【政界地獄耳】:お上に盾付く行いだから乗れない
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【政界地獄耳】:お上に盾付く行いだから乗れない
★8月6日に広島、9日に長崎に原爆が投下されてから74年がたった。そして間もなく訪れる74年前の15日に日本は終戦を迎えた。2度と戦争は起こさない。唯一の戦争被爆国として原爆の悲惨さを世界に知ってもらいたい。戦後、国際社会に復帰する日本の国民はそう願った。今年も6日、首相・安倍晋三は広島市中区の平和記念公園で開かれた平和記念式典に参列し、献花・あいさつ、被爆者代表らと会談し会見という流れを繰り返したが、条約については触れない。
★17年7月に国連で開発、所有、使用などあらゆる活動を禁じた核兵器禁止条約が批准されて2年がたった。日本はその先頭に立つべき立場にいながら「アプローチの仕方が違う」という屁(へ)理屈で参加の署名をしていない。米国の核の傘の下に自国の安全保障を位置付けているからだ。冷戦が崩壊しても、その冷戦構造の中に位置付ける価値観から動けない政府や国民の硬直した思考に歴史修正主義が加わり、今後日本は先の大戦に勝ったとまで言い出す輩(やから)が出てくるのではないか。
★それにつられるように、長崎県佐世保市教育委員会は4日に開催された「原爆写真展」の後援依頼を、同時に行う「ヒバクシャ国際署名」活動が「政治的中立を侵す恐れがある」と断った。つまり政府や首相が平和活動に懐疑的、または批判的なため、お上に逆らうような署名は政治的中立というより、お上に盾突く行いだから市教育委員会は乗れないということらしい。
★6日の平和記念式典の広島市長・松井一実の平和宣言は「1人の人間の力は小さく弱くても、1人1人が平和を望むことで、戦争を起こそうとする力を食い止めることができると信じています」とし、当時15歳だった女性の信条を単なる願いに終わらせていいのかと問い、ガンジーの「不寛容はそれ自体が暴力の一形態であり、真の民主的精神の成長を妨げるものです」を引用した。広島県知事・湯崎英彦は「核兵器を特別に保有し、事あらば使用するぞと他を脅すことが許される国があるのか」と保有国の考え自体がおかしいと指摘、「現実という言葉の持つ賢そうな響きに隠れ、実は逃避しているだけではないか」と迫った。政府と佐世保市が恥ずかしい。(K)※敬称略
◆政界地獄耳
政治の世界では日々どんなことが起きているのでしょう。表面だけではわからない政界の裏の裏まで情報を集めて、問題点に切り込む文字通り「地獄耳」のコラム。けして一般紙では読むことができません。きょうも話題騒然です。(文中は敬称略)
元稿:日刊スポーツ社 主要ニュース 社会 【コラム・政界地獄耳】 2019年08月12日 07:56:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。