バンビ・わーるど

プラダー・ウィリー症候群の息子「バンビ」を愛し、その成長を見守る母・suzuのつれづれ日記(&ときどき猫だより)

電車に乗って

2006年04月20日 | 日々の出来事
バンビを連れて親の会の集まりに参加してきました。
会場が片道2時間以上とちと遠い所だったのですが、電車に乗ってる間に暴風雨も通り過ぎたのでラッキーでした。

うちは午後からの参加だったので時間は短かったけど、年長・年中の先輩ママさんとお話するといつも勇気づけられます。
情報も仲間もない頃からがんばってこられたママさん達は、皆明るくてパワフル。
年少のおチビさん仲間の成長ぶりも、我が子のことのように嬉しく心が温かくなるものです。

よそのママ好きのバンビは、皆さんに構ってもらって嬉しかったようですが
少し疲れたのか帰りはダダっこモード全開で、今はお風呂に入るのも拒否しています。
やれやれ~。

ちなみに「でんしゃにのって」は、バンビの大好きな絵本。
だいぶちぎられてビリビリになってますが...。
でんしゃにのって

アリス館

このアイテムの詳細を見る
コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

バンビのお気に入り①

2006年04月19日 | お気に入り&おすすめ
1年ちょっと前、今の家に引っ越してきた時に購入したすべり台付きジャングルジムです。

当時バンビはつたい歩き全盛期。
階段&すべり台が大好きだったので、筋トレにいいかと思って。

その頃はジャングルジムには関心がなく、もっぱらすべり台とSHINKANSENの扉をパタパタするだけ。
真ん中の枠の中に入れると自力で出てこられなかったけど、最近ではジャングルジムも大のお気に入り。
器用に登ったり、棒のところに座ってみたり自由に遊んでいます。
ちょっと危なっかしいポーズになってることもあって、ハラハラさせられるけど。

思えば手足だけでなく、いろんな筋力がついてきたんですねー。嬉しいな。

ちなみに、隣のバランスボールは自分用に買いましたがほとんど使用せず。
たまにバンビが転がしておもちゃにしています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お誕生会

2006年04月18日 | 成長記録
今日は幼児グループの4月のお誕生会。
ちょっと早いけど、バンビも3才のお誕生日をお祝いしてもらいました。

幼児グループのお誕生会は、先生手作りのバースデーカードが貰えます。
1年目はゾウ、去年はタマゴ、そして今年はウサギ・クマ・ネコの合体版?
ウサギの下に写真、裏にバンビの手形、クマの裏に先生の、ネコの裏に私からのメッセージカードが貼ってあるという凝ったものです。

思えば入会した頃(2年前)はまだお座りもやっとの赤ちゃんで
体力も無いから途中でよく眠ってしまってました。

先生は牛乳パックでバンビ専用の椅子を作ってくれて、しかもずり落ちないように股のところに工夫もしてくれて。
月に1度のポニー教室も、クッション付きのベルトを作ってもらってちゃんと乗れるようになりました。

PWSのコは手が小さいけれど、手形を1才の時と比べたらやっぱりちゃんと大きくなってたし。

バンビが彼なりにここまで成長できたのは、何よりバンビ自身ががんばった結果だし
私も親としてできることはそれなりにいろいろやってきたつもり。
でも、そういう周りの方のサポートなくしては 決して今日のような日は迎えられなかったと思います。
何てありがたいことなんだろう。改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。

そしてそんな風にバンビは私に 素敵な出会いや、胸の熱くなる経験やキラキラした思い出をたくさんくれるのです。バンビ、ありがとう。
課題も不安もいろいろあるにはあるけど、これからも一緒にがんばっていこうね!
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヤギ男

2006年04月17日 | 問題行動
バンビは紙を破くのが好きなので、かつては新聞の折り込み広告を毎日与えて遊ばせていた。まぁ、手指の運動になるかなと思って。

ところが破った紙を口に入れて食べるようになったので、あげるのをやめたのはいつの頃だったろう?

子供は誰でも最初は口でいろんな感触を試すものだから、紙を食べるからといってそう異常なことではないのかもしれない。
でも、バンビはもうすぐ3才。口で感触を味わうなんて、ほんとならそろそろ卒業のはずだ。

広告くらいならともかく、絵本をちぎって食べるのは困る。それはさすがに私も怒った。
でもそうしたら今度はちぎった紙を子供部屋まで持っていって、ジャングルジムの陰に隠れるようにして口に入れるようになってしまった。
バンビなりに食べたら怒られるということはわかっているのだろう。
でも止められない習癖のようなのだ。
私が目を離した時に(かまってやらない時に)することが多いから、彼なりのアピールなのかもしれない。

とにかく精神的に歪まれても困るので、最近ではあまり怒らず
まず思いっきり悲しい顔をして見せて、それから「ママに頂戴」と言って取り上げることにしているけど...。

本を読んでいたら、健常な子でもカーテンとか、草を食べたりすることがあるみたい。
(ちなみにこの本は相当笑って、勇気をもらえました。バンビなんてまだまだかわいいもんよー♪)
ああ息子

毎日新聞社

このアイテムの詳細を見る

バンビも何でもかんでも食べたいわけではなくて、口にする(かじる)のは紙の他に、毛布とかマット・ぬいぐるみのような繊維質のもの。
過食からきているのではなさそうだし、まぁ繊維なら取りあえず食べても消化されるからいいかぁと思って、最近では半ば諦めモード。

それにしても毎日紙片を取り上げ、テープで貼る作業を繰り返すのは私も精神的にしんどい。(修復不可能でなくなっちゃったページもあるし。)
何とかやめさせられないものでしょうかねぇ。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

母の変化のきっかけ-①親の会

2006年04月16日 | 障害児の親
NICUの医師に教えられて、初めて竹の子の会(親の会)に連絡を取ったのは
まだバンビが入院していた時だから、私の状態としてはかなり落ちていた頃だった。

電話に出てくださった方と話しているうち、私は不安と緊張とそれまでに張り詰めていた想いからか途中で泣いてしまったのだけど
その方は私の話をよく聞いてくれて、そしてこう言ったのだった。

「大丈夫よ。みんなお話もできるようになるし、ちゃんと歩いてるわよ。
あなたは1人でがんばらなくていいの。たくさん仲間がいますよ。」


その言葉は、私が産後かけてもらったどんな励ましの言葉より胸に響いた。心強かった。今もその時のことは忘れない。

その後オットと参加した会の集まりで、やはり尋常でない太り方をしたPWS児の姿を目の当たりにした時には、”バンビもいずれこうなるの?!”とショックを受けた。
(こう書くと、そういうお子さんをお持ちの親御さんは気分を害されるかもしれません。
ごめんなさい。でも、当時の私の正直な気持ちです。)

でも、トコトコと歩いている小さな子供達の姿を見たら
”あぁ、歩けるんだ。バンビもいずれ歩けるようになるんだ。”と思って、とても嬉しくなったのだった。
会を通じての情報や他のママさん達との交流よりも、最初はそのことが私に元気とやる気?を与えてくれたんじゃないかと思う。

☆☆☆
その後、私は会を通じてたくさんのママさんと出会い、仲間と呼べる人達と知り合うようになるのだけど、そのことについてはまた改めて書こうと思います。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小さな星に②

2006年04月15日 | suzuのメッセージ
出会いはいつもまぶしく 別れはいつもせつない
遠い空に旅立つ君に 今は静かに祈りを捧げよう
ありがとう ありがとう
君を忘れない

涙は胸にあふれ ぬくもりは心に残る
遠い星に旅立つ君に 今はそっと花を手向けよう
さようなら さようなら
また会える日まで
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

内なる葛藤

2006年04月14日 | 障害児の親
告知されてからバンビが退院するまでの3ヶ月近い日々は
家事の合間に搾乳して、毎日NICUに面会に行くという生活で
割と時間に余裕があったので、ネットや本でPWSのことを調べまくっていた。
そのことは先日も書いたとおり。
いろんなことに想いを巡らして 毎日泣かない日はなかったと思う。

障害児だからって、何故悲しいのだろう? 待ち望んだ我が子の誕生なのに。

”普通に生きられないのでは? 将来いじめられるのでは? ちゃんと産んであげられなくてごめんね。・・・”
障害児として生まれたわが子に感じるどうしようもない劣等感?と負い目は
言い換えれば私の中にある障害者への差別意識(無意識の偏見)に違いなかった。
そういうことに気づいて また何とも言えない自己嫌悪に苦しんだ。

当時、SMAPの「世界に1つだけの花」が流行っていて
私も好きで、NICUでよくバンビに小声で歌って聞かせていたのだけど。

-比べることに意味はない-
わかっていても、どうしても”普通じゃない”バンビを ”普通の子”と比べて考えることをやめられない自分がいて
自分がダメな人間のようで苦しかった...。

何で私なの? 何でバンビなの? この質問にほんとは答なんてないのに。

でも、これもまた障害児の親の多くが通る道なんだって、後になって知ったのだった。
今では何で(誰に)紹介されたのかもう覚えてないけれど
その頃読んだ本に そんなようなことが(曖昧ですみません)書いてあった。

今どき、しょうがい児の母親物語

ぶどう社

このアイテムの詳細を見る


今、改めてこの本を読んでみたら 当時は理解できなかったことが実感としてわかるようになっているかもしれないな。
私もたった3年だけど、障害児の母親として毎日一生懸命子育てしてる仲間のひとりだと 今は自分で言えるから。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トイレ・トレーニング

2006年04月13日 | 成長記録
年が明けた頃から 着替えに関心を持ち始めたバンビ。
やたらにズボンを脱ぎまくって、気づいたら下半身露出のまま寝ていたことがあってビックリ。(真冬だっていうのに)

それが春になってからは、オムツが汚れたら脱ぐ に変わりつつあって、オムツ離れの第1歩がスタートしたようです。
でも、おしっこはまだいいんだけど、うんちの時は中身がこぼれちゃったり、手足に付いちゃったりして母をパニックに陥れてくれます。

たまに汚れてなくても脱いだりしてるけど。(解放感がいいのかい?)
きっと自分で脱げるようになったことが、自分でも嬉しくて何回もやりたいんだろうな。

で、今朝は私が寝不足でつい二度寝をしてしまい、目が覚めたら隣のバンビはすっぽんぽん。
何とそのまま私の布団に潜り込んで粗相をしでかしたらしく、布団に大きな冷たいシミが...。
もー、びっくり!一気に目が覚めました。

今日は個別療育だっていうのに、シーツからカバーから大洗濯するハメになり遅刻してしまった。(バンビの布団は防水シーツしてるんだけどなぁ。)

あ~ぁ。
バンビはこの夏にオムツ離れを(母が勝手に)目標としているけど、どうなることやらー。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

幼児グループ始まる

2006年04月12日 | 福祉・医療・療育関係
約1ヶ月の長い春休みが終わり、今日から幼児グループに週2日通所。
「幼児グループ」とはうちの近所にある民間の療育施設で、バンビは調度2年前からここに通っています。

今日は新しいお友達が3人。2才になったばかりからバンビと同じ月齢の子まで。
バンビもつい数ヶ月前まではいちばんおチビだったのに、いつのまにか古株クン。
すっかりお兄ちゃんです。(中身はともかく♪)
入会した頃はお座りもやっとだったのにね。バンビなりに随分成長しました。

当時、区の療育施設は1才半からという年齢の規定があって入れず
都の療育園で月に1回のOTを受けるだけでは物足りなさを感じた母は、迷わずここに入会。
バンビにとって良かったのはもちろんだけど、何より母にとっても同じ悩み、痛みを抱えたママ友ができ、保育士の先生にも相談したりアドバイスを受けることができるようになったことがとても大きかった。
ここに入会してなければ、今のバンビ(と母)はなかったと言えるかもしれません。

結婚してからこの土地に住んで近所に知り合いもなく
友人はみな独身キャリアウーマンか中学生くらいの子供の母になってたりすると
育児について語る親しいママ友もなく、そうかといっていきなり健常児のママの輪に入る勇気もなし。
そんなわけで、実は一時親子二人ひきこもり生活してました。

子供に障害があるからって、福祉は向こうから手を差し伸べてくれたりしないんですよねー。親が自分で行動起こさないと何も始まらない。
そういうことも自分が障害児の親になって初めて知ったのでした。

しっかし、センターと合わせると週4日の母子通所はやっぱりちとハード。
バンビは楽しそうで良いのだけど、果たして母の気力・体力がどこまでもつのだろうか?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

告知直後

2006年04月11日 | 障害児の親
バンビがプラダー・ウィリー症候群だと告知されてから、私はすぐインターネットで情報を探し始めた。

当時(3年前)はまだ竹の子の会のホームページはなく、日本プラダー・ウィリー症候群協会は設立されてなかったし
PWS児の親御さんが開設してるホームページやブログも、今ほど数はなかった。
某大学病院のホームページくらいしか医学的情報はなかったように思う。

それでもネット検索しまくって、医学書(診断と治療社「Prader-Willi症候群-臨床からケアまで」)まで取り寄せた。
(※この本はPWSについて詳しく書かれてますが、逆に言うと専門的で難しく
  医学書ということは当然親の立場に配慮のある記述ではないので
  告知されたばかりの方にはあまりお勧めしかねますが。)

Prader‐Willi症候群―臨床からケアまで

診断と治療社

このアイテムの詳細を見る


それらの情報を目にして私は絶望的な気持ちになった。「ダメだ、私には無理。とても育てられない。どうしよう?」

表現は悪いけれど敢えて言うなら、当時の私にとってPWSはまるでモンスターみたいに思えたのだ。
目の前のわが子は今はこうして弱々しく眠っているだけなのに、その子がいずれ得体の知れない恐ろしいモンスターになる。
それを知った上で、一体どんな気持ちで育てていったらいいのか...。

これはほんとに当時の正直な気持ち。
バンビがかわいい、愛しくてたまらない。でもモンスターは恐い。
何で私が? 何でバンビが? 何がいけなかったの? どうして?どうして?!

でも、どうしようったって まずはバンビにミルクを飲ませなくちゃならないのだ。
それも搾乳して準備して、長い時間かけて授乳して片付けて。一日に何度もこれの繰り返し。混乱したままの頭で、他に頼る人もなく、日々ミルクのことに追われていた私は疲れきっていた。

バンビに対して、私はずっと今と変わらぬ愛情を感じられるのだろうか...?

(続く)

もし今どこかで誰かが、あの頃の私と同じ気持ちでPWSのことを必死に調べているのだとしたら、私はその人に伝えたい。
「みんな同じ。私も辿ってきた道だから、気持ちはよくわかります。
 だけど、少なくとも今の私にとって バンビは愛しい我が子、何より大切な宝物。心からそう言える。
仲間もたくさんいるし、きっとあなたも大丈夫。」
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする