【社説】:原爆投下から74年 核廃絶 日本政府が主導を
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説】:原爆投下から74年 核廃絶 日本政府が主導を
米国は74年前のきょう広島に、その3日後には長崎に、原子爆弾を投下した。
たった1発で広島は約14万人、長崎では約7万4千人が、その年のうちに亡くなった。生き延びた人も放射線の影響で、今なお後遺症に苦しんでいる。
無差別に多くの人の命を奪い、非人道兵器の極みである核兵器が、絶対悪であることを改めて認識する日にしたい。
近年、米国やロシアを中心に核兵器増強を本格化させる動きがある。核軍縮の枠組みも崩壊寸前だ。
だが、日本政府はトランプ米政権に追従する姿勢が目立ち、「核の傘」への依存を強めている。
2年前には国連で、開発や製造、使用などを非合法化する「核兵器禁止条約」が122カ国の賛成で採択された。
被爆地は日本政府に署名・批准を求めているが、安倍晋三政権は背を向けたままだ。
唯一の戦争被爆国である日本は、核廃絶に向けて主導的な役割を果たさねばならない。
■米が招く軍拡の危機
トランプ大統領の就任後、核軍縮と逆行する動きが各地で加速している。
イラン核合意から一方的に離脱した米国は軍事行動をちらつかせ、イランも核合意に違反してウラン濃縮を進める。核合意が崩壊すれば中東各国が自前の核開発を追求しかねず、極めて危険である。
3回目の米朝首脳会談では非核化を巡る実務協議の再開で合意したが、協議入りは見通せない。
トランプ氏は米ロ間の「中距離核戦力(INF)廃棄条約」から離脱し、条約は失効した。中国も加えた条約交渉を主張するが、世界の9割の核兵器を持つ米ロが削減に動かなければ説得力はない。
2年後に期限を迎える新戦略兵器削減条約(新START)も失効すれば、米ロの核軍縮の枠組みはなくなってしまう。何としても更新すべきだ。
来年は核軍縮・核不拡散を支える根幹の核拡散防止条約(NPT)が発効から50年を迎える。米英仏ロ中に核保有を限定した上で、軍縮義務を課してきた。
だが、来年の再検討会議に向けては核軍縮を巡って核保有国と非保有国の対立が続いている。前回に続いて来年も決裂すれば核不拡散体制は窮地に陥る。核保有国からの歩み寄りが不可欠だ。
■動き見えぬ安倍政権
米国が核廃絶に向かうよう説得するのが被爆国の責務のはずだ。
にもかかわらず、日本政府の動きは鈍い。核保有国と非保有国の「橋渡し役」を強調するが、努力の形跡は見えない。
トランプ政権との親密な関係をアピールする安倍政権は、米国のINF条約からの離脱表明や小型核の開発など新たな核戦略指針に対し、追認する姿勢に終始した。
米国とイランの対立で、首相は仲介に意欲を示し、イランを訪問して自制を促したが、危機の原因をつくったトランプ氏に核合意への復帰を求めることはなかった。
核兵器禁止条約の採択に貢献し、ノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の事務局長らが昨年来日した際、首相は面会に応じなかった。
首相からは核軍拡への危機感が見えないばかりか、核廃絶への冷淡な姿しかうかがえない。
■被爆者の思いを継承
広島市の松井一実市長はきょうの平和宣言で「被爆者の思いを受け止めてほしい」と、核兵器禁止条約への署名・批准を政府に訴える。長崎市の田上富久市長も9日の平和宣言で政府に求める。
条約の批准を切実に訴えるのは、被爆者の高齢化が確実に進んでいるためでもある。
被爆者は3月末時点で14万5844人となり、1年間で9162人が亡くなった。平均年齢は82歳を超える。被爆の記憶や核廃絶の訴えの継承は、喫緊の課題だ。
広島市は被爆者の代わりに被爆体験を伝える「伝承者」を養成し、5年前から活動している。
現在は131人が認定され、札幌出身で広島県在住の主婦松田京子さん(68)もその1人だ。第1期生で英語の講話も担当する。
結婚を機に広島市に住み、被爆の悲惨さ、平和の大切さを改めて実感したことがきっかけだった。
松田さんは言う。
「子や孫の世代には決して原爆の苦しみを味わわせてはならない、という被爆者の訴えを真剣に受け止めねばなりません。微力ですが、平和への思いを受け継がねばと痛切に感じています」
原爆資料館にはオバマ前米大統領の広島訪問以降、外国人の来館者が急増した。
核廃絶は人類共通の願いであり、一人一人の取り組みが必要だ。
「核なき世界」の理想を捨ててはならない。
元稿:北海道新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2019年08月06日 05:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。