ラジオ放送の喜多流「櫻川」を聴く。
これも能樂では定番の生き別れた母子の再會譚で、春爛漫の櫻川で我が子を探し求め狂乱する女性を、喜多流の實力陣が明解にして重厚、かつ浮きやかさも織り込んだ美事な謠ひで、大いに聴かせる。
櫻川は常州土浦より霞ヶ浦にそそぐ河川にて、今は大昔、私はJR常磐線の土浦驛よりこの川を越えて、人との再會を期待して旅をしたことがある。
結果、再會は果たしたが、ただそれだけで、長き旅路は終った。
そのとき、帰りの列車を待つ土浦驛で、私は肌身離さず持ってゐた京都地主神社の御守りを、失くしたことに氣が付いた。
……私がおのれの運命(さだめ)を呑み込むにはまだまだ青過ぎた、青き昔の噺(ものがたり)。