ただ一緒に立っていた
気付けば並んで―
彼は随分背が高く 170ある私がぐぐっと首を反らせて見上げないといけないほどに大きかった
ふっと彼が笑い
それからの事が私はどうしても思い出せなかった
話をし名前も聞いたはずなのにもどかしい
私の中には彼の記憶がある
しかし確かなはずの記憶なのに交わしたはずの言葉は何も残っていない・・・
どうしてなのだろう
一体 何故
「君は僕の手から食べ物を食べた
僕の指が その唇から押し込んだモノを飲み込んだんだ」
「だから」
「だから 君はもう僕のものだ」
死んでいるのか 生きているのかさえ判らない世界の中で 彼の存在ばかりが鮮やかだ
そこにだけ色彩が存在する
彼は言う
「君はもう何も覚えてなくていい
思い出さなくていいのだ」と
では この世界は 一体なんなのだろう
名前も意味を成さない
彼は ただ「彼」で
私はただ「私」
「何も気にすることはない
一緒にいる相手がいる
それだけで充分だろう」
ええ一人は寂しい
孤独は嫌
私は彼の手に自分の手を添える
それだけ それだけで温かさが胸に広がる
何より彼が嬉しそうに微笑んでくれたので
彼が笑うこと
それが一番大切な事に思える
ただ一緒にいる
それが それだけが望みだったのだ
なんて簡単なこと
そうしてその簡単な事が 何故かかなわなかったのだ
だから 私は彼と行こう
今度こそ この手を放すまい