「宮嶋翔ってさ、同性のファンもけっこう多いんだよな…」
山内晴哉はそう言いながら、こちらへ歩いて来た。「それも、イケメン系の」
「そうなんですか?」
僕はゆっくり振り返った。
“あの日”の夜、萬世橋駅で見かけたままの山内晴哉が、そこにいた―ああいうスタイリッシュな恰好をすると、宮嶋翔と互角と言ってよいくらいに、眩しい。
「あいつ降板したんだろ?まあ、正解だったな」
「正解?」
「そのミュージカル…」
山内晴哉はポスターを顎でさして、「評判最悪みたいだぜ。観劇後に、いまバイトしてる店へ流れ来る客がみんな怒ってんだよ、『カネ返せって言いたい!』って」
「そんなにヒドイんですか…」
「そりゃそうだろ、メンバー見たって、カスしかいないし…」
「……」
「結局、実力で仕事取ってんじゃねえんだよ、こいつら。みんな事務所とマネージャーがごり押したお陰。前に話したろ?」
「はあ」
「こんなクズミュージカルに出なくて済んだ宮嶋翔は結局…、運がいいんだよ。どこまでも、アイツは…」
ふざけるな!と、僕は叫びそうになった。
宮嶋翔は、親友は、負わなくてもよい怪我を負わされたのだ。
犯人は誰だと思う?
あの日、あんたが階段から酔っ払いを蹴落としさえしなければ、宮嶋翔は足に怪我せずに済んだのだ…!
僕は、あんたの行為を目撃しているんだ!
あんたのために、親友は足だけじゃない、心にもどれだけ深い傷を負わされたと思っているんだ!
本当にそう喉元まで出かかって、僕は「?」と思った。
「あの、その口ぶりですと、宮嶋翔と面識があるような感じがするんですけど…」
「あるよ」
あっさりとそう答えた山内晴哉の瞳(め)は、少し赤みがかっているように見えた。
「…と言っても、ガキん時だけど」
「学校とかで、ですか?」
「いいや。オーディション会場で」
「!?」
「ガキん時、子タレやってたんだよ、俺…」
ああ…、と僕の中で全ての謎が氷解した。
「前に、俺が死んだ祖父から“さんさ時雨”を教わったって話しはしたろ?で、俺が普段それを唄っているのを聴いたおふくろが、この子は芸能の素質があるとかなんとか言って、勝手にプロダクションに写真とプロフを送っちまって…」
よくあるパターンだ。
「いくつの時ですか?」
「五歳、だったかな」
翔と同じだ。
「で、CMとかドラマとかで、そこそこの活動をしてたわけ。それで十歳の時に、『ウィリアム・テル』って云うミュージカルの、子役オーディションがあって」
あっ!
と、僕は声を上げそうになった。
ミュージカル『ウィリアム・テル』!
宮嶋翔が俳優として成功するきっかけとなった舞台だ。
この時に翔は、ウィリアム・テルの息子“ワルター”役を熱演したのだ。
しかもその舞台を、当時小四だった僕は観ている―演劇鑑賞教室なる学校行事で。
「結果的に、あいつがウィリアム・テルの息子役をやったわけだけど、本当はさ、その役は、俺がやるはずだったんだ…」
僕は目まいがしそうになった。
確かに、宮嶋翔は本来、本役の役者が休演した時に代わりに立つ、アンダースタディ―“控え”だったのだ。
「でも降ろされちまってな。…原因は、台本を見たおふくろが、息子が歌をうたうシーンが短いとかってゴネて、あろうことか直接演出家と脚本家に、猛烈に抗議したんだ。“これではとても不満です”とか言って」
うわあ、典型的なステージママ。
バカ親の象徴だ…。
「子ども心にもやめてほしいと思ったよ、電話口で息子の出番をもっと増やせだの何だのって怒鳴っているの聞いて…」
要するに、子どもをダシにして、自分が人前でいい格好をしたいだけなんだ、そういうタイプのバカ親はね。
あなたには悪いけど…。
「事務所とマネージャーを飛び越して直接対決でやったんだから、当然事務所は怒るよな。で、稽古開始直前になって役は降ろされる、そのまま俺は事務所から追い出される…」
コレ、と山内晴哉は右手で首を切る振りをした。
「で、俺の役は棚ぼた式に宮嶋翔へ、と」
山内晴哉は下唇をちょっと噛んだ。
それは山内晴哉にとって、いまでも痛い出来事だったことを思わせた。
「ホントにウチの親ってバカだと思う。今じゃ、縁切ったも同然だけど」
それにしても、何という巡り合わせだ。
翔の子役時代の「成功秘話」は、僕もよく知っている。
まさか、秘話のなかに出て来る“突然降板した子役”のその後の本人に、こうして出逢うとは!
