ドラマに出てきた本能寺
本能寺の「のう」という字は
偏は「にくづき」 つくりが「去」の文字が書かれていますね
「能」 としていた時代、あまりに火災が多く、
それは、つくりに「ヒ」を二つ書くせいだとなり
つくりは「去」 火が去るようにと改められたそうです
これについては、諸説あるそうですが…
今の本能寺の石碑も、「去」ですが、あちこちに
「本能寺」の表示もあって、どうやらどちらでもいいのかな…?
麒麟がくる 第五回 伊平次をさがせ
将軍が鉄砲に興味を持っている
各地のお偉い方々も鉄砲をたくさん手に入れようと
躍起になりだした
斎藤道三は知りたかった
なぜ将軍がこれほど鉄砲を欲しがっているのか
十兵衛に調べるようにと、またまたの難題です
十兵衛も、鉄砲を分解、
あの頃は?(^-^; 「組分け」と言ってたのですね
組分けして改良につなげたいという気持ちが沸きあがっていた
やっぱり、頭良い~♪ 理論派、理屈っぽいともいう
家来の伝吾さん(確か石原軍団の人?)から、いい情報を得ました
十兵衛は早速、馬で近江の国友村(現在の長浜市)へと
時代劇では、俳優さんは、馬術や殺陣や独特の所作と
会得しなければならないことが多いですね
これらがお上手だと、ぐんと見映えがしますよね♪
余談ですが、綾瀬はるかさんの殺陣が好きです
「八重の桜」の時、会津白虎隊と共に戦っていたシーン
未だに、思い出す素晴らしさでした
中でも一番感心してるのが所作
胡坐の姿勢をすれば、
ひざが床に着くほど股関節が柔らかですし、
この姿勢から立ち上がる時、手の支えも無しに、すっと
まるでディレクターチェアの足みたいに伸ばしたり折りたたんだり
立ち上がるも座り込むも、すごいけど、どの筋肉がすごいの?
さて、胡坐からすっと立ち上がって、颯爽と馬を走らせ
鉄砲鍛冶の伊平次という人物に会うため近江国友へ
種子島に鉄砲伝来のあくる年くらいから、すでに
国友は鉄砲の産地だったのですね、知りませんでした
鉄砲鍛冶の親方さんは口が堅かった
伊平次のことも何も教えてはくれない
将軍の命で、鉄砲に関わることは口外禁止になっていたのですね
そんな時、(あまり喜べることではないものの)
職人が賄賂目当てで、話してくれて、
伊平次は、本能寺にいることが判明♪
また、京に行くことにした十兵衛は、
今度は、旅費を片手三つ分? 十五貫のこと?
道三相手に吹っ掛けましたね、賄賂で渡した分も込みかしら(^^ゞ
そうして京で、十兵衛は、人脈を広げ始めました
そのラインナップ
十三代将軍足利義輝
将軍に仕える細川藤孝
藤孝の兄の三渕藤英とは、二度目の出会い
松永久秀は、泥酔中の十兵衛を尻目に刀の売買をした人
売買と言えるかどうか…
でも、十兵衛が納得してますし…(^^ゞ
松永久秀、蛇の道は蛇ということでしょうか
伊平次の居場所をちゃんと知っていた
伊平次は、遊郭に入り浸っていた
ところが、なんと
この伊平次、十兵衛子供の頃の友達であった
伊平次は瓜泥棒をしようとして、井戸に落ちたことがあり
助けたのが、十兵衛で
伊平次は十兵衛に、ずっと恩を感じていたようで
鉄砲の話もとんとん拍子に進みだした
その二人の世界の話の弾み具合を見ていた松永
「わしを置いて行くな、わしを忘れるな」 とか言いつつ
この縁は、天が与えたものだと、喜んでましたね~
あれだけ鉄砲造りを断っていた伊平次なのに
十兵衛の頼みだけは、引き受けたのでした
十兵衛さん、誰からも好かれる人なのですね~好感度⤴⤴⤴
さあ、製図が書けるように組分けです
でも、戦のあと口に苦さが残るという十兵衛は、
鉄砲のこと、どう進めるのでしょうか?
突然の麒麟情報です
この写真は、数年前に
太宰府天満宮を参拝した時のものです
麒麟ですが、境内に祀られていました
体は馬で、首、頭は龍のようですね
もちろん、天神さんなので、牛の像も沢山ありました
思い出深いことがありました
参道にあるお店で
「梅が枝餅」の焼きたてを食べたことです
びっくりするほど、熱かった(^-^;
以前、お土産用の袋入りを買って家で食べたのより
更においしかったです、また食べたいな♪
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます