地理の部屋と佐渡島

2009年4月よりの佐渡単身赴任があけ、2014年4月より長岡へ。別れが絆をより深めた。今後ともよろしくお願いします。

ようこそ。 地理の部屋と佐渡島へ。213  「粒粒皆辛苦」(五言古風短編 李紳「憫農」)

2005年12月09日 06時48分34秒 | Weblog


  粒粒皆辛苦
  りゅうりゅうみなしんく


 したたる汗が土にしみ込むまで働いて、
 幾多の苦労の末得た実りの一粒一粒。
 農夫の苦労をしのぶ一節である。


 このこと、何事にもあてはまるような気がする。
 感謝の気持ちを押しつけると言うより、
 苦労を無にするなと言う戒めととらえた方が良
 いのだろうか?


 土と共に生きる農夫の苦労をしのびつつも、
 一方で、自然との調和と戦いでもある農業という
 生き方に尊敬の念を抱かせられる。


 写真は、栃尾市新山地区から中野俣地区へと戻る
 途中でのもの。平野部での稲作と違い、棚田の稲
 作はひときわ労力が必要であることを付け加える。



<写真撮影:2005.11.26>  2005年 地理の部屋と佐渡島 


最新の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (種子島ブログ)
2005-12-09 21:39:48
>平野部での稲作と違い、棚田の稲作は

>ひときわ労力が必要であることを付け加える。



まったくその通りだと思います。



>粒粒皆辛苦



先人の言葉は、噛めば噛むほど味わいが出てきますね。
返信する
種子島ブログさんへ (かんりにん)
2005-12-09 21:49:00
コメントありがとうございます。



こんな山間部の稲作。

とにかく傾斜が急です。



実は、佐渡の沿岸部にも、

海岸段丘上の棚田などがありまして

同様のことが言えます。



死んだ半農半漁で生計を立てていた

叔父が、生前田んぼはつらいと行っ

ていたのを思い出します。



佐渡弁で、「疲れてかなわない」を

「てぇ~そで、ら(だ)ちゃかんちゃ。」

といった感じでしょうか。



返信する
棚田じごく (ギンネムHitoshi)
2005-12-09 23:11:31
こんばんは。



小学生の頃、「田植え休み」と「稲刈り休み」があった。どちらも本当にいやだった。こんなつらいことをするくらいなら、学校にいってるほうがどれだけ楽か。

刈った稲を背負って棚田の細いあぜ道を何回も何回も往復しなくてはならない。



テレビでよく「美しい棚田を残そう」などとやっているが、私は、極貧の中で人々が止むを得ず生きるために急斜面を切り開いていかざるを得なかったのだろうと感じる。

それを維持していくにも、大変な労力を注げなければならない。

都会で生活する人々の高尚な趣味ならば楽しく美しいものだろうが。



少しグチっぽくなってしまった。

すみません。



ところで管理人さん、

私は若い頃仕事の関係で両津の加茂歌代というところの半年ほど住んでいたことがあります。

佐渡はいいところだ。
返信する
Re.棚田じごく (かんりにん)
2005-12-09 23:16:53
ギンネムHitoshiさん こんばんは。



コメントありがとうございます。



>刈った稲を背負って棚田の細いあぜ道を

 何回も何回も往復しなくてはならない。



先のコメントにあるように、死んだ叔父は

そのことを言っておりました。

ほんの些細な段差でも、繰り返し、繰り返

しなのですよね。棚田には、平場の水田の

ように、機械や車が簡単には入れないので

す。



さて、加茂歌代に半年。これはまた奇遇で

す。当方の実家は加茂歌代にあります。



返信する
おどろきました (ギンネムHItoshi)
2005-12-14 09:21:58
管理人さんが加茂歌代出身とは!

びっくり!

世間はせまいですね。

今後ともよろしくお願いします。
返信する
Re.おどろきました (かんりにん)
2005-12-14 22:16:25
こんばんは。ギンネムHitoshiさん。



こちらこそでした。

互いの故郷に縁があるということでしょうか..?

こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします。

返信する