「でもな…」
今まで険しい表情だった山内晴哉は、ここで初めて微かな笑顔を見せた。
ただし、自嘲気味の。
「後で知った話しだけど、オーディションでの審査員の評価は、俺よりも宮嶋翔の方が高くて、あいつを本役に推す声の方が圧倒的だったみたいだ。むしろ、アンダースタディは俺で。でも、あいつあの頃はまだ福岡だかに住んでいて、そうなるとアゴアシ代がバカにならないと云う制作者の意向で、東京在住の俺になった、と…」
すべては、権限を持つ人間の、ちょっとした匙加減なのだ。
「でもさ、オーディションの時に感じたけれど、アイツって上手いとか下手とかを超越した、“何か”があるんだよ。そのことは現在(いま)でも覚えている。子どもながらに、負けた…って思ったもんさ」
山内晴哉の瞳は、さらに赤みを増していく。
ひとつの舞台がきっかけとなって、世の中の表舞台へ華やかに躍り出た少年と、惨めな裏側へと追い落とされた少年―
陰と陽。
“かげ”と“ひなた”。
その二人の姿を、まさか同時に見ることになろうとは…。
〈続〉
山内晴哉はそう言いながら、こちらへ歩いて来た。「それも、イケメン系の」
「そうなんですか?」
僕はゆっくり振り返った。
“あの日”の夜、萬世橋駅で見かけたままの山内晴哉が、そこにいた―ああいうスタイリッシュな恰好をすると、宮嶋翔と互角と言ってよいくらいに、眩しい。
「あいつ降板したんだろ?まあ、正解だったな」
「正解?」
「そのミュージカル…」
山内晴哉はポスターを顎でさして、「評判最悪みたいだぜ。観劇後に、いまバイトしてる店へ流れ来る客がみんな怒ってんだよ、『カネ返せって言いたい!』って」
「そんなにヒドイんですか…」
「そりゃそうだろ、メンバー見たって、カスしかいないし…」
「……」
「結局、実力で仕事取ってんじゃねえんだよ、こいつら。みんな事務所とマネージャーがごり押したお陰。前に話したろ?」
「はあ」
「こんなクズミュージカルに出なくて済んだ宮嶋翔は結局…、運がいいんだよ。どこまでも、アイツは…」
ふざけるな!と、僕は叫びそうになった。
宮嶋翔は、親友は、負わなくてもよい怪我を負わされたのだ。
犯人は誰だと思う?
あの日、あんたが階段から酔っ払いを蹴落としさえしなければ、宮嶋翔は足に怪我せずに済んだのだ…!
僕は、あんたの行為を目撃しているんだ!
あんたのために、親友は足だけじゃない、心にもどれだけ深い傷を負わされたと思っているんだ!
