同じワンルームの隣室に美人が越して来たと思った
その美人が季節外れの二学期から赴任してきた同じ学校の教師だった
いかにも先生なりたてで動きがキビキビしている
あちらも こちらに気付いていたみたいで 職員室で目が合うとおかしそうに笑った
彼女の前任の教師はやはり女性であったが 階段から落ちて骨折し入院中だ
学校では教師に限らず不可解な怪我をする人間が続出していた
当直の教師が夜食を作ろうとして熱湯をかぶるとか
各部の顧問にも特に生徒達に気を配るように言われている
学生時代に少し齧ったことから俺は剣道部の顧問をしていた
放課後 すっと美人・・・花宮碧子先生が挨拶に来た
「校長先生から 剣道部のお手伝いをするように言われました お邪魔してかまいませんか?」
その姿勢のよさ 伸びた背筋を見直す
「新稜の花宮か!」
不敗の花宮 いっそ何か憑いていると思うほど強い選手が新稜高校にいた
あれは何年前だったか
「はい」相手は短く答えた
「それは心強い 宜しくお願いする」
部の指導が終わり バスで通勤していることを知ると「どうせ隣なんだ 」
そう一緒に帰ろうと車に誘うと 「では遠慮なく」一礼して乗ってきた
部屋も隣り合わせ 指導する部も同じということで 一緒にいる時間も多く その相手が若い美人なものだから 他の独身の教師から ひやかしも受けた
妹が生きていたら 同じ年頃だ
もし妹が生きていたら
俺は花宮碧子の中に 死んだ妹を捜していたのかもしれない
勿論 そればかりではないが
碧子には何処か不思議なところがあった
素手で竹刀を振る動作をしているのに 剣を持っているように見えるのだ
まるで視(み)えない何かを斬るように
彼女がその動作をすると空気が軽くなる
それが「何か」問いただすのは躊躇われた
独身の女性教師が当直をすることは無いのだが 俺が研修で留守の時 部の指導を終えた花宮が帰宅しようとすると その日の当直の先生が怪我をした
夜遅く帰宅した俺は 珍しい相手と出会う
恐ろしいほど色白の顔に赤い唇 あねさん被りの女性
わ道具屋の女
「待ち針さんが 」と差し出してくる
死んだ妹の何かが残っている待ち針 そうした道具は 普通の人間によくないらしく わ道具屋の女が預かってくれている
待ち針は俺の服のポケットに納まった
「あの・・・花宮碧子さんは とても強い心を持っていて ある刀が持ち主と選んだ人間なのですがー」
それゆえ色々な「禍々しいモノ」も惹きつけてしまうのだと言う
それをどうにかするのも自分の仕事と思い定めているふしもあるが 学校で悪さしているモノは ひどくタチがよくないのだとも
わ道具屋の女の話が終わらないうちに 俺は「一緒に行きませんか?」と声をかけ 車のエンジンをかけていた
学校で事故を起こし続けているモノ それは・・・・・・
たとえば 生徒とうまくいかなかった教師
してこない宿題を注意したら 逆に親から怨まれ文句を言われ
指導力の無さを校長から罵倒され
学校に馴染めなかった生徒 登校拒否でひきこもりになって
彼らは思う「学校さえなければ」
悪意は 小さな事故を起こしては嬉しがる くすくす笑う
もっと大きな事故を 人が驚くことを 固まる悪意は膨れ上がる
もっと犠牲を もっともっと
喰らいたがるようになる
力あるモノを喰らえば そうすれば
それらは 花宮碧子を標的に選んだ
招くように校門は僅かに開いていた
夜はいつにもまして暗い
当直室には・・・誰もいなかった・・・・・
何処かで夜が乱れている
何かが蠢く気配がする
いつも車に積んでる竹刀が頼り
はなはだ頼りないが
ビッ ビッ
移植ごてが飛んでくる
避けたら方向転換して追ってくる
器用な芸をいつ身につけたんだか
叩き落としながら 走る 走る 走る
花宮 何処だ?!
運動場・・・・・その一角に白い影が跳ねていた
その前に確かに何かが存在している
幾本もの触手らしきものが 花宮めがけてのびる のびる
花宮は大きく息を弾ませていた
白い額に汗
俺の待ち針が 巨大なモノへ突き刺さる そして跳ね返され戻ってくる
その待ち針が刺さったあとを 花宮の持つ見えない剣が斬った
散る何かを 竹刀で叩き伏せていく
花宮も斬りたくっていた
わ道具屋の女は いつ出したのか黒っぽい瓶を構えて そこへ散らばった何かを吸い寄せている
長い夜も終わる 白々と明けてくる
待ちかねた思いの朝陽がかかると 黒い何かは 悲鳴をあげるように弾けた
瓶に蓋をした わ道具屋の女は「終わりです」と言った・・・
校門を出ると いつものように わ道具屋の女は 待ち針を受け取り ふっと姿を消した
花宮碧子を部屋まで送り 俺は自分の部屋に入って しっかり目覚まし時計をセットしてから少し眠った
花宮碧子と わ道具屋の女の出会いについて教えられたのは その日の学校が終わってからのことだ
俺は 俺で死んだ妹の事を話し 話し終わると言っていた
「どうにも君を一人 放ってはおけない 目が離せないんだ
付き合ってくれないか」
すると彼女の返事がふるっていたね
「え? わたし もう付き合っているんだと思ってました」
「いや付き合うというのはデートしたりー」
「わたしは毎日がデートのつもりでしたけど?」
絶句する俺に「同じ学校でお隣さんというだけでは 助手席に座ったりしません」
不敗の花宮碧子
ああ俺は死ぬまで勝てないなーと 遂には笑い出しながら思ったよ