ドルランクの工房でほぼ完成した船の細かな作業をオランプがオルディスやドルランク父娘と見て回っていた時に それは起きた
オルディスはファルラを腕の中に引き込むようにして庇い地に伏せる
オランプはよろめくドルランクの体を支えた
今迄にない激しい地揺れ
工房で働く者達の顔も青い
捨ててはいけない大切なモノだけを持って いつでも逃げられる準備をしておくこと
落ち合う場所を家族と決めておくこと
できるならばその地域の長の者の言葉に従うこと
「死んでくれるな 生き抜くことを考えてくれ」
とオランプは彼等に言った
オランプの顔色も余り良くない
ファルラの腕を引いて立たせるオルディスを暫く見つめていたが「ご助力とご厚意に感謝する」
そうオルディスに声をかけた
「?」
少し怪訝そうな表情になるオルディスに言葉を重ねるオランプ
「その男気に更に甘えたい ただ無理をして死なないでくれ 無事でいてほしい」
「申し分けないが妻の所に寄ってくる」
その場にいた者達に頭を下げるとオランプは工房を出て行こうとする
「そっちも無理するな」と言うオルディスにオランプも言葉を返す
「有難う 強気のオルディス」
道々オランプは地揺れに怯える人々へ言葉をかけていく
怪我をしている者はいないか 火を使っている者がいればすぐ消しておくように
まずは王の所へ駆け付けるのが臣下の務めかもしれないが オランプにはディアネージュが大切だった
怪我をしていないか 無事か
その身の安全をこの目で見ないと
ディアネージュの館は扉が中途半端に開いていた
様子がおかしい こういうだらしないことをディアネージュはさせない
何かが起きているのか
館を守る男達の姿が無い
オランプは庭へ回り様子を探ることにした
「こんな時にあの男は貴女を一人にしているのか」
その声はダイレントのものだった
ひどく冷たいディアネージュの返事も聞こえてくる「こんな時に押し込む者が出ようとは思いませんもの」
ダイレントはディアネージュの傍で剣を振り回し 館の者達はそれを遠巻きにしている
ディアネージュに危害を加えられたらーと館の者達は大胆な行動に出られずにいる
「こんな時だから貴女を護りに来たんだ 安全な所に行こう」
「こんな時だから国を背負う者は自分達のことは後回しになるのです
人々への責任があるのですから」
「もしも死ぬかもしれないのなら 愛する人間を傍におきたいと思うだろう」
ダイレントはディアネージュを連れ出そうとし それにディアネージュが応じずにいるのだった
「あたくしは ここで夫を待ちます 神の前に誓った夫です」
「実の名前ではなかろう そんな誓いは誓いにならぬ」
「あたくしは嵐の海で命を諦めずに泳ぐ名も知らぬ人を見つけた時に この心をとらえられておりました
この人を死なせてはならない!
海から救われ眠り続け やがて無事に目覚めー
ダイレント あたくしの何が貴方を惹き付けているのか分かりませんが
あたくしが心から望んであの人の妻でありたいんです」
恋する男には絶望的な言葉
「認めない!」とダイレントは叫んだ
「心が得られぬならその身だけでももらっていく」
同じ部屋にいるアマーネが黙っていられなくなって叫ぶ「やめてよ!」
彼女は水色の瞳に涙を浮かべていた
「あなたはそんな方じゃないはず どうしてそんなふうになってしまったの」
「ソロクレスに王に剣を向けた神官エランドが幽閉されようとするのを俺は邪魔をして逃がした
神官は認めたよ 先王夫妻も殺したことを
そうだ この俺も反逆罪だ
地揺れによりこの国が無くなるかもしれぬなら丁度良い
俺も好きに生きる
欲しいモノを手に入れて!」
信じるモノを失ってダイレントは自棄になっているのだった
「あなたは あなたは 真っ直ぐな人だったのに この国を良いものにするという夢はどうなったの
ソロクレス様を支えて 暮らす者達の笑顔が絶えない明るい国にするのだというー」
日頃はおとなしいアマーネの必死の言葉