本当にそう喉元まで出かかって、僕は「?」と思った。
「あの、その口ぶりですと、宮嶋翔と面識があるような感じがするんですけど…」
「あるよ」
あっさりとそう答えた山内晴哉の瞳(め)は、少し赤みがかっているように見えた。
「…と言っても、ガキん時だけど」
「学校とかで、ですか?」
「いいや。オーディション会場で」
「!?」
「ガキん時、子タレやってたんだよ、俺…」
ああ…、と僕の中で全ての謎が氷解した。
「前に、俺が死んだ祖父から“さんさ時雨”を教わったって話しはしたろ?で、俺が普段それを唄っているのを聴いたおふくろが、この子は芸能の素質があるとかなんとか言って、勝手にプロダクションに写真とプロフを送っちまって…」
よくあるパターンだ。
「いくつの時ですか?」
「五歳、だったかな」
翔と同じだ。
「で、CMとかドラマとかで、そこそこの活動をしてたわけ。それで十歳の時に、『ウィリアム・テル』って云うミュージカルの、子役オーディションがあって」
あっ!
と、僕は声を上げそうになった。
ミュージカル『ウィリアム・テル』!
宮嶋翔が俳優として成功するきっかけとなった舞台だ。
この時に翔は、ウィリアム・テルの息子“ワルター”役を熱演したのだ。
しかもその舞台を、当時小四だった僕は観ている―演劇鑑賞教室なる学校行事で。
「結果的に、あいつがウィリアム・テルの息子役をやったわけだけど、本当はさ、その役は、俺がやるはずだったんだ…」
僕は目まいがしそうになった。
確かに、宮嶋翔は本来、本役の役者が休演した時に代わりに立つ、アンダースタディ―“控え”だったのだ。
「でも降ろされちまってな。…原因は、台本を見たおふくろが、息子が歌をうたうシーンが短いとかってゴネて、あろうことか直接演出家と脚本家に、猛烈に抗議したんだ。“これではとても不満です”とか言って」
うわあ、典型的なステージママ。
バカ親の象徴だ…。
「子ども心にもやめてほしいと思ったよ、電話口で息子の出番をもっと増やせだの何だのって怒鳴っているの聞いて…」
要するに、子どもをダシにして、自分が人前でいい格好をしたいだけなんだ、そういうタイプのバカ親はね。
あなたには悪いけど…。
「事務所とマネージャーを飛び越して直接対決でやったんだから、当然事務所は怒るよな。で、稽古開始直前になって役は降ろされる、そのまま俺は事務所から追い出される…」
コレ、と山内晴哉は右手で首を切る振りをした。
「で、俺の役は棚ぼた式に宮嶋翔へ、と」
山内晴哉は下唇をちょっと噛んだ。
それは山内晴哉にとって、いまでも痛い出来事だったことを思わせた。
「ホントにウチの親ってバカだと思う。今じゃ、縁切ったも同然だけど」
それにしても、何という巡り合わせだ。
翔の子役時代の「成功秘話」は、僕もよく知っている。
まさか、秘話のなかに出て来る“突然降板した子役”のその後の本人に、こうして出逢うとは!
「でもな…」
今まで険しい表情だった山内晴哉は、ここで初めて微かな笑顔を見せた。
ただし、自嘲気味の。
「後で知った話しだけど、オーディションでの審査員の評価は、俺よりも宮嶋翔の方が高くて、あいつを本役に推す声の方が圧倒的だったみたいだ。むしろ、アンダースタディは俺で。でも、あいつあの頃はまだ福岡だかに住んでいて、そうなるとアゴアシ代がバカにならないと云う制作者の意向で、東京在住の俺になった、と…」
すべては、権限を持つ人間の、ちょっとした匙加減なのだ。
「でもさ、オーディションの時に感じたけれど、アイツって上手いとか下手とかを超越した、“何か”があるんだよ。そのことは現在(いま)でも覚えている。子どもながらに、負けた…って思ったもんさ」
山内晴哉の瞳は、さらに赤みを増していく。
ひとつの舞台がきっかけとなって、世の中の表舞台へ華やかに躍り出た少年と、惨めな裏側へと追い落とされた少年―
陰と陽。
“かげ”と“ひなた”。
その二人の姿を、まさか同時に見ることになろうとは…。
〈続〉