川の近くに その見世物小屋と言うか お化け屋敷はあった
元々は見世物小屋であったのが いつしかお化け屋敷となり 細々と興行は続けられていたが 遂に閉める事になった
寂れていたが 閉めるとなると 今までの思い出と珍しさが先に立つのか なかなかの盛況になった
そんな中 事件は起きたのだ
迷路のお化けの中に本物の死体が交じっていた・・・
当然 大騒ぎになる
被害者の頭には 見事に斧が刺さっていた
今 明るく全部の照明が入ってしまうと お化け屋敷の中は恐くも何ともない
いかなも作り物めいた あざといばかりの色使いが悲しくなるほどだ
一つ目入道 ・ゆらゆら揺れるろくろ首・墓石に鬼火・破れ提灯・戸板返しの仕掛け ・通路の天井から降ってくる生首・かっと目を見開く極門台上のさらし首・鏡の美女が耳が口まで避けた鬼女に一瞬にして変化するもの・・・
見世物小屋であった頃の名残か 伴奏つきで「親の因果が子に報い―」と言った口上が突如として流れ
これは生きた人間の仮装だろう 涙を流す人魚 その後ろでは人魚を料理しようと出刃包丁振り上げる不気味な怪人・・・・・
暗い中 進むと確かに多少不気味かもしれなかった
お化け屋敷の客
お化け屋敷の従業員
一人ひとりに質問し 浮かび上がった成り行きは・・・
死体がぽんと勝手に生えてくるものでも無いのだから
誰かが迷惑にも捨てていったのだろう
問題は それがいつか・・・なのだが
斧・・・こんな物騒な道具を持ち運ぶには かなり大きくて丈夫な袋がいる
人目が無い場所で ばっさりやらなくてはいけないのだ
殺される相手だって じっとしてはいないだろう
となると―
「となると 死体となった人間は 悪ふざけと思いこまされ イタズラの片棒を担ぐつもり
凶器の斧が手品などで使う玩具だと信じていたのかもしれない
それだと死体が半分笑ったような ちょっとびっくりしたような表情なのも 納得できますねぇ」
外で煙草を喫煙(すい)ながら 考えをまとめていた 佐原 阿里子(さはら ありこ)警部補は ぎょっとした
いつの間にか背後に立たれていたからだ
「ああ 脅かしてすみません わたしは小屋の者です」
阿里子は肩の力を抜いた
「運転免許から身元も割れたわ その人間関係から 犯人も浮かんでくれるでしょ」
「そうですか 宜しくお願い致します」
阿里子が振り返ると 男はもういなかった
翌日 署に残っていた阿里子に 犯人が自首してきたと連絡が入る
犯人・・・その若者はひどく憔悴していた
争っていた女性の心が 死体となった男に傾き―その男と親友でもあった犯人の若者は ふざけ好きの相手を騙して一緒にお化け屋敷へ入り 人気の無い場所で 犯行に及んだ
死体となった男は 見物客を脅かすのも面白いと思ったのだ
ひどく協力的な被害者へ 犯人の若者は 本物の斧をふるうだけで良かった・・・
どうして自首してきたのかと 問われて犯人は言った
「家が化け物屋敷になって―恐ろしい―お化け屋敷なんぞで殺すんじゃなかった」
親友を殺した罪悪感からか 幻覚を見たのだろう
犯人は言う
床がうねって人の顔が浮かび上がり 天井から首が降ってくる
水道の蛇口捻れば 気味悪い赤黒い虫が ぼとぼと落ちてきて床まで溢れる
シャワーを浴びようとすれば ぞろりとずるりと黒髪が
極め付けは殺したはずの男が出てくるそうだ
頭に斧がめり込んだまま
痛いよ 痛いよ とっておくれよぅ
阿里子は お化け屋敷へ行って 容疑者を捕えた事を話した
「あの白っぽい着物の何処か昔の文士めいた方は」
阿里子が尋ねた途端に 周囲の人々は凍り付いた
「先日ここの裏手で お会いしたのですが わたしより10センチばかり背の高い―」
顔を見合わせていたお化け屋敷の従業員は言った
「本当に出るんだ」
「いるんだ まだ」
「あの 一体何を 」阿里子が言いかけると お化け屋敷の持ち主が話し出した
「このお化け屋敷には{何かが}住んでいて 勝手に客を脅かすんです
曰く付きながら どうにか続けてきましたが
あなたは彼の好みのタイプだから 言葉を交わしたくなって出てきたんでしょう
茶目っ気のある幽霊で わたしはまだ見たこと無いのですが
今までにも気にいった人間には 姿を見せています
ここは本当にお化け屋敷なんですよ」
「は・・・あ」
阿里子は 担がれたのか 判断に苦しむ
―話し相手を選ぶ幽霊?―
お化け屋敷の持ち主は 呟く
「連中まだまだ脅かし足りないらしいな」
首を傾げながら お化け屋敷を後にした阿里子は {事件 解決して良かったな}そういう声を 確かに耳許で囁かれた気がした