彼女はダイレントの自分の女主人ディアネージュへの想いを知りながら ずうっと彼を慕い続けている
「わたしは わたしはこれ以上あなたが壊れていくのを見たくない どうぞわたしを殺して下さい
何をなさるにしても・・・わたしが死んでからになさって下さい
あなたから想われることの無いこの身 生きているかいなどありません
せめて その剣にわたしの命をかけて下さい 奪って・・・死なせて下さい」
「アマーネ 何を言い出すのよ」
マリアッドがアマーネの両肩を持って止めようとするけれど 一歩二歩アマーネはダイレントに近づいていく
その剣を持つ腕の方へと
アマーネの水色の瞳からとめどなく零れ落ちる涙
それすらダイレントには届かないのか
「ば・・・馬鹿な!」
「ダイレント様が好きに生きると言うのなら わたしは・・・せめてわたしは好きに死んでも 想う方に殺される自由があってもいいでしょう」
アマーネの絶望的な愛 自分に寄せる心の深さをダイレントは気付いていなかった
「ああ・・・!もう!」
混乱したダイレントが剣を振り上げる
その刃(やいば)の下に飛び込もうとするアマーネ
代わりにその剣を受けたのはディアネージュが持つ盆
傍らの卓上にある盆を咄嗟にディアネージュが掴んで飛び出したのだった
「あたくしの大切な人間を害することは たとえその者が望もうと許しません」
「姫様!」
マリアッドの声は悲鳴のようだった
ダイレントの剣を受けながらじわじわディアネージュは体を動かしアマーネの体の楯になる
「幼い頃からあたくしが大切に思う身近な人間が あたくしの代わりに毒などで命を落としました
もう誰にも理不尽な死を迎えさせたくないのです
あたくしの目の前では まして」
ディアネージュの細い腕がダイレントの剣の下で震える
「弱い者いじめはダイレント殿の趣味ではなかろう」
場にそぐわぬ ひどくのんびりした声がかかった
部屋の入口に立っているのはオランプ
「相手は わたしのはず
このわたしをこそ切り刻みたいのであろう」
「お前・・・!」
さっと入って来たオランプの方へ向き直るダイレント
鍛えた鋼のような身体に銀色の髪の美丈夫・・・
護るべき正義を見失った男
彼は自分が何をしたいのかも分からなくなってしまっている
もしもオランプを斃したところでディアネージュの心が自分に向かぬということも分かっている
ならばこれは無駄な闘いだ
無益で何も生まぬ 生み出さぬ
それが心の何処かでダイレントにも分かっている
違う方向へ進んでしまったのだと
澄んだオランプの眼差し
そこにあるのは何だっただろう
静かにオランプは鞘から剣を抜いた
「どうしても戦うというのなら庭に出よう 遮る物が無い場所でお相手する」
「おおう!」
背を向けたオランプが庭へと出きらないうちに背後から打ちかかるダイレント
一瞬早く身を躱したオランプがそのダイレントの剣を受ける
先刻ほどではないにせよ また揺れが来た
「判らないのかダイレント! この島は沈む 争っている時か
我々にできるのは一人でも多くの命を救うこと 死なせないことだ」
撃ち合いながらオランプがダイレントを説得しようとする
「信じぬ お前の言うことなど お前さえ現れなければー」
「わたしを殺せば それで幸せになれるのか」
いやもう二度と幸福になれる日など来ない
そんな日々へは戻れない
神官は何と言ったか
大義の為ならば殺人も許される
だがー神官には正義などなかった
ならば ダイレントにあるのは
殺したいから殺す
物事が思い通りにならないから
まるで子供の八つ当たりだ
鈍るダイレントの切っ先とは逆にオランプの剣の動きが速くなる
ソロクレスがエランドにしてみせたよりも遥かに巧みにオランプは剣でダイレントの剣を巻き上げ飛ばした
「島が沈んでも沈まなくても 人々を船で避難させる
これから王とそれについて話をしてくる
ダイレント 人手が必要だ
全てが落ち着いて それでもわたしを殺したいのなら わたしだけを狙って襲ってくればいい
