元和二年(1616) 徳川家康は自分の病の重篤を知り、
いくつかのい遺命を言い渡ししました。
それにより、徳川幕府を屈強なものにする三本のラインが現れました。
※ 一本目
御前崎から久能山東照宮を線で結んだ延長上に富士山
更に延長上に群馬県の世良田東照宮(徳川氏祖先の地)
更に延長すると日光東照宮に至る
※ 二本目
久能山東照宮から真西には駿府城、更に延長すると
鳳来山東照宮(松平広忠公夫妻が鳳来寺に祈願して家康が出生)
更に延長上に家康が生まれた岡崎城、更に京都に。
※ 三本目
日光東照宮の真南には江戸城、南面に建つ陽明門の真上に は 「不動の北極星」 が輝きます。
自然を崇め、祖先を崇め、そして、関八州はじめ、遠くは京都まで
目を配る、そんな家康の心が放った三本のミステリーラインは、
今も、霞むことなく日本を走っているようです。
家康さん、さすがですね。