小４，走ることが初めて好きになった日

「今日の体育は、マラソンをする。隣村の橋まで往復だ。」
「ええ～っ、そんなあ～。」
　小学校４年生になって最初の体育の時間、50foxたちの担任になったばかりのナベタ先生は言った。
　みんなが驚くのも無理はなかった。
　隣村の橋までは、片道3.5ｋｍ以上あるのに、そこまで走って戻ってくるというのだ。　　
　50foxは、走ることが大の苦手だった。
　なにしろ、毎年毎年運動会でびり以外になったことがなかったからだ。
「いやだな、みんなにどれだけ差をつけられるんだろう。あ～あ…。」

　案の定、走り出してすぐ後ろを振り返ると、心臓が悪くて体育を見学するミチコが校舎の日陰に一人座っているのが見えるだけだった。

　あれまあ、おいらは早くもびりかあ。
　目の前には男子13人、女子8人の級友たちが先を行っていることになるんだなあ…。
　仕方がないや、おいらは速く走れないんだから。このままゆっくり行くしかないや。
　50foxは、覚悟して遅くても走り通すことに決めた。

　村の集落を抜けると、急に青い空が広がった。白い雲が松林の上に浮かんでいた。
「あれ？」　
　松林の中に入ると、50foxは不思議に思った。
　さっき元気よく駆け出していったはずのエツジやハルヨシたちが、疲れてしまった何人かの女子に混じって歩いていたのだ。

　松林の中はひんやりしてとても走りやすいのになあ。
　なんであいつら歩いているのかなあ。

　50foxは思い切って、歩いている女子たちを、続いてエツジやハルヨシたちを抜き去った。

　松林を抜けると、砂利道になった。
　目の前に走っているのは、女子で一番脚が速いはずのサキだった。
　少しずつ追いついてサキを横目で見ると、苦しそうに額に汗をかいているのがわかった。
　走ることでサキを抜くなんて、小学校入学以来初めてのことだった。

　やがて、遠くに隣村の橋が見えてきた。
　すると、足の速い男子が次々と折り返してきたが、誰も50foxに目もくれず走り去って行った。
　50foxも、橋に到達し、片手でさわった。
　半分走り終わったが、疲れは感じなかった。
　砂利道を走りながら、また何人か抜くことができた。
　なんだかとても気持ちよくなって来た。

　一番脚の遅いおいらがこんなにたくさんの同級生を抜いて行けるなんて、夢みたいだよなあ。
　あははは…。

　戻り道の松林の中で、後ろを振り返りながら走っているマサトがいた。
　マサトは、リレーの選手の一人だった。
「おい、50fox。おまえ、女にも勝てないのか。本当におまえ男か？」といつも馬鹿にし、からかってくるマサト。
　彼には近づきたくなかった。
　しかし、ゆっくり走っていてもマサトの姿が大きくなって来た。
　ええい、いいや。行ってしまえ。
　50foxはマサトのことを抜いた。
　マサトは、50foxが自分を抜いたことにびっくりした顔つきをした。
　やがて、すぐ50foxを抜き返した。
　でも、マサトは間もなく失速した。
　50foxは、また抜き去った。マサトが、抜き返してきた。
　50foxが抜く、マサトが抜き返す。
　そんなことを何回か繰り返した後、後ろから「チックショー。」という声が聞こえた。
　マサトが、膝に手を当てて路上にたたずんでいるのが目に映った。

　いつも暮らす村の集落に入り、やがて学校が見えて来た。
　校舎の日陰で、先にゴールした男子とナベタ先生が休んでいた。

　ゴールして日陰に入った50foxに、ミチコが語りかけて来た。
「50fox、すごいね。あんた、４番だよ。」
「え？」
　信じられなかった。100ｍ走なら間違いなく学年で最下位なのに、７，８km走って4位とは…。
　ははは、外に出てたくさん走るのって、楽しいなあ。

　50foxが走ることを楽しいと思ったのは、その時が初めてだった。


……50数年前の、だいたいホントの話であります。