いつでも受けよう」
後は振り向きもせずオランプは館の中へと入っていく
オルディスはファルラを腕の中に引き込むようにして庇い地に伏せる
オランプはよろめくドルランクの体を支えた
今迄にない激しい地揺れ
工房で働く者達の顔も青い
捨ててはいけない大切なモノだけを持って いつでも逃げられる準備をしておくこと
落ち合う場所を家族と決めておくこと
できるならばその地域の長の者の言葉に従うこと
「死んでくれるな 生き抜くことを考えてくれ」
とオランプは彼等に言った
オランプの顔色も余り良くない
ファルラの腕を引いて立たせるオルディスを暫く見つめていたが「ご助力とご厚意に感謝する」
そうオルディスに声をかけた
「?」
少し怪訝そうな表情になるオルディスに言葉を重ねるオランプ
「その男気に更に甘えたい ただ無理をして死なないでくれ 無事でいてほしい」
「申し分けないが妻の所に寄ってくる」
その場にいた者達に頭を下げるとオランプは工房を出て行こうとする
「そっちも無理するな」と言うオルディスにオランプも言葉を返す
「有難う 強気のオルディス」
道々オランプは地揺れに怯える人々へ言葉をかけていく
怪我をしている者はいないか 火を使っている者がいればすぐ消しておくように
まずは王の所へ駆け付けるのが臣下の務めかもしれないが オランプにはディアネージュが大切だった
怪我をしていないか 無事か
その身の安全をこの目で見ないと
ディアネージュの館は扉が中途半端に開いていた
様子がおかしい こういうだらしないことをディアネージュはさせない
何かが起きているのか
館を守る男達の姿が無い
オランプは庭へ回り様子を探ることにした
「こんな時にあの男は貴女を一人にしているのか」
その声はダイレントのものだった
ひどく冷たいディアネージュの返事も聞こえてくる「こんな時に押し込む者が出ようとは思いませんもの」
ダイレントはディアネージュの傍で剣を振り回し 館の者達はそれを遠巻きにしている
ディアネージュに危害を加えられたらーと館の者達は大胆な行動に出られずにいる
「こんな時だから貴女を護りに来たんだ 安全な所に行こう」
「こんな時だから国を背負う者は自分達のことは後回しになるのです
人々への責任があるのですから」
「もしも死ぬかもしれないのなら 愛する人間を傍におきたいと思うだろう」
ダイレントはディアネージュを連れ出そうとし それにディアネージュが応じずにいるのだった
「あたくしは ここで夫を待ちます 神の前に誓った夫です」
「実の名前ではなかろう そんな誓いは誓いにならぬ」
「あたくしは嵐の海で命を諦めずに泳ぐ名も知らぬ人を見つけた時に この心をとらえられておりました
この人を死なせてはならない!
海から救われ眠り続け やがて無事に目覚めー
ダイレント あたくしの何が貴方を惹き付けているのか分かりませんが
あたくしが心から望んであの人の妻でありたいんです」
恋する男には絶望的な言葉
「認めない!」とダイレントは叫んだ
「心が得られぬならその身だけでももらっていく」
同じ部屋にいるアマーネが黙っていられなくなって叫ぶ「やめてよ!」
彼女は水色の瞳に涙を浮かべていた
「あなたはそんな方じゃないはず どうしてそんなふうになってしまったの」
「ソロクレスに王に剣を向けた神官エランドが幽閉されようとするのを俺は邪魔をして逃がした
神官は認めたよ 先王夫妻も殺したことを
そうだ この俺も反逆罪だ
地揺れによりこの国が無くなるかもしれぬなら丁度良い
俺も好きに生きる
欲しいモノを手に入れて!」
信じるモノを失ってダイレントは自棄になっているのだった
「あなたは あなたは 真っ直ぐな人だったのに この国を良いものにするという夢はどうなったの
ソロクレス様を支えて 暮らす者達の笑顔が絶えない明るい国にするのだというー」
日頃はおとなしいアマーネの必死の言葉
彼女はダイレントの自分の女主人ディアネージュへの想いを知りながら ずうっと彼を慕い続けている
