能州で刻々と震災被害が明らかになるなか、その同じ一月に發生した阪神淡路大震災から、二十九年となる。
昨年末、私は現在の神戸の街で、あの早朝に襲った災害の記憶を見る。
地球の威力は人類の英知などの及ぶところにあらず、その猛威の前にヒトは為す術もない──のだらうか?
震災から三年後に大阪へ移住した私は、すぐに神戸の街へ出かけ、この頃にはほぼ復興されてゐた街並みの谷間に、まだところどころに更地が殘ってゐるのを見、また當地の人の体験談にも接した。
そこには、生き延びた人々の數だけその“本能”があからさまになる現實があり、さうした悲哀を呑み込んだ上にこの復興都市は成立してゐることを理解したのは、實はかなり後年になってからだ。
百年前、關東大震災に遭遇した画家の堅山南風はのちに「大震災實冩図巻」をまとめ、
『忘れられぬものは強いて忘れやうと努力しなくともよい。唯これに對し吾等は如何なる教訓を得たか、その教訓を守って往けばよいのである』
との言葉を遺した。
この“教訓”は助かった人の數だけあるはずで、東京都内で東日本大震災に遭遇した私にも、それはある。
歴史を繰り返すのは歴史ではない、
ヒトが繰り返すのである。