夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「いろ話綺談」

2008-07-12 22:05:42 | 自作の小説

「ーそうですねぇ・・ ・
退屈だから何か変わった面白ぇ話をしろとおっしゃる

長い雨―まだ上がりそうにもありやせんね

え? いろっぽい話の方がいい― 」

門付けの女は 呼ばれて料理屋の小座敷に上がり 三味線を弾く
外でひと節ふた節 それで追われず ちょっとでも おひねり与えられればいい方なのに変わった客だった

長い雨宿りで無聊をかこっている
その美(い)い声で何か語ってくれと言う
「じゃ・・・鶯(うぐいす)の話を・・・」
そう言って女は語り始めた

{来た見た選んだ寝た―なんてぇ場所があるのでございます

女郎は大抵 本気で男を相手にしちゃあおりやせん

そりゃ多少いじられたり ひっぱられたり 何やかやされた日にゃあ生身ですから 何かはあるでしょうけれど

でもね 大概は 適当に合いの手のように声をあげ 手練手管で誤魔化しているものでございます

第一毎回 本気になっていたら体が持ちやしやせん

いい声で泣いてみせる
それも男の自惚れをくすぐる芸の一つでござんすよ

金に困って身を売りにきた女と片っ端から寝て具合を試す店主のいる店がございました
その店に滅法いい声で泣くので鶯と呼ばれる女がおりました

三年前 病気になった惚れた男の為に―

元気になった相手の男は用心棒などして稼いでは通ってきていたようです
そんな日は・・・女達でさえ体が熱くなり妙になりそうな声が流れ続けたそうですよ

そんな店には珍しい―むしろ吉原なんぞが似合いそうな雰囲気の客が選んだ女と部屋に入り 聞いたそうです

「表まで流れる ありゃ たまらない声だねぇ 誰だい?」

「妬けますね 鶯さんですよ 今夜は間夫が来てるものだから いつにもまして本気具合が違う

何されているのか してるのか

ああやって ずっと声が上がってますねぇ」

「そりゃ こんな事さ」
客は女の中で指を使ってみせた
小さな玉を微かに擦りあげる

その間も鶯の声は続いていた・・・

客と本気で寝る女郎

目の前の女を弄りながら 男は自分なら鶯をもっといい声で泣かせられるか考えていた

声に惚れたと言ってもいいだろう

泊まって帰る時 あいかたの女が あれが―と 客を見送る鶯を教えてくれた

頼んだ人間に鶯を身請けさせ―

用意した家に案内させた

世話と見張りを兼ねた年寄り女を置いて

鶯が家に落ち着いた頃
男は会いに行った
「わたしは お前さんの声に惚れた
若い頃から遊んできたが お前さんを抱く男より いい声で泣かせられるか勝負したくなった
確かに買った女は本気で声を上げない

