【社説①】:週のはじめに考える 道に迷う経済界へ
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①】:週のはじめに考える 道に迷う経済界へ
経済界のリーダーたちが道に迷っています。デジタル革命や米中の覇権争いという変革と危機の中で何を目指すのか。見つけることができないのです。
「今の世の中を壊し続けている諸悪の根源、経団連」
七月の参院選で、れいわ新選組の山本太郎代表が経団連を厳しく批判しました。
大企業の経営者は自らの報酬や会社の内部留保を増やす一方で、従業員の給料は抑える。消費税の増税を政府に提言し、不況になるとリストラに走る…そんな身勝手ともいえる経済界への批判です。
◆戦後民主主義の子
同じ七月、経団連、経済同友会という二つの財界団体が軽井沢で恒例の夏の会議を開きました。
経済、政治、外交、社会の課題で議論を交わす経営者たちには共通項があります。
療養中の経団連の中西宏明会長(日立)一九四六年。代行した岡本毅副会長(東京ガス)一九四七年。同友会では桜田謙悟代表幹事(SOMPOホールディングス)一九五六年。戦後生まれです。
戦前に生まれた財界トップは一九四〇年の三村明夫日商会頭(日本製鉄)くらいでしょうか。
敗戦で軍国主義のくびきを解かれた日本は一九四六年に新憲法が公布され、平和と自由と民主主義の国として再出発しました。
今、経済界をリードする経営者はその空気を思う存分吸って学生時代を過ごし、企業に就職した若者でした。
だから接してみると、老練で強欲というよりも、その表情の中に戦後民主主義に育まれた青年を感じることが多いのです。
戦後の経済の土台は連合国軍総司令部(GHQ)による農地解放や財閥解体による民主化です。経営陣も戦争の悲惨さを身をもって経験した世代へと若返りました。
◆歴史的な転換点
彼らは鎮魂とともに同じ過ちを繰り返すまいと歯を食いしばり、暮らしの再建にまい進します。消費者のため価格破壊の安売りで流通革命を起こしたダイエーの創業者中内功さん(一九二二~二〇〇五年)はその代表でしょう。ソニーや松下電器などの発展のエネルギーもそこにあったはずです。
高度成長は「一億総中流」の豊かさをもたらしましたが、世界の企業番付の上位を独占するほどの成功は過信を生みます。
バブル崩壊後の長い低迷の間に中内さんの世代は次々と鬼籍に入りました。平成が終わった今、戦後生まれの経営者が直面しているのがデジタル革命、米中の覇権争いという歴史的な転換点です。
周回遅れのデジタル革命、米中どちらかの市場を選ばされるかもしれない新冷戦。答えの見えない議論が続く中で印象に残るやりとりがありました。
デジタル分野でなぜイノベーションは起きないのか。ゲスト参加の若い起業家が大企業と協業した時の苦い経験を語りました。
「会社の中で自分がどう生き残るか、出世競争が大切な人ばかりだった」。染み付いた大企業病です。経営者も応戦します。「若手のベンチャーはすぐに株式を上場しておカネにしたがる」
目指しているのはイノベーションより出世や安定やおカネ。それ以外の目標を見失っているように見えたのです。
やはり戦場を経験した平岩外四さん(一九一四~二〇〇七年、東京電力)は経団連会長時代、「政策をカネで買う」と批判されていた政治献金のあっせんをやめました。政党と経済界の関係を見直すことで民主主義の在り方に一石を投じたのです。
その平岩さんの好きな言葉が米国の作家レイモンド・チャンドラーの作品にあります。
「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている価値がない」
激しい競争の中で企業も経営者もタフでなければ生きていけない。でも、優しくなければ生きるに値しない。出世やおカネを超えた価値を目指した平岩さんや中内さんの原点、信念が見えます。
では今の経営者に求められる優しさとは何でしょうか。「諸悪の根源」という批判を反対側から見ると分かりやすいかもしれません。自らの報酬は度外視する。積み上げた利益は賃上げや研究開発に先行投資する。低所得者に厳しい消費税増税は求めず、不況時には下請けを守り、雇用責任を果たすため、ギリギリまで努力する-。
◆生きている価値は
資本主義経済の欠点は弱肉強食です。止まらない格差の拡大は暮らしを壊し、保護主義や排外主義を生んでいる。戦後生まれが享受してきた自由や民主主義が壊れかねない危機が広がっています。
だからこそ噛(か)みしめてほしいのです。優しくなければ生きている価値がないことを。
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2019年08月18日 06:10:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。