・・
狼の姿で生まれる者
最初から人の姿で生まれる者
狼の姿で生まれて 人の姿にもなる者
色々ある
狼の姿のまま人形はとらず生を終える者も
銀嶺丸は自分の記憶では狼と人形(ひとがた)の間をころころ変わり それを不思議と思っていなかった
そして人間の形にも狼の形にもなる者は 幾つかの力を持ち強い
一族に対する責任も重かった
同じ一族以外から生涯の伴侶を選んではならず
また選んだ以上 その相手が死ねば 伴侶を選ぶことはできない
どれほど長く生きようとも
銀嶺丸のような{力}を持つ者は・・・相手を選んだ場合 互いに想い合っていても一族の許しを求めなくてはいけない
銀嶺丸が白雪の気持ちを確かめ 伴侶とした時・・・・・・別に白雪を欲しい者がおり それは卑劣な罠を仕掛けてきた
白雪を自由にする為に・・・銀嶺丸は人間の姿のまま・・・険しい崖から虚しく落ちていった
狼の姿になった白雪が 銀嶺丸の肩を咥え離すまいとしたのに 銀嶺丸は彼女を巻き込むまいと・・・一人で・・・・落ちて行ってしまった
白雪に拒まれた茶鬼丸(ちゃきまる)は深手を負ったまま・・・一族を離れていった
白雪は群れを離れ・・・銀嶺丸を追ったが・・・群れの方で彼女を追ってくる
「長老は死んで・・・誰かが一族を率いねばならない」
そう白雪は言った
一族は白雪が選んだ者を新しい長(おさ)にすると
「われに対する想いを取り戻し・・・」言葉の続きは白雪の胸のうちにある
離れていては狂うほどに激しく深く自分を思ってほしいのだとーそうでなければイヤなのだとー
まだ男の中では本来の銀嶺丸よりも 人としての義仁が勝っている
「お前は トゲのようだ 記憶があっても無くても 心の奥底から抜けぬ
お前に何かあったら・・・」
背後から白雪を抱きしめたまま 銀嶺丸は その耳元で囁く
「必ず思い出す どれだけお前が大事な存在であったか」
銀嶺丸の約束に白雪は切なげな吐息をもらした
そして小屋の中では 起き出していけずに月王が困っていた