《社説①・10.17》:衆院選2024 物価高と暮らし 安心できる社会の展望を
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:《社説①・10.17》:衆院選2024 物価高と暮らし 安心できる社会の展望を
長引く物価高が国民の暮らしを圧迫している。衆院選で与野党に求められるのは、生活不安を払拭(ふっしょく)する展望を示すことだ。
日本経済は今年に入って、バブル崩壊後の長期停滞を脱するかのような動きが見られる。名目国内総生産(GDP)は過去最大に達し、株価も史上最高値をつけた。賃上げ率は春闘で33年ぶりの高水準を記録した。
だが、国民の多くは実感が伴わないのではないか。
賃上げは、円安で好業績が相次ぐ大企業の正社員に偏り、働き手の4割近くを占める非正規労働者ら国民全体には及んでいない。物価上昇分を引いた実質賃金は8月、前年同月比で減少した。
仙台市に住む30代の女性は外食チェーン店の非正規社員として働く。今年4月、最低賃金すれすれだった時給が40円上がり、ようやく1000円になった。喜んだのもつかの間、シフトが減らされ、勤務時間が短くなった。これでは受け取る額は以前と変わらない。
◆子育て世帯「先見えぬ」
会社から詳しい説明はなく、職場では「人件費を増やさないためではないか」との臆測が広がった。非正規の立場の弱さを思い知らされた。
別の会社で働く夫と合わせても年収は300万円に届くかどうかだ。小学生と幼稚園児の子ども2人がいる家庭では厳しい。自分の服はしばらく買っていない。家族旅行も控えている。スーパーの特売で何とかしのいできたが、コメが高騰したのは痛手だ。
これから教育費がさらにかかる。先が見えず、不安でならない。仕事を掛け持ちする「ダブルワーク」も考えている。肉体的にきついが、背に腹は代えられない。
物価高は子育て世帯に大きな打撃を及ぼしている。厚生労働省が昨年実施した調査では、18歳未満の子どもがいる家庭の65%が「生活が苦しい」と回答し、前年より10ポイントも上昇した。
衆院選で各党は物価高対策を前面に打ち出している。低所得者に絞った支援は必要だが、ばらまき色が濃いものが目立つ。
石破茂首相は10兆円超の大型補正予算を編成する意向を表明した。ガソリン代や電気・ガス料金の高騰を抑えるための補助金の延長が検討されている。既に10兆円以上をつぎ込み、高所得者にも恩恵が及ぶものだ。
野党の多くは消費税の負担軽減を主張する。だが消費税収は、高齢化で膨らみ続ける社会保障費を支えている。確実な代替財源が示されているとは言い難い。
どちらの政策も国の借金を増やす恐れがある。巨額の債務を抱える中、将来世代へのつけをさらに大きくしかねない。
その場しのぎの対策を繰り返しても国民の不安は解消しない。立場の弱い人ほど物価高の影響を強く受ける。重要なのは、そうした社会の構造を変えることである。
◆格差是正の道筋明確に
10年以上前に始まったアベノミクスは高成長を目指し、大規模な金融緩和を柱に据えた。円安・株高が進み、大企業や富裕層が潤った。だが中小企業や低所得者に富が滴り落ちる「トリクルダウン」は実現せず、格差が広がった。
岸田文雄前首相は「新しい資本主義」を掲げ、当初は分配重視の姿勢を示していたが、次第にアベノミクス路線に回帰した。金融緩和の長期化で円安がさらに進み、物価高が加速した。
BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「家計が直面しているリスクは大きい。不安を抱えたままでは、消費は回復しない。非正規労働者も原則的に社会保険に加入するなど安心して働ける仕組みを整えることが欠かせない」と指摘する。
急ぐべきは格差の是正である。いびつな構造を抱えていると、健全な成長はおぼつかない。
セーフティーネットを充実させ、包摂的な社会を作ることが必要だ。働く人の不安が和らげば、消費が増える。中小企業も売り上げが伸びて、賃金を上げやすくなる。こうした好循環につなげていくことが求められる。
国際的に見劣りする最低賃金の引き上げが不可欠だ。与野党とも加速を目指す方針は掲げている。だが「負担に耐えられない」との中小企業の懸念は拭えていない。
安心して暮らせる社会をどう構築するのか。経済政策を描き直して、具体的な道筋を明示するのが政治の役割である。
元稿:毎日新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2024年10月17日 02:01:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます