バンビ・わーるど

プラダー・ウィリー症候群の息子「バンビ」を愛し、その成長を見守る母・suzuのつれづれ日記(&ときどき猫だより)

働ける障害者

2014年03月30日 | 社会的自立に向けて
障害児の親の集まりで話していて いつも気になるのは
”我が子の将来の姿がぜんぜん想像つかない...”って言葉。

まぁ確かにどんな人だって 将来どうなるなんてわからないのが人生とは思うけどね。

そして、これは前から書いているけど ダウン症やPWSのような障害は 親の会なんかを通じて成人している人の姿を目にする機会があるし
それにもちろん同じ障害でも個性というか個人差はあるにしても、大体パターンはがいくつかあって
うちの子は何となくこの人と同じようなカンジになるのかなぁ... と想像がつきやすかったりするってことはあるのかもしれない。

それに比べて 他の障害(もっとレアな、あるいはパターン化できない)だと
そういうことは難しいのかもしれないけど。


でもねー、たとえそうでも小学校も高学年になったら もうそろそろ先のこと考えて
ある程度のビジョンを描いて動いていかないとまずいんじゃないのかなぁ って、私は思うんだけどね。

だって、小学校も6年、中学・高校も合わせて同じ6年。
小学校の6年があっという間なら、その後の6年なんて たぶん倍以上に早く感じると思うんだよね。
(これは自分の経験上。たぶんみんなもそうだと思うけど。)

まぁ、支援級・支援学校は 中学生になったらすぐ職場体験とかあるし、いやでも就労のこと意識させられていくとは思う。
だけど、それからじゃ間に合わないことがあるんだよね。

それはこの前の「先輩ママさんの話」にもあったとおり。
それと 興味がある方は、是非これも読んでみてほしい。(特に後半部分)
→ ATARIMAE PUROJECT 作業所さくらんぼ奮闘記 第5回「働くことの意味」
※このサイトはいろいろ勉強になるので、お勧めです。

”将来自立することをイメージし、働くために今、蓄えなければならない力はなにかを考え、子供に能力をつけることが親の役割。”
これ まさに、本当に 私も声を大にして言いたい!

将来をイメージできない親程、わが子は将来働けるものと漠然と考えている ように私には感じるんだよね。
(まぁ、無理もないけど。) 

働けるか働けないかは 障害の重さには関係ない というか、重度障害者だから働けない ということではない。
だけど、働くための力も備わってない人が 働き続けることは難しい。
(それは 障害の有る無しに関わらず な話だと思うけど。)


あとね、これ書いちゃうと問題あるかもしれないけど...

「将来うちの子が働けるような場所を 親が作ってやらないと。」って意気込んでる人の話もよく耳にする。
もちろん、その志自体は素晴らしいと思うし
実際そうやって 作業所を開いたり、親子で働けるような事業を始めたりされてる方もいて素直に敬服する。


でも... 働く場所を作る前に”働ける子”になってるのかな? って思っちゃうことがあるんだよね。



いや別に、働けないのはダメって 言ってるんじゃない。
障害が重い人は 生活介護(生活保護ではなくて実際の支援的な)を受けながら、仕事じゃなくても何かをしながら過ごしたって
それはそれでいいんだもん。

だけど、本人が働ける状況で働かせたいと思うなら、まずは働ける人に育てなくちゃ だし
もしそれができてないとしたら 働く場所を作る方に進んでも...
私としては 何か違和感を覚えるんだよね。
(もちろん障害者全体のために というなら、話はまた別だけど。)


働ける子に育てられるかどうかは親次第 って言っちゃうと、語弊があるかな。
いや できる親もいるけどできない親もいるのよ って言われるかもしれないけど
それはそうだろう。でも、それはそれで仕方ない。
子どもは親が育てたように育つ。
(そこは、障害の種類や重い軽いじゃない と私は思う。)

でも、そこに目をつぶっておいて、やれ権利だの、社会の変革だの言っても始まらない気がする。
もちろん周りの理解は大事だけど、他力を当てにしてばかりいてもダメなんじゃないかな。
いざ環境が整ったとしても結局は当人次第なんだから。


まぁ、人それぞれだから多くは言わないけど。(って、十分モヤモヤ吐き出してるけど)


そもそも 働くって何だろう? 人間 何のために働くんだろうね。

世の中の大抵の人は、収入を得て生活するために働くわけだけど
悲しいかな 障害者は働いて得た収入だけでは生活できないのが現実。

それでも 働きたい と思う気持ちの奥には何があるのだろう。
もちろん、働くことで自分が自由に使えるお金を得られること自体 金額によらず嬉しいものだよね。
それに 仕事を通じて認められたい(良い評価を得たい)、達成感を感じたい、仲間がほしい、
自分は社会とつながっているという実感を得たい etc
働くってことは そういう気持ちを実現すること。
そういう欲求が意欲になるわけで、その気持ちが育ってないと働き続けるって難しいのかなぁ と思う。
その点では きっと健常者も障害者も同じなんだろうけど。

ほんと、ここから先は 親も勉強しないとダメだと私は思う。
障害児はずっと親がかりになるから 親がしっかりしないと。
この「社会的自立に向けて」のカテゴリとして過去に書いたことは 私が学習してきた内容の記録もあるので
自分でも時々振り返って(大事なことなのにすぐに忘れちゃうから)肝に銘じておかないとなぁ と思ったりする。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com
コメント
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