「わたしは わたしはこれ以上あなたが壊れていくのを見たくない どうぞわたしを殺して下さい
何をなさるにしても・・・わたしが死んでからになさって下さい
あなたから想われることの無いこの身 生きているかいなどありません
せめて その剣にわたしの命をかけて下さい 奪って・・・死なせて下さい」
「アマーネ 何を言い出すのよ」
マリアッドがアマーネの両肩を持って止めようとするけれど 一歩二歩アマーネはダイレントに近づいていく
その剣を持つ腕の方へと
アマーネの水色の瞳からとめどなく零れ落ちる涙
それすらダイレントには届かないのか
「ば・・・馬鹿な!」
「ダイレント様が好きに生きると言うのなら わたしは・・・せめてわたしは好きに死んでも 想う方に殺される自由があってもいいでしょう」
アマーネの絶望的な愛 自分に寄せる心の深さをダイレントは気付いていなかった
「ああ・・・!もう!」
混乱したダイレントが剣を振り上げる
その刃(やいば)の下に飛び込もうとするアマーネ
代わりにその剣を受けたのはディアネージュが持つ盆
傍らの卓上にある盆を咄嗟にディアネージュが掴んで飛び出したのだった
「あたくしの大切な人間を害することは たとえその者が望もうと許しません」
「姫様!」
マリアッドの声は悲鳴のようだった
ダイレントの剣を受けながらじわじわディアネージュは体を動かしアマーネの体の楯になる
「幼い頃からあたくしが大切に思う身近な人間が あたくしの代わりに毒などで命を落としました
もう誰にも理不尽な死を迎えさせたくないのです
あたくしの目の前では まして」
ディアネージュの細い腕がダイレントの剣の下で震える
「弱い者いじめはダイレント殿の趣味ではなかろう」
場にそぐわぬ ひどくのんびりした声がかかった
部屋の入口に立っているのはオランプ
「相手は わたしのはず
このわたしをこそ切り刻みたいのであろう」
「お前・・・!」
さっと入って来たオランプの方へ向き直るダイレント
鍛えた鋼のような身体に銀色の髪の美丈夫・・・
護るべき正義を見失った男
彼は自分が何をしたいのかも分からなくなってしまっている
もしもオランプを斃したところでディアネージュの心が自分に向かぬということも分かっている
ならばこれは無駄な闘いだ
無益で何も生まぬ 生み出さぬ
それが心の何処かでダイレントにも分かっている
違う方向へ進んでしまったのだと
澄んだオランプの眼差し
そこにあるのは何だっただろう
静かにオランプは鞘から剣を抜いた
「どうしても戦うというのなら庭に出よう 遮る物が無い場所でお相手する」
「おおう!」
背を向けたオランプが庭へと出きらないうちに背後から打ちかかるダイレント
一瞬早く身を躱したオランプがそのダイレントの剣を受ける
先刻ほどではないにせよ また揺れが来た
「判らないのかダイレント! この島は沈む 争っている時か
我々にできるのは一人でも多くの命を救うこと 死なせないことだ」
撃ち合いながらオランプがダイレントを説得しようとする
「信じぬ お前の言うことなど お前さえ現れなければー」
「わたしを殺せば それで幸せになれるのか」
いやもう二度と幸福になれる日など来ない
そんな日々へは戻れない
神官は何と言ったか
大義の為ならば殺人も許される
だがー神官には正義などなかった
ならば ダイレントにあるのは
殺したいから殺す
物事が思い通りにならないから
まるで子供の八つ当たりだ
鈍るダイレントの切っ先とは逆にオランプの剣の動きが速くなる
ソロクレスがエランドにしてみせたよりも遥かに巧みにオランプは剣でダイレントの剣を巻き上げ飛ばした
「島が沈んでも沈まなくても 人々を船で避難させる
これから王とそれについて話をしてくる
ダイレント 人手が必要だ
全てが落ち着いて それでもわたしを殺したいのなら わたしだけを狙って襲ってくればいい
いつでも受けよう」
後は振り向きもせずオランプは館の中へと入っていく