それでは男はつまらない」

ぐいと盃煽り 徳利に残った酒を 広げた女の襟元から注ぐ

男の唇がその酒の行方を追った

新しく手に入れた女を一晩中飽きもせず責め続ける

わななく唇
ぐったりした身体から手を放さず―

案外に優しい男は 湯を運んできて 女の身体を拭いた

明るい光の中で 女の身体の奥まで見ようとする

その日から毎晩男は通ってくるようになった
女には男の身の上 名前すら判らない

少しの酒を飲み 出された料理を食べた後は 女の身体が料理されるのだった

男は女が声をあげればあげるほど喜んだ

息も絶え絶えの女に「いっそ お前の中で死にたいねぇ」などと言う

女は何を考えていたのだろう

流されるままに 生きていたのだろうか

ただ女の元の男 以前の間夫はそれでは納まらなかった

自分の医者代の為に身を売ってくれた女

例え他の男に入れ替わり立ち替わり 玩具にされる生活となっても 男には ただ愛しさが募り 雇主に言われるままに人を斬って 女に会いに行く金を作っていた

女が身請けされたのを喜んでやらねばならない

理屈は判る

しかし男の中には ―おめぇは俺の女だー
その気持ちが抜けず 狂ったように女を探し回っていた

業(ごう)だろうか

さて 鶯と呼ばれた女は身請けした男から 新しい名を貰っていた 「卯の花が咲く頃に縁があったのだから
これからは お卯のと呼ぼう」

「はい・・・旦那様」無口な女であった

ひっそりと笑う

肌を合わせて無い時は 読めない感情が 男を不安にする

不惑を越えた今まで さんざ遊んできた男は 飽きるどころか 女にのめり込む自分を感じていた

暫くして飽きたら 手切れ金代わりに店の一軒も持たせて―と思っていたのに

「あ・・・旦那様・・・」

男の身体の下で 女が声を上げる
身悶えする

男の腕に女は逆らいはしない

ただ それだけだった

「お卯の 上方へ行く気は無いかね」 寝物語りに男が尋ねる

女は首を傾げる

「最後の片付けなくてはいけない大きな仕事がある
それが無事に終われば 江戸を離れようと思うのだよ
京を見物し―」

正体を言いはしないが 男は盗賊の頭(かしら)

回船問屋に狙いをつけていた

盗みに入って千両箱頂いた後に ご禁制の品を置いて行く

男の親は 以前その場所に店を持っていた
今の回船問屋の主人は その頃の使用人

男の親は裏切られ 店を乗っ取られたのだ
上方の遠縁に引き取られ 仕込まれた盗賊稼業

復讐もかねた仕事を最後に 江戸を離れるのは 最初(はな)からの計画

女への執着が 男を狂わせている

女は気持ちを言わず願いを口に出さず

無事に仕事を終えた男は手下達に金を分け お卯のを連れて 江戸を出る―
その姿がお卯のを捜していた元・間夫の目に留まる

女恋しさに半ば狂っていた男は・・・お卯のの手を引く大店の主人ふうの男に斬りかかり・・・その刀を背に受けたのは・・・お卯のだった

「お卯の!」と抱き 抱える盗賊の頭だった男を 狂った元・間夫は 「その女に触るな!」深く斬り下げた

女を殺してしまったと思った元・間夫の男はそのまま行方知れずとなり 後には血の匂いばかり―}

長い女の話は終わった

「姐(ねえ)さんなら その鶯だか お卯のの気持ちが判るかい」

「それは・・・元・間夫のお侍の方でしょう
だからこそ身を売ったのです」

「だが!だが女は 自分を身請けした男の方を庇ったのだぞ
命を賭けて」

「庇ったのじゃ ございません

さんざ他の男に抱かれた体
せめて惚れた男の手で死にたい―と ただ一つ願ったのですよ」

「ば・・・馬鹿な」

「嘘じゃございません
お卯のは 惚れた男以外の子を身籠もっている我が身を恥じたのでございますよ」

「・・・・・!」

「あたしの名は お卯のさんに貰いました
お希久(きく)と言います

いっとう幸せだった娘時代の名前だそうです」

そこで言葉を切り 外を伺う

「おや 雨が
あがったようでござんす
これで失礼いたしやしょう」
三味線を取って立ち上がる

「待て お前 何故 何故 そんなに詳しい」

「あたしは おっかさんが 産みたくなかった子供なのですよ」

呆然と男は その後ろ姿を見る

「傘を 被りものを取って顔を見せてくれ」

縋るように声をかける男に お希久は傘を外した

「お希久・・・」
男の記憶するお希久と同じ白い顔

惹かれた声は母娘なればこそ似ていたか

「おっかさんは 自分を手にかけて行方知れずになった男の事をずっと案じておりました
男に殺されたわけではない
ただ いっそ殺されてしまいたかったと

それを伝えてほしいと
どれだけ別の男に抱かれても
ただ一人 惚れた相手に抱かれる時が 心底 嬉しかったのだと 生きていると思える時間であったのだと

あたしが捜す おっかさんの想い人は 名を聰次郎と聞いております

一礼して お希久は出て行く

座敷に残った男 聰次郎は泣いては飲み 泣いては飲みして酩酊し・・・・・彼はその後 出家した

自分が手にかけた人間と 惚れた女の菩提を弔って ひっそり生きたと言う